27.悪徳ギルドマスター、悪行の限りを尽くす②
ある日のことだ、俺はいつものように目を覚ます。
屋敷のベッドから起きて、着替えをしていると……ふと気づく。
「……来ないな」
普段、メイドのフレデリカは、定時になると朝の挨拶に来る。
だが今日に限って、彼女が来なかった。
着替えて、食堂で朝食を取っていると、彼女が現れた。
「おはようございます、マスター」
フレデリカは俺の前までやってくると、頭を深々と下げる。
「遅れてしまい、もうしわけございません」
俺は彼女をジッ……と見つめる。
「馬鹿者が……何をしている、貴様」
「マスター……?」
「もう良い、帰れ」
「……失礼します」
彼女は頭を下げると、ふらふらと帰っていった。
「あ、あの……旦那様っ」
料理長を初めとした、使用人達が、不安げな表情で俺を見やる。
「どうした、貴様ら?」
「メイド長さん、まさかクビになんて、してませんよね……?」
「少し遅刻するくらい、だれにでもありますぜ旦那様っ」
「そうですっ、たった一度の遅刻くらいで……」
使用人達は何を言っているのだろうか。
「クビ? なぜそうなる」
「だってもう帰れと……」
俺はため息をついて言う。
「あいつは体調不良のようだ」
「「「え……?」」」
あいつ、平然とした表情をしていたが、体調不良を押し殺しているのはバレバレだった。
だから、帰しただけだ。
「なるほど……そうだったんですね」
「おれたちのご主人さまが、そんな酷いことするわけないよな!」
「さすがご主人さま、お優しい!」
俺は立ち上がって、きびすを返して食堂を出て行く。
「あの、旦那様。フレデリカ様の看病はどうしましょう?」
使用人の一人が俺に尋ねる。
「看病? バカ言うな。子供じゃあるまいし、自分の面倒は自分で見るべきだ」
「でも……心配です」
うんうん、と使用人達がうなずく。
「貴様らは、そんなに仕事をさぼりたいのか?」
「い、いえ決してそういうわけでは……」
「自分の仕事をきちんとこなせないやつに、他人の面倒を見る資格はない」
「「「う……」」」
言葉に詰まる使用人達。
「フレデリカの件は自分でなんとかさせろ。話は以上だ。仕事に戻れ」
俺はそう言って、足早に屋敷を出る。
天与の原石のギルドホールへと向かった。
「おはようございます~ギルマス~」
「カトリーナか、早いな」
受付嬢がホールのテーブルを拭いていた。
「今日は随分とお早いですね」
「ああ、少しな。それと、すまないが今日の午後からは年休を取る予定だ。決裁文書がある場合は早めに回すよう、職員に通告していてくれ」
「? ああ……なるほど」
カトリーナは何か察したようにうなずく。
「承知いたしました」
「頼むぞ」
「ギルマス。わたくし、お手伝いにまいりましょうか?」
「不要だ」
俺は2階のギルマスの部屋へと引きこもる。
ややあって。
「おはようございまーす!」
「ユイか。おはよう」
弟子のユイが出勤してくる。
「悪いがユイ、今日は午後から休ませてもらう」
「えっ、今日ですか? でも予定が……」
「すべて調整済みだ。貴様も決裁文書があるなら早めにな。それと午後はカトリーナについて事務処理の仕事について研修を受けろ」
「は、はい……でも、随分と急にお休みを取るんですね」
「何か文句でもあるか?」
「い、いえ……ただ気になっただけです」
「貴様には関係ない」
「そ、そう言えばフレデリカ様は?」
「貴様には関係ない、口ではなく手を動かせ」
「は、はい……しゅん……」
俺はユイの補佐の下、書類仕事を片付けていく。
12時ぴったりになると、俺は立ち上がる。
「ユイ、俺はこれで上がるぞ」
「わかりました。お疲れ様です」
ちょうど、カトリーナが決済済みの書類を、受け取りに来た。
「アクト様、こちらをフレデリカ様にお渡しくださいまし」
茶色の紙袋で、振るとカサカサと音がした。
「薬草を煎じて作ったお茶です」
「すまない、助かる」
「いえ、お大事にとお伝えくださいまし」
俺はギルマスの部屋を出る。
「あのカトリーナさん、ギルマスは?」「実はかくかくしかしかで……」「!? そ、そうだったんですね!」
ダッ……! とユイが追いかけてくる。
「あ、あの! ギルマス! すみませんでした!」
「何の話だ?」
「さっき、ちょっとギルマスのこと、冷たいなー……って思って……その、ごめんなさい!」
ふぅ、と俺は吐息をつく。
「用件はそれだけか? 時間の無駄だ。自分の仕事をしろ」
「は、はいっ! やっぱりアクト様は……お優しいかたですね。フレデリカ様にお大事にとお伝えください!」
俺はそのまま階段を降りていく。
「ギルマスー! おつかれさんっすー!」「姐さんによろしくいっといてっすー!」
「休みを取ってまで看病してあげるなんて、さすがギルマスお優しいっすね!」
ため息をついて、ギルメンたちに言う。
「良いか貴様ら。お見舞いにかこつけ仕事をさぼってフレデリカのもとへ行くようなら、全員クビだからな」
「「「はーい!」」」
俺はさっさとギルドホールから退散し、自分の屋敷へと戻る。
「「「おかえりなさいませ、旦那様」」」
使用人達がみな、マスクを着用して、俺を出迎える。
「……やれやれだ」
俺は上着を使用人に渡し、廊下を歩く。
「おい貴様ら。もちろん、フレデリカの部屋になんて入っていないな?」
ぎくっ、と使用人達が気まずそうにそっぽを向く。
「も、もちろんっ」「そんなまさか看病なんてしてないですよぉ~」
「そうか。ならいい」
ほっ……と安堵の吐息をつく使用人達。
俺は彼らに指を差して言う。
「今日はお前ら帰れ。明日も来なくて良い。明後日に出勤しろ」
「「「かしこまりましたっ」」」
俺はため息をついて、きびすを返す。
「……看病のことばれちったかな?」「……たぶんね」「……風邪がうつってるかもしれないから、自宅待機してろってことかな」「……さすが旦那様、やさしいっ」
フレデリカの部屋へと向かう。
「俺だ。入るぞ」
相手からの返事を待って、部屋に入る。
無論マスクを着用してだ。
中に入ると、フレデリカがベッドに横たわっていた。
「マスター……申し訳ございません。こんな無様な姿をさらして」
「いいから寝てろ」
俺はフレデリカの体調を鑑定眼で見やる。
「まだ熱は下がらないな」
「……申し訳ございません」
「謝る暇があったら寝てろ」
「はい……」
俺はベッドサイドの椅子に座る。
枕元には氷水の入ったお盆、カットした果物があった。
どう見ても、看病の後だ。
「あの……マスター。彼らを責めないでくださいまし。善意でやってくれたことであって」
「何の話だ?」
「え……?」
「やつらは看病をしていないといった。俺の部下は、たとえ使用人であっても嘘をつかない優秀なヤツらだ。ならこれもお前が自分でやったのだろ?」
「マスター……やはり、あなた様は慈悲深い素晴らしいお方です」
俺は彼女の額に乗っているタオルを手に取り、氷水につけて絞り、また乗っける。
「冷たいです、マスター」
「我慢しろ。……まったく、氷魔狼と呼ばれた女が風邪を引くとは。軟弱者め」
「申し訳ございません」
「まあ明後日くらいには治るだろう。それまでせいぜい寝てることだな」
「はい」
「ああそうだ。俺は明日年休を取って、一人の時間を満喫するつもりだ。使用人としての仕事はしなくていいぞ」
「はい……マスター」
「なんだ?」
「……少し、心細いです。手を握ってくれませんか?」
「なに?」
「すみません。風邪がうつってしまいますものね。わがままを言って……あ」
俺はフレデリカの右手をキュッと握る。
「貴様のような軟弱者と違い、俺は風邪など引かんからな」
「……マスター」
「なんだ?」
「……愛してます。心から、あなたのことを。あなたも、わたしのこと、愛してくれてます?」
「……くだらないこと言ってないで、良いから寝ろ」
「……愚問でしたね。おやすみ、わたしの優しいマスター」
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