番外編 嫁の仕事
《リリ視点》
……料理長の娘、リリ。
彼女は深夜の厨房にいた。
しゃり……しゃり……とジャガイモの皮むきを、無心に行う。
「…………」
いつもなら、夢中で料理を作れていた。
料理をしてる間は、余計なことを何も考えず、ただ作業に没頭できていた……。
でも……。
「…………」
今日ばかりは、考えてしまう。
アクトからの打診。宮廷料理人としての、道。
彼女の目の前には二つの道がある。
このままみんなと楽しく過ごす道。
……そして……ここを出て料理人として活躍する道。
「いいじゃない……ここでずっと、大好きな人だけに、ご飯を振る舞うで……」
自分に、そう言い聞かせる。
でも……。
「あいたっ」
リリはナイフで指を切ってしまった。
「大丈夫ですか、リリ?」
「姉様っ」
メイド長にして、今やアクトの伴侶となった女、フレデリカ。
リリはフレデリカを慕っているのだ。
フレデリカは氷の力でリリの出血を止める。
「すごいです、こんな一瞬で……」
「リリもこれくらいできるようになりますよ」
「いや、フェンリルじゃ無いんだけど……」
「もちろんそれはわかってます。料理の話をしてるのです。あなたはすごい料理人になれますよ。ほかでもない、マスターがそう言ってるのですから」
アクト・エイジ。
未来を見通す力を持つという、あの人にお墨付きをもらったのだ。
きっとほんとうに、すごい料理人になれるかもしれない……。
でも……。
「怖いのですね」
「あ……」
フレデリカは微笑んでいた。
しゃがみ込んで、抱きしめてくれる。
「前に進む、勇気が無いのですね」




