29.追放されたハーフエルフと愚かな王子【ドラニクス②】
ハーフエルフ・ミードは目を覚ますと、見知らぬ天井があった。
「……ここは?」
「うむ! 気がついたか! 良かったぞお嬢さん!」
ベッドの隣に座っていたのは、金の鎧に身を包んだ大男だった。
「あんたは、いったい……?」
「おれはローレンス! 王国の勇者だ!」
「勇者……じゃあ、あんたがあたいを助けてくれたの?」
「正確には違うぞ! おれと、そこの彼とふたりでだ!」
ミードが部屋の隅を見やると、そこには猛禽類を彷彿とさせる、鋭い目つきの男が立っていた。
「彼はアクト・エイジ! きみを盗賊から助け出した心優しき男だ!」
「盗賊……そうだ、あたい、奴隷商人に売り飛ばされて、途中で盗賊に襲われて……それで……」
盗賊のアジトへと連れて行かれたところまでは記憶がある。
だが次目覚めたとき、ここにいた。
「どこ……?」
「王都の宿屋だぞ! おれとアクトさんは王都へ向かう途中、盗賊に襲われている村を助け、ついでにアジトを壊滅させたのだ!」
「勇者って、すごいんだね……」
「いや! おれひとりではどうにもならなかった! アクトさんがいてくれたおかげでアジトの場所を突き止められた! それにきみのケガも彼が治療したのだ!」
ミードは窓に映る自分の姿を見て、驚愕の表情を浮かべる。
「し、信じられない……顔が……ケガが……なおってる……」
ドラニクスによって顔は大やけどを負い、体中打撲と骨折でひどい有様だったはず。
だが今は、きれいな体になっていた。
「す、すごい……こんなにすごい治癒、エルフにだって使えるやついなかったよ……あんた、なにものなの?」
「ただのギルドマスターだ」
「いやおかしいから、普通のひとにこんなすごい治癒はできないし……って、あんた左目はどうしたんだ?」
アクトの顔の左半分は、呪符と包帯でぐるぐる巻きにされていた。
「貴様には関係ない」
「あ、うん……えっと、たすけてくれて、どうもありがとう。ローレンスさん、それに、アクトさん」
深々と頭を下げるミードに、ローレンスは笑顔で首を振る。
「うむ! きみが助かって良かった! な! アクトさん!」
「そうだな。ところで、貴様。売り飛ばされたといったが、何があった?」
「実は……」
助けた恩人であるこのふたりに、事情を説明する。
ハーフエルフゆえに国を追われ、王太子ドラニクスに刃向かった結果、ひどい目に遭わされたと。
「なんたる非道! ゆるせん!」
「落ち着けローレンス。どうする気だ?」
「王太子に抗議しにいく!」
「やめておけ。他人の言葉に耳を貸す相手とは思えん。無駄なことだ」
「むぅ……しかし見過ごせないぞ!」
「ハーフエルフ追放はすでに起きたことだ。今更どうにもならん。……それに貴様にはほかにやるべきことがあるだろう」
勇者の使命は魔王を倒すこと。
ここで他国にケンカをふっかけ捕まりでもしたら意味がない。
「すまない、アクトさん。冷静さを失っていた! 猛省! 走ってくる!」
ばっ、とローレンスは窓枠に足をかけると、外へ出て行った。
「さて、ミード。貴様はこれからどうする?」
「あたいは……おかあちゃんに……会いたい」
王太子がハーフエルフたちを追放してから、どれだけの時間が経過したのか、ミードにはわからない。
彼らの居場所も不明な状況。
しかし、ミードは、最愛の母との再会を望んでいた。
「手がかりはあるのか? 路銀は?」
「…………なにひとつ、ない」
ぽた……ぽた……とミードは涙を流す。
「あたいは……無力だ。穢れた血のあたいじゃ……なにもできやしないんだ……」
尊厳を守ることも、母を探しに行くこともできない。
ミードは自らの弱さに、打ちひしがれていた。
「顔を上げろミード。何もできないと、決めつけるのはまだ早い」
アクトはミードに顔を近づける。
呪符に包まれていない、右目がミードを見やる。
「ひとつ、提案がある。貴様、冒険者になる気はあるか?」
「ぼう、けんしゃ……?」
「そうだ。冒険者となれば各地へ行く機会も多いし、情報も外から入ってきやすい。それに路銀を稼ぐには冒険者は最適だろう」
「けど……あたいみたいな穢れた血に、冒険者なんて……無理だよ」
王太子になすすべなく、故郷を奪われ、母と引き裂かれてしまったことで、ミードはすっかり自信を失っていた。
「貴様は、一体何を見て無理だと決めつけた?」
「え……?」
アクトはまっすぐに、ミードの目を見る。
それは王太子が自分に向けた、路傍の石を見るような冷たい眼ではなかった。
彼の目は、自分のことを真剣に、真正面から見てくれていた。
「憶測で自分の可能性を狭めるな」
「でも……あたいは、ハーフエルフだから……」
「ハーフエルフであることが無能の烙印、とでも思っているのか?」
ミードの脳裏に、自分たちをさげすむ、エルフたちの顔が浮かぶ。
「なるほど、根が深いようだな」
アクトはミードの頭をなでる。
「安心しろ。貴様には、秘めたる特別な力がある。それは、貴様を馬鹿にしていたエルフどもを遙かに凌駕する、恐るべき才能だ」
「そんな……あり得ないよ。そんなすごい力、あたいのなかにあるわけが……」
「ある」
初めて会った彼の言葉を、鵜呑みにできるほどミードは子供じゃない。
だが、少なくとも彼は、ほかのエルフたちと違って、しっかりと自分を見てくれている。
穢れた血であると、色眼鏡で見るのではなく、ミードという個人を、ちゃんと見てくれる。
「俺を信じろ。貴様には才能がある」
「そうだぞ! お嬢さん!」
窓からローレンスが戻ってきて、にこっと笑って言う。
「彼はアクト・エイジ! ギルド、天与の原石のギルドマスターにして、世界最高の鑑定眼を持つ! おれに勇者の才能があると見抜き、育ててくれたのは、ほかならぬ彼だ!」
「ほ、ほんとうなの……? す、すごい……」
「それで、どうする?」
ミードは考え、そして結論を出す。
自分を救ってくれた恩人の言葉を、そして、自分を励ましてくれている、優しい男の言葉を。
「おねがい、します、アクト……さん。あたいを、あんたのギルドに、入れてください!」
アクトはうなずき、ギルドへの加入を許可する。
「アクトさん、お嬢さんにはどんな才能があるのだ?」
「彼女は耳が良い」
「耳?」
「ああ。鍛えれば遙か遠くの音をすべて聞き分けられるだろう。それに、声なきものの声を聞く力もある。獣や竜などな」
「なんと! 素晴らしい力ではないか! しかし、そんなすごい力を持っている子を、なぜ国は追放したのだろうか?」
「ハーフエルフという偏見で彼女を見て、本来持つ可能性を見ようとしなかったのだろう。愚かな王太子もいたものだ」
アクトはせせら笑い、ミードを見て力強く言う。
「安心しろ。貴様の才能の原石は、俺がしっかり磨いてやる。貴様を捨てたバカな王太子が、泣いて戻ってきてほしいと頼んでくるほどの、傑物にまで成長させてやる」
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