19.悪徳ギルドマスター、婚約破棄された元令嬢から助けを求められる
ある日の、俺の部屋にて。
「ユイ、今日から受付事務の研修をやるぞ」
「はいっ! よろしくお願いします!」
弟子のユイを連れて、俺は部屋を出て、1階のギルドホールへと向かう。
「ギルマスだー!」「ギルマスー!」「またおれに訓練つけておくれよー!」
ワッ……! と俺の周りに、ギルメンたちが集まってくる。
「さすがアクト様、今日も大人気ですね!」
「知らん。時間の無駄だ。貴様ら、さっさと自分の仕事に戻れ」
しかし俺が追い払おうとしても、ギルメンたちは「今日一緒に酒でもどうですかー!」や「た、たまにはその、で、デートでも!」とやかましい。
と、そのときだ。
「皆さん、ギルマスがお困りですよ~」
受付の方から、背の高い、気品のある女職員がやってくる。
「「「【カトリーナ】さん!」」」
ニコニコと笑いながら、こちらにやってくる。
「ほらほら皆さん、お仕事しないとクビになってしまいますよぉ~」
「「「それは嫌です! 働きます!」」」
ギルメン達が散らばり、それぞれの仕事へと戻る。
「すまんなカトリーナ」
「いえいえ~」
「ちょうど良かった。ユイ、彼女について仕事を教えてもらえ。こいつはカトリーナ。受付嬢のひとりだ」
「よろしくお願いします~」
ぺこりと頭を下げる彼女に、ユイがキラキラした目を向ける。
「知ってます! カトリーナさんは、うちの一番人気の受付嬢さんですよねっ!」
「いえいえ~。そんなたいそうなものではありませんよぅ~」
しかし……。
「カトリーナさん! 受付にもどってほら! 長蛇の列ができてるんですから!」
後輩職員が、彼女の腕を引っ張って受付へ向かう。
たしかに長い列ができていた。
「誰に受付してもらっても同じだろうにな」
「みんな、カトリーナさんのことが好きなんですよ。優しいですし、美人さんですし、なんかこう……高貴なオーラもでてますし。はぁ……憧れるなぁ」
俺はユイを連れて受付へと向かう。
カトリーナは実にテキパキと仕事をこなす。
しかもユイに業務を教えながらだ。
「さすがだなカトリーナ」
「いえいえ~これくらいは皆さんできますよ~。みんなギルマスの選んだできる子ちゃんばかりですし~」
「おまえは特別だ。好きだぞ」
仕事ができるやつはな。
「……あ、あはは~。その……あの……ありがとう、ございます~……」
なぜかカトリーナが頬を真っ赤に染めて、目線を泳がせながら言う。
「やっぱカトリーナちゃんギルマスが本命かぁ~」
「くぅ、羨ましいぜギルマスぅ」
「まあでも納得だよね。ギルマスかっこいいし頼りになる最高の男性だし」
「「「激しく同意」」」
ギルメンたちがよくわからんことを言っていた……そのときだ。
「カトリーナ! カトリーナはここにいるかっ!?」
出入り口の扉が乱暴に開かれ、金髪の青年がギルドホールへと入ってきた。
神経質そうな顔つきの男に、俺は少し見覚えがあった。
「ザルチム、さま……」
カトリーナが声を震わせて言う。
暗い表情で、うつむいている。
「……もしかして、あいつが?」
俺が彼女に言うと、何度もうなずく。
「……ユイ、カトリーナを裏口から俺の屋敷へ連れてけ」
あいつがこちらに近づく前に、俺はユイに指示を出す。
「え……? あ、あの……あの人は?」
「……後で説明する」
ユイはうなずくと、彼女を連れて離れる。
「おい貴様、私の女はどこにいる?」
ザルチムと呼ばれた男は、俺を見るなり、そう言う。
「誰のことを言ってるんだ?」
「カトリーナだ! 私の【元】婚約者がここで働いているはずだ!」
やはりこいつが、カトリーナの言っていた男か。
「さて、知らんな」
「とぼけても無駄だぞ! もう調べはついている! さっさとカトリーナを出せこの庶民が」
貴族の坊ちゃんらしい、舐め腐った態度だ。
「なんだよてめえ!」「いきなり来て失礼だぞ!」「引っ込め金持ちのバカ息子!」
ピクッ、とこめかみを動かし、ザルチムが声を震わせながら言う。
「……冒険者風情が、私を愚弄して、タダですむと思うなよ? おい!」
ドタバタと足音を立てながら、武装した男達が入ってくる。
こいつの私兵ってとこか。
「な、なんだぁ? やる気か!」
「愚問だ。この高貴なる私を汚い言葉で侮辱した罪は重い。殺せ、この下賎な奴を」
私兵たちが武器を抜き、ギルメン達に斬りかかろうとする。
一方でギルメン達は、武器を抜かなかった。
「そこまでだ」
俺が言うと、ドサッ……! と私兵達が倒れ伏す。
「なっ!? なんだ貴様! 何をした!?」
「眠ってもらっただけだ」
固有時間加速の応用だ。
俺の目を見た私兵達の意識を、極限まで遅くすることで、気絶させることができる。
「き、貴様ぁ……! 私の部下に手をあげることが、何を意味するのかわかっているのか!?」
「そっちこそ、俺の部下に手を上げることが、どういう意味を持つのかわかっているのか?」
俺はカウンターを出て、ザルチムの前までやってくる。
「ギルド協会はどこの国にも属しない独立した組織だ。つまり相手が貴族であろうと干渉することはできない」
「だ、だからなんだ……!」
にらみつけてきたので、逆ににらんでやった。
「ひっ……!」
ドサッ、とザルチムが腰を抜かす。
「す、すげえ……ギルマス、貴族相手でも一歩も引かねえ」
「さすがおれたちの頼れるマスターだぜ!」
ギルメンを一瞥し、俺は言う。
「俺がこの事を協会に報告すれば、貴様の迂闊な行動が原因で、ギルド協会の不興を買う羽目になるぞ」
「ぐ……! お、脅しているのか貴様ぁ!」
「そうだ。見逃してやるからとっとと消え失せな」
ふらふらと立ち上がり、ザルチムが俺をにらみつける。
「……覚えてろよ愚者どもめ。この私を怒らせると、どうなるかをな!」
部下達をたたき起こし、ザルチムは帰っていった。
「ギルマスさすがだぜ! お貴族様を追い返しちゃうなんて!」
「貴様らも、よく我慢したな」
こいつらは武器を抜かれても、武器を取ろうとしなかった。
「当たり前っすよ!」
「たとえどれだけ強くなろうと、堅気の人間に無意味な暴力を振るわない!」
「ギルマスの教えじゃないっすか!」
部下達はきちんと教えを守っているようだ。
まったく、律儀なヤツらめ。
ややあって。
カトリーナが沈んだ表情で、ギルドホールへと戻ってくる。
「大変、ご迷惑をおかけしました……」
「貴様が気にすることではない。仕事に戻れ」
「はい……」
ユイは心配そうにカトリーナを見て言う。
「アクト様、さっきの人って、カトリーナさんの婚約者、なんですよね?」
「ああ、元な。あいつは婚約破棄され、家から捨てられた身だったんだよ」
「そんな人が、今更どうして……?」
「さぁな。大方、あいつの代わりに嫁いできた女が、ロクでもないやつだったと気づいて連れ戻しにきたんじゃないか?」
そういう手合いは、今まで結構な数見てきたからな。
「このまま諦めてくれるといいんですが……」
★
後日、俺の部屋にて。
「た、大変ですアクト様! カトリーナさんが! 出勤時刻になっても来ていません!」
ユイが大慌てで、俺の部屋へとやってきた。
「知っている。これがあった」
「!? た、退職届……?」
破いた封書に目を通している。
そこには、帝国の貴族であるザルチムと婚約するから、ギルドを辞める旨が書かれている。
「……ふざけてます。自分から婚約破棄したくせに、今更連れ戻しに来たなんて……身勝手すぎる……」
ユイは退職届から目線をあげ、声を荒らげる。
「これ、絶対嘘ですよ! 無理矢理書かされたに決まってます!」
「そうかもな」
「そうかもなって……いいんですか!? このままカトリーナさんが辞めても」
「退職届が提出された以上、とめるわけにもいかない。うちは去る者は追わずだからな」
「そんな……」
そのとき、通信用の魔道具に、カトリーナから連絡が来る。
『……ギルマス』
彼女の声は、沈んでいた。
何かに縋ろうとしているようにも思えた。
「カトリーナ、どうした?」
『……いえ』
「ギルマス! 替わってください!」
ユイが俺から魔道具をひったくり言う。
「カトリーナさん! ほんとのこと言ってください! 嫌なんですよね! あんな男のもとへ帰るのなんて!」
しばしの沈黙があった。
だが、ぽつりと彼女はこう答える。
『……仕方ありません。あの人に、常識は通用しない。このままでは、ギルドの皆さんに、ギルマスに迷惑をかけてしまいます』
「だからって……これでいいんですか!? あなたが本当に望んでることなんですか!?」
「ユイ。そこまでにしろ」
俺はユイから魔道具を取り返し、カトリーナに言う。
「じゃあなカトリーナ。達者でな」
『……はい。ご迷惑、おかけしました』
俺は魔道具を切って、ポケットにしまう。
「ユイ、俺は出かける。しばらく留守を頼む」
「出かける……? どこへ?」
俺は退職届をもって立ち上がる。
「少し帝国までな」
「! そ、それじゃあカトリーナさんのところへ、連れ戻しにいくんですね!? で、でも……去る者は追わずなんじゃ?」
「勘違いするな。俺はまだ、退職届を受理していない」
「ふぇ……?」
「これは今朝この部屋に置かれていた。退職届は本人が出さねば無効。そんなことも、カトリーナは知らんらしい。俺はこれを書類不備で、あのバカ貴族のところへ行ってたたき返すだけだ」
ぽかんとしていたユイだが、満面の笑みを浮かべる。
「やっぱりアクト様はお優しい、最高のギルマスです!」
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