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144.悪徳ギルドマスター、動く



 俺は早朝、一人ギルド会館にいた。


 ギルド、【天与の原石】。


 俺が作った、被追放者たちの寄り合いだ。


 理不尽に追いやられてきた原石を俺が拾って磨き、そして最大限にその輝きを引き出して、世に放つ。


 すべては俺の目標を達成するために。


「…………」


 俺が席から立ち上がろうとした、そのときだ。


 こんこん。


「マスター、おはようございます」


 銀髪の美しい女が入ってくる。


 名前はフレデリカ。

 俺の右腕にして、メイド。


「こんな朝早くからご苦労様です」


「ふん……なんのようだ」


「マスターがまた一人、敵地へ向かわれる。そんな気がしたので」


 フレデリカは微笑んでいる。

 そこには俺に対する信頼が見て取れた。


 ……やれやれ、付き合いが長いのも考え物だ。


「ローレンス様たちのもと……ではないのですね」


「ああ。そっちは上手くやるだろうからな」


「ということは、その黄金の瞳に、勝利が映っていたのですね」


 俺の目、【時王の眼】。

 過去から未来を見通す魔眼。


 俺は少し先の未来を見ることが出来る。


 確かに、フレデリカの言うとおりの未来は見えた。


 だが未来は決して一通りではない。


 勝利の栄光も、敗者の惨状も、どちらの未来にもなり得る。


「そして、ローレンス様を脅かす未来もまた見えた、ということですか」


「ああ。邪魔者の介入する未来が見えた。これ以上邪魔されないうちに消す」


 俺は部屋を出て行こうとする。


 俺の前に、フレデリカが跪く。


「マイ・マスター。どうかわたしもお連れください」


 ……今から俺が行くのは天羽……つまり、元々のこいつの主人の下だ。


 俺が倒すべき相手は、この事件の黒幕の男。

 そして、主人を殺すことになる。


「駄目だ。帰りを待っていろ、この駄犬」


 俺はフレデリカの横を通り過ぎようとする。

 だが、きゅっ、と背後から俺を抱きしめるものがいた。


「……マスター」


 フレデリカが俺を引き留めている。

 その声は涙で濡れていた。


「……どうして、どうしていつも、わたしを置いていくのですか? どうして、いつも一人で抱え込むの?」


 振り返る。

 紫紺の瞳が涙で濡れて、今にも泣き出しそうな彼女がいる。


「わたしたちは、やっと互いに思い合う関係になれたというのに」


 別に恋仲になったわけじゃない。

 俺が望みを叶えてたら、そのときはと約束したまでだ。


「お供させてくださいまし。それとも、わたしでは、不足ですか?」


 別に能力的に不足しているわけではない。


 こいつが戦うべき相手が、天羽だと、創造主であると知ったとき……。


 こいつがまともに動かなくなる気がする。

 

「ああ、足手まといだ」


 フレデリカが目を伏せる。


 彼女の体を、俺は逆に正面から抱いてやった。


「だが、勘違いするな」

「あ……」


 ぎゅっ、と細い腰を強く抱きしめる。


「あくまでも今回の作戦では、ということだ。貴様には別の使命を与える。そこで存分に振る舞ってもらう」


 俺は彼女の抱擁を解いて言う。


「俺のために、ここに残れフレデリカ」


 彼女は不満そうに唇をとがらせる。


「……ずるいです。そんな風に言われたら、

そうせざるをえないじゃあないですか」


 俺は彼女から離れる。

 ついてくる気配は感じられない。


 俺は懐から巻物を取り出し、フレデリカに差し出す。


「ここに作戦の概要が記されている。……最後の戦いだ、俺【たち】の……理想をかなえるための、な」


 フレデリカの頭の上に犬の耳が、そして、お尻からは尻尾が出る。


 ぱたぱた……とうれしそうに揺れ動く。


「かしこまりました、我が主。どうか、ご武運を」


 俺は黒いコートをはためかせながら、戦場へと赴く。


 勇者が仲間を連れて魔王の城へ向かったように。


 俺は一人で、奈落へと向かう。


 かつて、俺が出会った男の元へ。


 天羽を……殺しに。



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