15.悪徳ギルドマスター、人知れず他ギルドを助ける
ギルドマスター・アクトのもとを離れたミリアは、麒麟討伐へと向かう。
王都郊外への草原にて、SSランクモンスター麒麟は確認された。
「目標捕捉しました。ギルマス、指示を」
副官の女が遠見の魔法で、麒麟の姿を捉える。
ミリアはうなずくと、背後に控える精鋭達に言う。
「あんたたちにアタシのスキル【破軍】を施すわ。あとは包囲し、撃滅すること。いいわね?」
「「「了解!」」」
新顔の冒険者が、先輩に尋ねる。
「破軍とはなんですか?」
「ギルマスの固有スキルだ。彼女が戦闘に加わっているだけで、味方のステータスを大きく向上させる。また、味方の数が増えれば増えるほど、我らに与えられる恩恵が強くなるというスキルだ」
「す、すげえ……! さすがS級1位のギルドマスター!」
感心したように言う彼、一方でミリアはスキルを発動させる。
彼女の体が星のように煌めき、バッ……と右手を振る。
手の先から粒子が照射され、味方の全員に降り注ぐ。
「ゆけ! 麒麟を倒しなさい!」
「「「うぉおおおおおお!」」」
破軍によってステータスが向上されたギルメン達は、彼女の指揮の下、麒麟を追い詰める。
麒麟は人間の存在に気づき、雷を周囲に発生させる。
だが破軍によって強化された体は、麒麟の雷を受けてもなおびくともしない。
「せやぁ……!」「おらぁ!」
武器による攻撃を、麒麟は電撃で弾こうとする。
だがミリアのスキルの効果により、威力が底上げされた一撃は、麒麟の胴体にダメージを与えた。
「良いわよ、そのまま削っていきなさい」
「「「了解、ボス!」」」
麒麟は凄まじい速さで距離を取り、雷撃を打ち込む。
だがすぐ別のパーティが追いついて、囲み、攻撃を与える。
血の栄冠は手練れが多いし、ギルマスであるミリアが戦場に立てば、仲間全員が歴戦の戦士へと早変わりする。
S級1位はダテではないと思わせる戦いっぷりであった。
「良い調子ね。このままなら麒麟を討伐できるわ。……何が時期が悪いよ。ほら、ちゃんと倒せるんだから」
と、そのときだった。
ぽつん……と空から水滴が落ちてきたのだ。
「雨……? 雨くらい関係ないわ。さっさと倒しなさい」
麒麟は空を見上げると、甲高く吠えた。
ヤマビコのように声が反響していく。
すると雨雲は先ほどよりも分厚く、黒くなる。
カッ……! と天が輝くと、上空から雷の竜が降りてきた。
猛スピードで落下してきた竜は、顎を大きく開くと、ギルメン達に直撃する。
凄まじい威力の落雷により、地面に大きな穴ができる。
光に次いで爆音。
ギルメン達は、自分に何が起きたのかわからず、吹き飛ばされる。
衝撃波に飲まれたミリアは、後方へ思い切り吹っ飛ばされる。
「な、なんなの……なにが……いったい……?」
麒麟が雷の竜を呼び寄せ、ギルメン達に攻撃したのだ。
だがあまりに速かったため、目で追えたものはほとんど居ない。
だが、視力強化のスキルを持つ副官だけは、ミリアのバフもあり、状況を把握できていた。
「み、ミリア様……まずい、です。撤退を……」
だが彼女が判断するより早く、麒麟は再び雷の竜を召喚。
今度は1匹ではなく、空中で1000の竜へと分裂する。
雨あられのように小さな竜たちが降り注ぎ、なすすべなくその身に攻撃を受け続ける。
「あ……ああ……」
ミリアの判断が遅かったせいで、ギルメン達はみな、地面にへたり込んでいる。
破軍のスキルが無ければ、とっくの昔に全員があの世へ旅立っていただろう。
かろうじて生きてはいるものの……動けるものは、いなかった。
「……アタシの、せいだ」
功を焦り、麒麟という雷の獣が、天候によって強さを変えることを調べなかった。
撤退指示が遅れてしまったせいで、多くのギルメン達が傷付いてしまった。
「……アタシが、未熟なせいで」
地に伏せる人間達をあざ笑うかのように、麒麟が空に向かって吠える。
「……もう、終わりよ。みんな、ごめん。ごめんね、アクト……忠告を、無視して……」
上空から雷の竜が降り注ごうとした……そのときだった。
竜がバシュッ……とかき消えた。
「なっ!? いったい……なにが……」
「ミリア様! 大変です! 追加の魔物が森の方から来ます!!」
ドドド……! と地面を揺らしながら、森から高速で接近するモンスターがいた。
「なぁ!? け、ケンタウロス!?」
半分人間、半分馬の、知性を持った高ランクモンスター。
その大群が、こちらに押し寄せてくる。
泣きっ面に蜂とはこのことか。
完全に終わったと諦める彼女の脇を、しかし、ケンタウロスたちがすり抜けていく。
『我らケンタウロス、盟約に従い、貴女に助太刀いたす!』
彼らのリーダーらしき男がそう言うと、ケンタウロスたちはいっせいに、矢を放つ。
魔法の矢は麒麟の体を、まるで紙のように射貫いていく。
麒麟は怒って雷の小竜を召喚するが、その全てを、ケンタウロスたちが矢で射貫く。
「す、すごい……! 麒麟の雷をものともしないなんて!」
ケンタウロスが麒麟を追い詰める一方で、ミリアは混乱していた。
彼らは森に住む高位の魔物と聞く。
だが決して人間とは相容れぬ存在とも。
彼らがミリアを助ける道理などあるわけがない。
矢で射貫かれた麒麟が、その場でぐらりと倒れる。
「うぉおおお! 討ち取ったぞ! 我らがミリア様の勝利だ!」
ギルメン達が喝采をあげる。
戦闘中、治癒を施してもらっていたため、彼らは一命を取り留めていた。
「さすがミリア様! ケンタウロスを従えてしまうなんて! すごいです!」
彼らは皆、ミリアに尊敬のまなざしを向ける。
「え、いや……ちが……」
「またまた! ご謙遜を! 先ほどケンタウロスたちが言っていたじゃないですか、盟約に従い、ミリア様に助太刀すると!」
確かにそう言っていた。
だがケンタウロスと盟約を結んだ記憶などさらさら無い。
「我らが削り、ケンタウロスでとどめを刺す作戦だったのですね!」
「おれたちに知らさなかったのは、麒麟を油断させるための作戦か!」
「敵を欺くにはまず味方から! さっすがミリア様! S級1位をとりまとめる女傑はひと味違うぜ!」
みな、ミリアの作戦で麒麟に勝利したと確信している様子だった。
だが、当の本人だけは自分の手柄でないことに気づいていた。
「いったい……だれが……?」
するとケンタウロスが、その手に通信用の魔道具をもっていた。
『終わったぞアクト』
「アクト……?」
ケンタウロスのリーダーが魔道具ごしに、確かにそう言った。
『見事な指揮だった。さすがだ。ああ。なに、他でもないおまえの頼みだ。喜んで力を貸そう。ああ、ではまたな』
リーダーがミリアに気づく。
だが一瞥しただけで、仲間を引き連れて、森へと帰っていった。
「我ら血の栄冠の勝利だ!」
「勝利をもたらした女神ミリア様、ばんざーい!」
「「「ばんざーい!」」」
ギルメン達からの賞賛を受けながら、彼女は一人、この窮地を救ってくれた彼に思いをはせていた。
★
後日、俺の部屋にて。
ミリアが俺の前へとやってきた。
「……あんたでしょ、ケンタウロスの援軍を寄越したの?」
俺は手に持っていた新聞を広げる。
そこには、ミリアたち血の栄冠が、SSランクモンスター麒麟を倒したとでかでかと書いてあった。
「何のことだ? おまえ達が倒したんだろ。新聞にはそう書いてある。凄いじゃないか」
ミリアは俺をにらみつけると、ぎゅっ、と下唇を咬む。
「……今回は、アタシの完敗よ。アタシの未熟さのせいで、たくさんの部下が死ぬところだった。あんたにも、迷惑かけて……ごめん」
俺はため息をついて言う。
「何を言ってる? おまえの言ってることはさっぱり理解できんな」
「え……?」
「倒したのはおまえが指揮した部隊だろ」
ミリアは目を丸くして、はぁ~……と深々とため息をつく。
「……そう、あくまでしらを切るつもりなのね」
キッ、とミリアは俺をにらみつけると、高らかにいう。
「今回のことは、借りにしてあげる!」
「借りも何も、俺は何もしてないが?」
「けど! アタシのギルドは、もっともっと強くなってみせる! あんたが追いつけないくらい、手助けの必要ないくらい、遙か高みまで登ってやるから!」
「そうか。期待してるぞ」
フンッ! とそっぽを向くと、ミリアは部屋を出て行った。
「さすがですね、マスター」
背後に控えていたフレデリカが、感心したように言う。
「友人の娘たる彼女、ギルドとメンツ、その全てを人知れず守るなんて。お優しい方です」
「勘違いするな。俺はあいつに貸しを作りたかっただけだ。血の栄冠はより大きなギルドとなる。そうなったときに助けた恩を返してもらう」
「おや? 貸しも何も、マスターは今回、何もしなかったはずでは?」
俺は新聞を広げて、聞こえなかったことにする。
フレデリカは優しい声音で言う。
「まったく、我がギルドの悪徳ギルドマスターは、とことん、お人好しなんですから」
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