22.落ちぶれたギルドマスター【イランクス④】
ギルドマスター・アクトが活躍する一方その頃。
彼を追い出したギルドマスター、イランクスには、王都にあるギルド協会本部へと出頭命令が下った。
建物内に入り、本部長のもとへと向かう。
「……おいおい見ろよ、落ちぶれたギルドマスターがいるぜぇ~」
「……ギルメン全員に逃げられたんでしょぉ~」
「……あいつまだこの業界に居たんだ」
「……さっさとやめればいいのに、才能ないんだから」
本部を訪れていた人たちの陰口が、イランクスの耳に入る。
「何を見ているのだァ……! 貴様らぁ……! 見世物じゃあないぞクソがぁ!」
血走った目で周囲をにらみつける。
だが彼らはクスクスと蔑んだ表情を向けるばかりだ。
「やぁイランクスさぁん」
「! き、貴様は副ギルドマスター!?」
かつてイランクスのギルド【生え抜きの英雄】につとめていた男が、ニヤニヤと笑いながら、話しかけてきた。
「よくもヌケヌケと、わしの前に現れることができたなぁ!」
「まあまあもう過去のことでしょう? それに、私はもう副ギルドマスターではないですよ?」
「な、なんだとっ!?」
男の胸には、金色のバッジがあった。
鳥の翼、それは自由の象徴。
「き、貴様……冒険者ギルドの、ギルドマスターになったのか……?」
「ええ、その通り。このたび新設のギルドを作りましてねえ」
イランクスの胸にも、この金の翼のバッジがついている。
アクトもまた同様。
これはギルド協会から支給される、ギルマスの証だからだ。
「C級最下位からのスタートですが、ま、楽しくやれてますよ。少なくとも、あんたの下に居たときよりね」
「くそが……まあいい。同じギルマスになった以上、これからは商売敵だ。わしより下の位なんだから、もっと敬意を払えよ」
男はきょとんと目を点にする。
そして、ぷっ……と吹き出す。
「く……くくく……! くはははっ!」
突如として、腹を抱えて笑い出したのだ。
「な、なんだ!? 何がオカシイ!?」
明らかに馬鹿にされたことで、イランクスは顔を真っ赤にして叫ぶ。
「これは滑稽だ! あなた、まだ自分が、ギルマスで居るおつもりなんですね?」
「なに? どういうことだ!?」
男は意地の悪い笑みを浮かべたまま、首を振る。
「いいえぇ、何でもありません。ではイランクスさん。これで失礼します。……もっとも、もう二度と会うことはないかもですが、ね」
高笑いしながら、元副ギルドマスターの男は立ち去っていった。
「ふんっ! こっちこそ、二度とあんな屑のツラを拝んでなるものか。しかし……良かった、わしより下ができたか」
かつてトップギルドであったという自負もあって、自分が最底辺でいることに、イランクスは耐えられないで居たのだ。
「やはり自分の下がいるというのは良いものだ。いつも見上げてばかりでは首が疲れるしな……くくっ!」
イランクスは胸元のギルマスのバッジに触れる。
「これがある限り、わしはギルマスだ。見とれよ副ギルドマスター、ここからわしの、不死鳥のごとき復活劇を見せてやるからなぁ……!」
……と、彼に元気があったのは、ここまでだった。
イランクスは協会本部長の部屋まで足を運ぶ。
「おお、よく来たなイランクス。まあ座れ」
ふたりはソファセットの前に移動する。 腰を下ろし、本部長が切り出す。
「最近、仕事はどうだ?」
突然何を言い出すのだ、とイランクスは内心で首をひねりながら答える。
「正直、昔ほど上手くはいかなくなりました」
「だよなぁ。おまえんとこ、今苦境に立たされているもんな。ギルメンも抜け、新しく入るやつもいない。かつて【生え抜きの英雄】といえば、大人気ギルドだったのにな」
「……ええ。しかし! これからです! わしはまだやれます! 立て直す策もあるのです!」
「ほぅ……どんな策だ?」
イランクスは胸を張って答える。
「アクトです!」
「は……?」
「アクト・エイジです! 彼がまたわしのもとへ来てくれれば、ギルドはかつての栄光を取り戻せるでしょう!」
「…………」
「いまアクトにアプローチしている最中です! いずれ彼はわしの元へ」
「もう、いい。もういいイランクス」
本部長はフゥ……とため息をつく。
「正直さ、おまえ、やる気だけはあるからよ。苦境に立たされても、なんとかできるんじゃあないかって……期待してたんだ」
「本部長……?」
「しかし事ここに至っても、人任せで問題を解決しようとしている。……もう、手遅れだな」
顔をしかめ、本部長が言う。
「イランクス、おまえもう休め」
「は…………………………? おっしゃる、意味が、わかりませんが?」
本部長は胸元に手を伸ばし、イランクスの金のバッジをむしり取って、言う。
「イランクス、本日をもっておまえをギルドマスターの座から解任する」
ぽかん……とイランクスは目と口を大きく開く。
「え? ……え? それって……?」
「生え抜きの英雄は解散、ということだ」
背筋が凍る。
冷たさが、イランクスにこれが現実だと教えてくれる。
「うそ、ですよね? 解散なんて、嘘、ですよね……?」
「いいや。本部長には、ギルマスの任命権限が与えられている。逆に、不適だと思われたギルマスを解雇する権限もな」
イランクスはブルブルと体を震わせる。
極寒の地にいるかのような寒さが、彼を襲う。
「いやだ……」
「なに?」
「いやだ……いやだぁあああああああああ!」
イランクスは子供のように、惨めに涙を流す。
「わしはまだやれる! まだやれるんだぁ! 本部長ぅううう!」
ソファから立ち上がって、本部長の足にすがりつく。
「お願いします! 解雇は取り消してください! そのバッジを返してくださいよぉおお!」
しかしギルマスの証を、本部長は握ったままだ。
「駄目だ。お前はもう手遅れだ。ギルマスを任せられない」
「嫌だ嫌だぁ! まだやれますぅうううう! がんばれるんですぅう! だから! だから返して! 返してくれよぉおおおおおおお!」
「もういい加減にしろ!」
本部長はイランクスを振り払い、立ち上がる。
「話は以上だ。後の処遇は追って連絡する」
「いやだぁあああああああああああ!」
イランクスは立ち上がって、出て行く本部長の足に縋ろうとする。
だがけつまづいて転ぶ。
「もう休め。今のお前はギルマスにふさわしくない。少し、冷静になって、これからの身の振り方を考えるんだ」
「うぎゃぁあああ! いやぁあああ! あぁああ!」
本部長は、実に憐れなものを見るような目で、イランクスを見下ろす。
「……昔は、良いやつだったよ、おまえ。あの頃のイランクスは、もう死んだんだな」
それだけ言って、こちらを一瞥もせず、本部長は出て行く。
「どうしてこうなったんだぁああああ! わしは、どこで間違えたんだぁああああ!」
悲痛なるイランクスの叫びだけが、その場にこだまする。
……彼の転落は、まだ止まらない。
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