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20.悪徳ギルドマスター、バカ貴族から女を取り返す



 ギルドマスター・アクトの元を去った受付嬢カトリーナ。

 

 彼女は元婚約者のザルチムとともに、帝国へ向かう馬車に乗っていた。


「ザルチム様、もう夜になります。この先の森は魔物が出ますので、ここで野営しましょう」


 御者がザルチムにそう忠告する。


「ふざけるな。高貴なる私が野営だと? そんなことできるわけがない。進め」


「し、しかし夜の魔物は恐ろしいです。やめておいたほうが……」


「黙れ。私の言葉に従わないなら、貴様をクビにするぞ?」


「……わかり、ました」


 御者は森の中へと、馬車を進めていく。


「さて……と。カトリーナ。随分手間かけさせてくれたな。この私に」


「……なぜ、今更わたしを連れ戻すのですか? あの子はどうなったのですか?」


「あの子? ああ、あの平民のメスガキか。飽きたので捨てた」


 元々カトリーナという婚約者がいたはずだったのだが、どこぞで見つけてきた平民の女にほれ、堂々と浮気していたのだ。


 邪魔者カトリーナに理不尽に婚約破棄を突きつけ、追い出したくせに、今更取り戻しに来たのだ。


「……別に、またわたしでなくても良かったではないですか」


「……なんだ貴様? 私に楯突くのか? 女の分際で?」


 顔をしかめると、ザルチムは立ち上がり、頬を殴る。


「きゃっ!」

「貴様、目の前の男が誰と心得る? 誇りある帝国貴族の次期当主ザルチムであるぞ?」


 カトリーナの髪を乱暴に掴み、持ち上げる。


「貴様は私のものだ。大人しく私に付き従え」


「……ギルマス」


 愛しい男の名前を呼ぶ。

 それが気にくわなかったのか、ザルチムはキレて、彼女の頬を殴る。


「そう言えばさっきこそこそと話していたな」


 倒れた拍子に転がった、通信用の魔道具を、ザルチムは手に取る。


「貴様、私のものだというのに、私に許可無く、他に男を作っていたのか!」


 魔道具をカトリーナに投げつける。

 額にぶつかり、女の腹を踏みつける。


「がはっ!」

「貴族の所有物であるという自覚が貴様にはないみたいだ。これは、1から教育してやらんといかんな」


 右手を前に出し、雷の魔法が発動。

 カトリーナの体にぶつかると、電流が走る。


「ぎゃっ!」

「言え。貴様は私の所有物だと」


「……わたし、は……あなたの……」


 脳裏に、ギルマスの言葉が蘇る。

 理不尽に婚約破棄され、行き場のない自分に、彼は言った。


『やりたいことが見つかったら、いつでも辞めて構わない。貴様はもう自由なんだからな』


 と、そのときだった。


 ガタンッ! と大きく馬車が揺れた。


「なんだ!? 何が起きた!?」

「も、モンスターです! オーガだ!」

「なんだと!?」


 馬車の外には、人の2倍ほどある鬼のモンスターがいた。


 しかも複数体おり、馬車を取り囲んでいる。


「しかもこいつら、普通のオーガじゃありません! 肌の色が黒い……変異種だ! どうしてこんなところに!?」


 変異種とは、同種であっても、通常モンスターよりも強い種のことを差す。


 オーガは一般的にBランク程度のモンスターだ。

 馬車の後ろから馬でついてきている、護衛達でも対処可能だろう。


 しかし変異種となれば話は別。

 1つ上のAランクモンスターとなる。


「まずい……1体ならまだしも、複数体となると勝てないな」


「ザルチム様! いかがいたします!」


 にやり、と彼は笑って、カトリーナを見やる。


「ちょうど良いところに餌がある」

「え……?」


 長い髪を掴んで、カトリーナを引きずる。

「見てくれが気に入っていたから連れ戻そうとしたが……まあいい。また新しい女を買えば良いか。同レベルがそう簡単に見つかるかはわからんが」


 カトリーナはそのまま、馬車から外へと放り出される。


「じゃあなカトリーナ」

「ひどい……ひどいわ……わたしのことを……なんだと……思ってるんですか……?」


「女なんぞ世継ぎを生むための肉袋だろ? おい! 馬車を出せ!」


 オーガが目の前のエサに気を取られている隙に、ザルチムは馬車を走らせる。

「……終わったわ」


 夜の森に取り残され、オーガに囲まれている。

 モンスター達は目の前のエサによだれを垂らし、今にも襲ってこようとしている。


「……ほんと、酷い人生だった。神さま……できることなら、次は家柄なんていりません。優しい殿方と、結ばれるような人生を歩ませてください」


 ……脳裏に浮かんだのは、アクトの姿だった。


「グガァアアアアアアアア!」


 飢えたオーガが、カトリーナに襲いかかろうとした、そのときだった。


「人生を諦めるのには、まだ早いぞ、カトリーナ」


「え……? あ! ぎ、ギルマス!」


 アクトがカトリーナをお姫様だっこし、オーガ達から離れた場所に立っていた。


「どうして……?」

「ギルメンを助けるのはギルマスの仕事だ」


「でも……わたし、もう……ギルメンじゃ」


 アクトはカトリーナを下ろし、ポケットから退職届を取り出す。


「これはまだ受理していない」


 ぐいっ、とアクトは彼女に封書を押しつける。


「きちんとおまえの口から、辞める意思を聞いていない以上、無効だ。おまえはまだウチの大事なギルメンだ」


「ギルマス……」


 そうこうしてると、オーガ達が襲いかかってきた。


 だがアクトは冷静に、片目を手で覆う。


「こっちを見ろ鬼ども」


 アクトは【固有時間完全停止イヴィル・アイ】を発動。


 女を襲おうとこちらに注目していたオーガ達全員が、アクトの目を見たことで、生命活動を停止させる。


 どしゃり、と大量のオーガ達が一瞬で死亡した。


「す、凄い……ギルマス……こんなたくさんの大鬼をたおすなんて……」


 アクトは左目から血を流す。


「ギルマス……血が……」

「貴様が気にすることはない」


「うう……ぐす……うわぁあああああん!」


 カトリーナが大声で泣く。

 アクトは黙って、彼女の頭をなでる。


 と、そのときだった。


『マスター、連れてきました』


 上空から、巨大な狼が降りてきた。


 フェンリルのフレデリカである。

 口には、ザルチムがくわえられていた。


「ひぃいいい! 私を食べる気かぁ!? 私を誰だと思ってるぅうう!」


 フレデリカはザルチムを落とす。


「さて、ザルチムよ。あんた、うちのギルメンに酷いことしてくれたじゃないか」


 アクトは倒れ伏す彼を見下ろしながら、冷たく言う。


「理不尽な婚約破棄。魔法で彼女を傷つけただけでなく、さらには魔物のエサとして置き去りにする。これは立派な犯罪行為だな」


「は、はんっ! 先ほどのオーガの件はし、仕方ないことだろ! 緊急事態だった……って、待て? 今、なんといった?」


「雷魔法で彼女を痛めつけただろ、といったんだ。フレデリカ」


 彼女がくわえていた、通信用の魔道具を、アクトに放り投げる。


「そ、それは……」

「通信用の魔道具だ。俺と通話が繋がっていた状態だったんだよ。もちろん、貴様の非道な行いは、バッチリ録画されている」


 さぁ……とザルチムが顔を青くする。


「は、ハッタリだぁ! 通話がずっと繋がっていたはずがない!」


「そう思うのは勝手だ。俺はこれを騎士のもとへ提出する」


「ま、待て! 待て待て待て!」


 ザルチムがすり寄ってくる。


「それはマズい! やめてくれ!」

「ならカトリーナにきちんと謝罪し、二度と姿を見せないと誓え」


 彼はカトリーナの前でしゃがみ込んで、頭を下げる。


「君には酷いことをした! 申し訳なかった! 二度と君の前には現れない!」


「では貴様は、雷魔法で彼女に体罰を振るったことも、故意にモンスターのオトリにしたことも、認めるんだな」


「ああ認める! 本当に申し訳なかった! すまない! だからどうか、証拠の提出だけはやめてくれぇ!」


 カトリーナは戸惑う。

 一方で、アクトはニヤリと笑った。


「ザルチムよ、おまえ今認めたな? ばっちり録画させてもらったぞ?」


「は……?」


「確かにおまえが体罰を行っていた証拠は撮れていなかった。が、今おまえが罪を認めたシーンは、バッチリここに保存されている」


 アクトは過去を読み取る目を使い、カトリーナの傷から、ザルチムの非道を読み取っただけ。


 だがこれでは物的証拠にはならない。


 しかし今、アクトは謝罪シーンを、通信用の魔道具を使って、録画していたのだ。


「証拠がなきゃ騎士に貴様を捕まえてもらえないからな」

「き、貴様ぁ……! 謀ったなぁ!」


 ザルチムが殴りかかってくるが、それをかわし、頬を殴りつける。


「ぶげぇえええええええ!」


 ぐるん、と回転し、ザルチムは倒れる。


「この証拠映像は騎士に提出させてもらうぞ」


「ぐ……この……悪党めぇ~……」


「ああ、その通りだよ」


    ★


 後日、ギルマスの部屋にて。


「今回は、本当に……ごめんなさいギルマス……ご迷惑をかけて……」


 カトリーナが申し訳なさそうに、俺の前に立っている。


 俺の左目は、代償でしばらく使い物にならない。

 呪符でグルグルまきになっている。


「勘違いするな。俺は人気受付嬢をどこぞの馬の骨に取られたくなかっただけだ」


 あの後、騎士に証拠を提出した。

 ザルチムは殺人未遂で逮捕。

 正式な決定はまだ先だが、貴族の位を剥奪されるそうだ。


「ありがとう……ギルマス……」

「それで、貴様はこれからどうする? 退職届はまだ受理されていないが」


 彼女はポケットからそれを取り出すと、ビリビリに破く。


「これからも、ここにいさせてください!」


「別に構わん。そもそも受理していないからな。さっさと仕事に戻れ」


 カトリーナは頭を下げ、そして……俺の頬にキスをした。


「大好きです、誰よりも、あなたを愛してます」


 顔を赤くすると、彼女は小走りで出て行った。


「さすがですね、マスター」


 背後に観葉植物のように控えていた、フレデリカが言う。


「別に退職届は直接出さなきゃいけない規定なんてないのに、彼女の真意を見抜き、あえて受理しなかったのでしょう?」


「勘違いするな。さっきも言ったが、俺は人気の受付嬢がいなくなられると、売り上げが落ちて困るから、受け取らなかっただけだ」


 フレデリカは微笑んで言う。


「お金なんて本当はどうでも良いくせに……ほんと、あなた様は慈悲深い、最高のギルマスなんですから」

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[気になる点] 「貴様、目の前の男が誰と心得る? 誇りある帝国貴族の次期当主ザルチムであるぞ?」  正式な決定はまだ先だが、貴族の位を剥奪されるそうだ。 これは家への罰なんだろうか?次期当主だから国か…
[良い点] 一瞬で心を 折れかけるヒロインに 魅力を感じない
[一言] と、言うかせっかく『悪徳ギルドマスター』って設定で話書けるんだから、もっと卑怯な手とか必要悪的な行動をすれば多少は疑問も減るのにって思う。 主人公らしくない行動をしても『悪徳ギルドマスター…
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