02.悪徳ギルドマスター、「まだ早い」と説得する
ある日の朝、俺は自宅の寝室で目を覚ます。
ここは俺のギルド【天与の原石】の裏手の自宅だ。
着替えていると、扉をノックする音とともに、メイド服を着た青髪の女が入って来る。
「おはようございます、マスター。朝食をお持ちしました」
「ご苦労」
折り畳みテーブルを設置し、料理をてきぱきと並べて行く。
俺は食事をとろうとして、気づく。
「なんだ、このケーキは?」
いつものメニューとは別に、お皿の上には、手作りらしきショートケーキがあった。
「料理長のお子様が作ったみたいです。お世話になっているアクト様にと」
「……そうか」
「申し訳ありません。アクト様は全ての食事のメニューをあらかじめ決め、カロリーをきっちり計算したものを食べるから、ケーキは不要と断ったのですが、どうしても食べてほしいと」
「不要? 馬鹿言うな。食べるにきまってるだろ」
「食べるのですか? いつも無駄なカロリーは摂取しないとおっしゃっていらっしゃるのに?」
「その子が一生懸命作ってくれた手間と時間が無駄になるではないか」
「さすがご主人様、他人の思いを無駄と切り捨てない、優しい性格をしていらっしゃいます」
「俺のどこが優しいんだ?」
「その少しとぼけたところもチャーミングでございます」
一切表情を変えずにいうものだから、本心かどうか、いまいち把握しきれないところがある。
ややあって。
食事をとり終えた俺は、フレデリカと共に屋敷を出る。
「今日の予定は?」
「ギルドで朝の書類チェック後、町長との会合に始まり、時間刻みの過密スケジュールです。もう少し余裕を持たせてもよいのでは?」
「仕事が目の前にあるのに後回しにする意味がわからん。無駄だろうが」
俺たちはギルド会館へと足を踏み入れる。
「アクトさまだ!」
「ギルマスー! おはようございますぅ!」
わっ、とギルドメンバーたちが、笑顔で、俺に押し寄せてきた。
フレデリカは俺を庇うように立って言う。
「みなさん、マスターはタイトスケジュールで動いているのです。火急の用事が無い方はお下がりください」
彼女がバリケードとなって注意喚起しているのだが、ギルメンたちは「ギルマスー! おはよー!」「今日も素敵ですねー!」となぜか好意的に接してくる。
なにか特別なことをしているつもりはないので、この好かれっぷりは不思議なもんだ。
俺が自分の部屋へと戻ろうとした、そのときだった。
「ギルマス! 良かった会えた! ちょっと通して!」
人ごみを縫って、俺に近づく者がいた。
年若い、魔術師のフードをかぶった女だ。
「久しぶりだな、どうした?」
「ギルマス……あたし、もうどうしたらいいかわからなくて……!」
彼女は俺に抱き着いてくると、体を震わせる。
「【ヨーコ】だ」「たしかうちから宮廷魔術師に出世したっていう?」「平民で宮廷に入ったすげえやつが、どうしてここに?」
ヨーコの頬に涙がこぼれる。
よんどころなき事情があったのが察せられる。
「マスター、どうします? 町長との会合まで、あまり時間がありませんが」
「悪いがキャンセルしてくれ。あとで俺が直接謝りに行く」
「よろしいのですか?」
「当たり前だろ。元とはいえヨーコは俺の部下だぞ」
ハンカチを取り出し、彼女の涙をぬぐう。
「俺の部屋で話そう。何があった?」
★
ヨーコと共に、俺の部屋へとやってきた。
ソファに座らせ、フレデリカに気を静めるお茶を入れさせる。
ヨーコはぐすぐすと涙を流していた。
「まずは茶を飲んで冷静になれ」
彼女は言われた通り、素直にティーカップを手に取って中身をすする。
「マスター、彼女は確か、先々月までうちのギルド構成員でしたね。そこから宮廷魔術師団に入ったという」
「ああ。もともとは回復術師だったんだが、魔術への高い適性があったからな」
より適性のある仕事を紹介し、出て行ったのが2か月前だ。
「宮廷での仕事が合わなかったのでしょうか。マスターに限って適性を見誤るとは思いませんが」
「……いえ、仕事に不満はありません。あたしにとって天職でした。ただ……」
話をまとめると下記のとおりとなる。
・魔術師団の魔術研究課に配属になった。
・だがそこの課長に性的な嫌がらせを受けている。
・やめてほしいと訴えても、貴族という地位をかさに着て、嫌ならクビにするぞと脅してくるとのこと。
「何度もお尻や胸を触られて……同僚に相談してもあきらめろって……上は平民のあたしの言葉を信じてくれないし……」
ぽろぽろとヨーコが涙を流す。
「あたし……我慢したんです。せっかく、ギルマスに仕事を紹介してもらったから、迷惑かけたくなくって。でも……もう耐え切れません」
彼女は俺に頭を下げる。
「ギルマス、あたし宮廷魔術師やめます。ここに、戻らせてください」
責任感が強く、よほどのことがない限り仕事を投げ出さないのがヨーコという女だ。
そんな彼女が逃げ出したくなるくらい、上司からひどい扱いを受けているのだろう。
「ヨーコ。頭を上げてくれ」
「はい……え?」
俺は彼女に深々と頭を下げる。
「すまなかった、内部事情をもっと調べるべきだった。おまえにそんな場所を紹介した俺の落ち度だ」
「や、やめてください! ギルマスのせいじゃないです! 悪いのはあの変態課長ですよ!」
慌てる彼女に、俺は言う。
「ヨーコ、悪いがお前からの申し出は受けることができない」
「そんな……もう、ここしか戻るところがないんです、あたし」
「宮廷魔術師は子供のころからの憧れだったんだろ? そんなに簡単に投げ出すもんじゃない」
「ギルマス……覚えててくれたんですね」
ウチに来たばかり、歓迎会の席で聞いたことがある。
「覚えているとも。部下から聞いた夢も目標も、全部な」
「さすがマスター。一度聞いたことは絶対に忘れないなんて。無駄を嫌うのもここまでくると才能ですね」
「ほめてるのかそれは?」
「もちろん、さすがは我ら【天与の原石】のリーダーです」
俺はヨーコを見やり言う。
「俺が何とかする。だから、手に入った憧れの仕事を簡単に手放すな。いいな?」
ヨーコは戸惑いながらも、しかしこくりとうなずく。
「フレデリカ。宮廷にアポイントを取ってくれ」
「承知しました。ですがマスター、なにを?」
「そのセクハラ課長に会ってわからせてやる。俺が磨いた原石を、きたねぇ手でさわったら、どうなるかってことをな」
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