18.悪徳ギルドマスター、部下の為ひと芝居打つ
その日の夜。
俺はイーライを宿屋に送り届けるべく、街を歩いていた。
「ごめんなさい、迷惑かけてしまって……」
俺の元にやってきたチンピラたちは、元イーライのパーティメンバーだった。
彼らはイーライが使えるようになったウワサを聞いて、強引に連れ戻しに来たのだ。
俺は彼らを追い払った。
去り際、『覚えてろよ……絶対後悔させてやるからなァ!』と捨て台詞を残して。
「……ぼく、ほんと、ダメダメですね。せっかくギルマスに鍛えてもらって、竜も倒せるようになったのに……」
ぽたぽた……とイーライは涙を流す。
「……魔法の才能を開花させても、ぼくの心は、弱いままなんです。ごめんなさい弱虫で……」
俺は【確認】し、イーライに言う。
「期待外れだ。もういい、貴様など知らん」
俺はイーライを置いて、【あえて】人目のない路地を目指す。
「ま、待ってギルマス……置いてかないで……」
彼【ら】が追ってくるのを確認し、俺は路地へと入る。
その瞬間……ガンッ! と棍棒で、俺は頭を叩かれる。
「ギルマス!? あ、あなたたちは……」
倒れ伏す俺を見下ろすのは、先日ギルドに来たチンピラたちだ。
「よぉイーライ~。さっきぶりじゃあねえか」
リーダー格が俺の顔を踏みつける。
「な、なにを……してるんですか……?」
「てめえを迎えに来た。それと……おれらになめたことしてくれたギルマスさんに、お礼参りしようと思ってなァ……!」
ドゴッ……! とリーダーが俺の腹を蹴る。
「さっきは良くも調子乗ってくれたなぁ! おらぁ!」
何度もリーダーに蹴飛ばされる。
「や、やめてっ。な、なんでそんなことするんですかっ?」
「あ~? んなもん、理由なんてねえよ。ムカついたからだよぉ」
「……そんな、理由で」
ぎり……とイーライが歯がみする。
リーダーは仲間に合図する。
チンピラたちと場所を交代し、リーダーがイーライの元へ行く。
「なぁおいイーライ。悪かったなぁ追放してよぉ。これからはおれらと一緒に冒険しようぜぇ?」
リーダーはイーライの肩に腕を回す。
「い、いや……です……」
「あー? 聞こえねえなぁ……!」
彼が合図を出すと、チンピラたちが俺を何度も蹴る。
「やめて! やめてよぉ……」
「なら、おれらのパーティに入るって言え、そーすりゃ助けてやるよぉ。なぁどうする?」
イーライが暗い顔でうつむく。
恐怖で足がすくんでいる。
「イーライ」
俺は、彼を見上げていう。
「俺のことは気にするな。どうするかは、自分で決断しろ。自分の人生だ。だが……悔いの無いようにな」
イーライは俺の目を見て……うなずく。
覚悟が決まった目をしていた。
「はぁ~? なぁにこいつかっこつけやがって。おいイーライ、さっさとしやがれ。でなきゃ殺しちまうぞぉ、この雑魚ギルマスを~?」
「……なせ」
「あ? なんだって」
「その人を離せって言ったんだ!」
イーライは素早く懐から杖を取り出し、無詠唱で風魔法を展開。
突風がふいて、チンピラ達を吹っ飛ばす。
「なっ!? て、てめえイーライなにしやがる!」
イーライは杖先をリーダーに突きつける。
「ぼくは……あなたのパーティには戻らない!」
「くそっ! 調子乗るなよ三下ぁ……!」
リーダーが腰のナイフを抜いて、イーライの前で見せびらかす。
「こいつにはよぉ、毒が塗ってあるんだぜぇ? どうだぁ怖いだろぉ?」
「ああ怖いさ! けど……ぼくが勇気を出せないせいで、誰かを守れないほうが、よっぽど怖い!」
イーライはナイフを前に一歩も引かない。
「くっ……! くそぉ!」
「【風連撃】!」
どどッ……! と風の弾丸たちが、杖先から発射される。
「うげぇああああああああああ!」
リーダーはまともに弾丸の雨あられを受けて、吹っ飛ばされる。
「ぼくはもう、恐怖に負けない……! おまえたちの言いなりになんてなるもんか!」
「ぐ、ぐ……ぢぐじょぉ……。おい、てめえら、何ボサッとしてやがる! ギルマスもろともぶっ殺しやがれ!」
チンピラ連中が武器を抜いて、斬りかかろうとする。
「ひゃはは! おれにかまけて大事なギルマスさんをおろそかにするとは間抜けだなぁ!」
「間抜けはどっちだ」
ドサッ……! とチンピラ達がいっせいに崩れ落ちる。
「なぁ!? なんだとぉおお!?」
倒れ伏すチンピラ達を横目に、俺は立ち上がる。
「て、てめえ……! あれだけボコったのに、ほぼノーダメージって……ど、どういうことだ!?」
「簡単だ。俺の目には貴様らのお粗末な攻撃なんぞ、止まって見えていた」
時王の目は未来を読む。
こいつらがどこを狙ってくるかなんてお見通しだ。
だから当たる瞬間に、体の位置を少しだけ後ろにずらす。
こうすることでダメージを軽減していたのだ。
「て、てめえ……まさか、ワザとやられたフリをしてたなぁ……!」
ふらふらとリーダーが立ち上がり、俺をにらみつける。
「当然だ。貴様ら程度に後れを取ると、本気で思ったのか? おめでたいやつらだ」
このバカたちが俺に報復しようとちかづいていたのは、気づいていた。
本気を出せば瞬殺できる相手だったが、部下の成長のため、あえて手を抜いていたのだ。
「ぐ、ぞぉお! 調子にのりやがってぇ……!」
リーダーが俺めがけて、最後の力を振り絞って突撃してくる。
だが俺は固有時間加速を発動させ、やつの攻撃を躱し、カウンターで腹に一撃を食らわせる。
「んだよ……その動き……化け物、じゃねえか……」
「実に見事な踏み台役だったぞ。ご苦労だったな」
ドサッ! と気を失うリーダー。
「ギルマスー!」
イーライが泣きながら、俺に近づいてくる。
抱きついて、つぶやく。
「ぼくのために、あえて弱い演技してたんですね。……どうして、そんな回りくどいことをしたんですか?」
俺はイーライの頭をなでる。
「おまえは心は弱いままだと言ったがそんなことはない。きちんとその強さに見合った強い心を持っている。そのことに気づいてもらいたかったのだ」
「ぼくのために……体張ってまで、教えてくれたんですね」
ぐすん……とイーライが涙を流す。
俺の胸に頭をあずけて小さくつぶやく。
「ありがとう……ギルマス」
「礼など不要だ。教育の一環だったからな」
イーライは拗ねたように言う。
「……でも、ぼくを成長させるためとはいえ、騙すなんて酷いです。本気で心配したんですからね?」
「知らなかったのか? 俺は目的のためなら手段を選ばない、悪徳ギルドマスターだぞ?」
ぽかんと目を丸くするイーライだったが、花が咲いたような笑顔を浮かべるのだった。
★
後日。
俺の部屋にて。
「やぁギルマスぅ! 久しぶりじゃないかぁ~」
勇者パーティの槍使いウルガーが、俺の元へとやってきた。
「まったく、ボクを使いぱしりにするなんてっ。それで? あんたが言っていた【新人】ってのはどこにいるんだい?」
ちょうど、そこへイーライがやってくる。
「ギルマス、何の用事でしょうか?」
やってきたイーライを見て、ウルガーが体を硬直させる。
「イーライ、貴様をギルドから追放する」
「え……? ど、どういうことですかっ?」
「貴様はこのギルドに不要な人間となった。今日から、勇者パーティの一員として活動しろ」
あの日の夜、イーライは勇気を身につけたことで、より一層の強さを手に入れた。
それこそ、勇者パーティで通じるほどの魔法の腕前を。
「ぼくなんかが……勇者パーティに、ふさわしいのでしょうか?」
「なんだ? 貴様俺の目が節穴だと言いたいのか?」
「め、滅相もございません!」
「なら俺を信じろ。今度は勇者の仲間として、困っているやつを助けてやれ」
イーライは決心がついたのか、こくりとうなずき、俺の前で頭を下げる。
「ありがとうございます、ギルマス! ぼく……このご恩、絶対に忘れません!」
俺は今まで固まっていたウルガーに言う。
「おい、何ボサッとしてる。さっさとそいつを連れて勇者のもとへいけ」
「あ、ああ……イーライちゃん、だっけ?」
ウルガーはイーライの手を握って言う。
「ボクと付き合ってくれないかね!」
困惑するイーライに、ウルガーが熱っぽく言う。
「可憐な君に一目惚れしてしまった! さぁボクと一緒に世界を救おう! そしてその後は結婚し田舎で幸せにくらそうじゃあないか!」
……どうやらこのアホは、イーライを女と勘違いしているようだ。
「ごめんなさい、ウルガーさん。それはできませんっ」
「なぁっ!? ど、どうしてだい!?」
そいつは男だぞ、と俺が言う前に、イーライは笑って言った。
「ぼく、もう心に決めた人がいるんです! 全てが終わったら、その人に告白して、結婚するつもりなんです!」
「そ、そんなぁ~……」
がっくりと肩を落とすウルガー。
「それでは、ギルマス。お元気で! 全てを終えたら、また帰ってきます!」
イーライはウルガーを連れて、部屋から出て行った。
「しかしイーライのヤツ、知らぬ間に恋人なんて作っていたのか。隅に置けないやつめ」
はぁ……とフレデリカがため息をつく。
「……ほんと、あなたは凄い人のくせに、とことん人の好意には鈍感なのですから」
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