17.悪徳ギルドマスター、落ちこぼれを一流に育てる
ある雨の日、俺が出勤すると、ギルドの前をうろちょろする女がいた。
「おい、なんだ貴様は?」
「ひぐっ! すみませんっすみませんっ」
そいつは雨だというのに傘も差さずにいた。
「邪魔だ」
「す、すみません……帰ります……」
「どこへ行く?」
「ふぇ?」
「そこは入り口だ。客も来る。話なら中で聞くからさっさと来い」
俺はきびすを返し、ドアを開ける。
「フレデリカ。そいつをシャワールームに案内しろ。後着替えだ」
「さすがマスター。本当にお優しい」
「勘違いするな。ぬれた女をそのままにしていたとなればギルドの評判が落ちるからな」
フレデリカは微笑むと、その女を連れてシャワールームへと向かう。
ややあって。
「アクト様、この方は男の子でした」
「そうか」
線がほそく、目も大きく、体つきが華奢だったので、てっきり女かと思った。
「男の娘ですよ。これはレア」
「知らん。……貴様、名前は?」
俺の部屋にて。
女、もとい男に俺は問いかける。
「い、【イーライ】、です」
「そうか。イーライ、貴様どこかのパーティを追放されたんだな?」
「は、はい……あのぉ、どうしてわかったんですか?」
「捨てられたヤツは、目を見ればわかる」
同じ境遇のヤツを今までたくさん見てきたからな……俺も含めて。
「うわさで……聞きました。天与の原石には、誰よりも優しく、部下思いの、史上最高最善のギルマスがいるって聞いて……ぼくでもひろってくれるかなって」
「全くの嘘っぱちだな。誰だそんなバカみたいなウワサを流しているのは」
「さあさっぱり皆目見当がつきませんなー」
おまえかフレデリカ。
「確かに貴様のような境遇のヤツを集めてはいる。だが全員を無条件で拾っているわけじゃない」
「あ、あはは……条件、ありますよね。ぼくみたいな、無能じゃ、駄目ですよね」
イーライが弱々しく笑う。
「俺のギルドに入るたった1つの条件。それはやる気があるかどうか。それだけだ」
「やる気……?」
「人間誰しも、自分が気づいていない才能を必ず持っている。俺はそれを見抜き育てる。だが……やる気の無いやつを育てても時間の無駄だ」
彼の目の奥に、途方もない才能の原石を見た。
だが当人にやる気がなければ、文字通り宝の持ち腐れで終わる。
「貴様は気づいていないようだが、凄まじい才能を秘めている。ここ数年で言えばウルガー……勇者パーティに入った槍使いと同等級のそれがな」
「……そんなの、信じられません」
ぎゅっ、とイーライは唇をかみしめて、涙を流しながら言う。
「ぼくは、昔っからどんくさくて、何をしても失敗だらけで、周りに迷惑かけてばかりで……疫病神扱いされてきました」
なるほど、彼の自尊心のなさは、出自が原因なのか。
「ぼくは……なにやっても、無駄なんだ」
「顔を上げろ、イーライ」
彼の肩を掴み、真っ直ぐに目を見る。
「たくさんの天賦を見極めてきたこの俺が保証する。おまえは、誰よりも強い魔法の才能がある」
「ぼくに……才能、ありますか……?」
「ああ。とびきりのヤツがな。俺を信じろイーライ」
俺は彼に手を差し出す。
イーライは目元を拭うと、俺の手を握る。
その目には、やる気がみなぎっていた。
「よろしくお願いします、ギルマス!」
★
ギルド所有の訓練所にて。
「ぜぇ……はぁ……ぜぇ……」
イーライはグラウンドを何周も走っている最中だった。
「マスター、彼は魔法の才があるのでしょう? なぜ走らせるのです?」
監督している俺の元に、フレデリカがやってきて言う。
「魔法を使う人間だからこそ、体は強くなければいけないのだ」
魔法は魔力を消費し、強力な自然エネルギーを発生させる。
だがどんなエネルギーにも反動というものがある。
貧弱な体では、大きな反動のエネルギーに耐えられない。
ゆえに魔法使い達は、自分の身を守るため、無意識に力を制御する傾向にある。
「だから反動に耐えるよう体を鍛える。そうすれば、強い魔法を御せるようになる」
「なるほど。さすがマスター、深いお考えがあってやらせているのですね。新人いびりかと思ってました」
「そんな無駄なことはしない」
バタン! とイーライが倒れる。
俺はイーライのもとへいく。
「その程度でギブか。根性無しめ。……もういい、さっさと上がれ」
「待って……ください。まだ、やれます!」
瞳に強い決意を秘めながら、イーライが立ち上がる。
「ギルマスは……こんな、ぼくのために、練習メニューを、考えてくれました。ぼくが強くなるようにって……その期待に、応えたい……!」
だっ! とイーライは走り出す。
「ぼくは……もう負け犬になりたくないんだっ! うぉおおおお!」
限界を超えて彼は走る。
やがて……べしゃり、と崩れ落ちた。
俺は彼を背負い、訓練所を後にする。
「……ありがとう、ございます。運んでくれて」
「何を感謝している? 貴様をあの場で放置し、風邪でも引かれたら練習メニューの消化が遅れると思っただけだ」
「……とても、優しいんですね。……ぼく、そんなあなたが、好きです」
きゅっ、とイーライが俺の背中に抱きついてくる。
「さすがマスター。女だけでなく、男までも虜にしてしまうとは。やはりあなた様は魅力ある素晴らしい人間です」
★
2ヶ月ほどが経過した。
ギルド所有の訓練所にて。
「【煉獄業火球】!」
イーライが構えた杖先から、巨大な炎の球が出現する。
それはグラウンド中央で爆発を起こすと、訓練用に放っていたゴーレムを粉砕した。
「お見事です。この短期間で無詠唱で極大魔法を使えるようになるなんて。しかも訓練所に張られていた固い防御結界を突き破る威力。……天才ですね」
フレデリカが感心したようにうなずく。
彼は俺を見て、笑顔で手を振りながら近づいてくる。
「ギルマスー! ぼく、やりましたっ!」
イーライが正面から抱きついてくる。
「まさか自分に、ここまでの魔法の才能があっただなんて……ぐす……ギルマスのおかげです」
「バカ言え。才能を持っていたのは貴様だ。俺の手柄じゃない」
俺は他人に才能を与えられない。
才能とは、天より与えられしもの。
単に、俺はイーライが本来持つ原石を磨いてやっただけに過ぎない。
「胸を張れイーライ。その力も、努力も、貴様のものだ」
「うぐ……うわああん! ギルマスぅうううう!」
彼は抱きついてきて、子供のように泣く。
「ありがとうございます、ありがとうございますぅう!」
「感謝するのはまだ早い。貴様は初歩の訓練を終えたばかりだ。これから実践での訓練が始まる。今より数倍キツくなるぞ。ついて来れるか?」
イーライは涙を拭って、力強く言う。
「はいっ! ぼく……頑張ります! あなたのために!」
★
後日。
俺の部屋にて。
「マスター、イーライが仲間とともに炎竜討伐に成功したそうです」
フレデリカから報告を受ける。
「Sランカーのオルガがパーティにいたとはいえ、彼らとの連携もきちんと取れ、とどめを刺したのはイーライの極大魔法だそうです」
あれから、イーライは異常な速度で成長し、Sランクパーティに居ても遜色ない魔法使いになった。
「初歩訓練から今日まで、イーライの活躍は目覚ましく、各ギルドから彼への打診が山のように来ております」
「まったく、気の早い連中だ」
「見る目のない連中、の間違いですよ。やはりマスターはさすがです。彼に、ここまでの才能があると見抜き、育てたのですから」
と、そのときだった。
バタンッ! と部屋の扉が開く。
「おいあんたがここのギルマスか?」
入ってきたのは、柄の悪い連中だった。
どうにもカタギじゃないなこいつら。
「ギルマスー! ぼくの活躍を……あ」
部屋に入ってきたイーライが、柄の悪い連中に気づく。
「よぉイーライぃ。ずいぶん使えるようになったらしいじゃんかー?」
リーダー格らしき男が、イーライに気づく。
一方で彼はうつむき、震えている。
「な、なんの……ようですか?」
「決まってるだろぉ? 迎えに来てやったんだよ。さぁ帰ろうぜぇ」
男がイーライの腕を乱暴につかみ、出て行こうとする。
「や……やだ……たすけ……」
「またたぁっぷりこき使ってやるよぉ。光栄だろうイーライぃ~……ぎゃははは! ぶべっ!」
男は殴り飛ばされ、地面に倒れ込む。
「ギルマス!」
俺はイーライを抱き寄せ、男を見下ろして言う。
「俺が大事に育ててる最中だ、よそに出すにはまだ早い。特に、貴様みたいな下郎には、絶対渡さない」
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