139.悪徳ギルドマスター、勇者たちに慰謝料を請求する
ギルドマスターであるアクト・エイジのもとへとやってきた、ローレンス、および極東勇者パーティ。
盛大な壮行会から、一夜明けた朝。
アクトのギルド、天与の原石。
そのギルマスの部屋にて。
「いよいよ旅立つのだな」
「うむ!」
赤銅髪の大男、ローレンスが笑顔でうなずく。
「我らはこれより魔王の領土へ乗り込み、いよいよ最後の敵、魔王を討伐する! そして! 必ずや、この手で平和を取り戻す!」
燃えるような瞳は、いっさいの陰りが見えない。
アクトはそれを見て、静かにうなずく。
「そうか……。ふん、では最後に、貴様らに慰謝料の請求をしておこうかな」
「「「慰謝料?」」」
「ああ。貴様らには多大なる迷惑をこうむったからな。きちんと、迷惑料を請求しておこう。おい、フレデリカ」
アクトの背後に控えていた、銀髪のメイドが、前に出る。
その手にはお盆、そしてその上に、大量の巻物が。
「一人ずつ名前を呼んでいく。呼ばれたら前に出て、請求書をもらっていけ」
「「「…………」」」
勇者パーティたちは、顔を見合わせる。
だが……彼らは何かに気づいたような表情になり、そして、笑った。
「まずは、イーライ」
「はいっ!」
ともすればか弱い女性にみえなくない、桃色髪の、魔法使いの少年が、アクトの前にくる。
「イーライ。貴様は魔法の才能があるのにもかかわらず、パーティメンバーからひどい扱いを受けていた」
「はい……それを救ってくれたのが、アクトさんでした」
隠れた魔法の才能を見いだし、そして育てたのだ。
「あの頃の貴様は、自分に自信がなく、俺がせっかく才能を見いだしてやったというのに、おどおどしていた。だが……ふん。今はいい顔をしている」
アクトはイーライの頭をなでる。
「体も心も、強く成長した。その明晰な頭脳で、パーティを支えてやれ」
「はいっ!」
アクトはフレデリカから羊皮紙をとり、イーライに渡す。
「請求書だ。魔王を倒したら、その金を俺の元へ持ってこい。いいな?」
イーライは力強くうなずいて、アクトを見る。
そう、これはアクトなりの、励ましなのだ。
請求書を持って帰れ。
つまり、生きて帰ってこいと……そう言っている。
「わかりました! ぼく……絶対に帰ってきます! ありがとう、アクトさん!」
アクトはうなずくと、次々と、パーティメンバーを呼び出す。
回復術士ルーナ。
弓使いのハーフエルフ・ミード。
そして……槍使いウルガー。
彼らに檄をとばし、そして請求書を渡していく。
「ウルガー。貴様には一番手を焼いた」
「うぐ……ぐす……うぅううう、うるさぁい……」
滝のような涙を流す、銀髪の槍使い……。
アクトは彼の肩をたたく。
「だが、もっとも成長したのは貴様だ。あの頃の、自分を過信する悪い癖は直って、今ではパーティのサブリーダーとして、支えられるだけの力と経験を積んだ」
「ぎるます……」
「貴様は、もう自分の役割を理解してるな?」
ウルガーは泣きながら、こくりとうなずく。
「ボクが……ローレンスを、魔王の元へ連れて行く! この槍は、魔王を倒す槍じゃない。勇者に、とどめを刺させるために、ボクの槍がある!」
……かつて、ウルガーは自分が目立つことばかりを考えていた。
しかしアクトと出会い、その才能の真の輝きを手に入れた。
「それがわかれば、貴様は英雄になれる。俺が保証しよう」
「う……ふぐぅううう! ギルマスぅうううううううううう!」
アクトの腰にしがみつき、わんわんと、子供のようにウルガーがなく。
「これは請求書だ。英雄となって凱旋した貴様には、特に多額の謝礼金を支払ってもらうからな。……しっかり帰ってこい」
「ああ! もちろんさ!」
ウルガーが涙を拭いて、自信たっぷりにいう。
「このウルガー、約束は守る男! 必ず……帰ってくるさ」
次に、アクトは、極東の勇者のリーダー、火賀美を見やる。
「え、あたしにもあるの?」
「当然だ。貴様と、そのパーティを強くしたのは、誰だ?」
「ふぐっ……まあいいわよ」
火賀美が前に出てくる。
「てゆーか……これ、なにが慰謝料請求よ。単なる激励会じゃないの」
火賀美のいうとおりであった。
そしてそれは、この場にいる全員が、わかっている。
アクトなりの、最後の励ましだと。
慰謝料を請求するという形で、必ず帰ってこいと……励ましているのだ。
そんなアクトの不器用な優しさを……この場にいる誰もが、わかっている。
「火賀美。貴様もウルガーと同じくらい、育てるのに苦労した。素直じゃないからな」
「うっさいわよ……」
「だがな……貴様もまた、強く気高く成長した。その炎は魔王の体を滅する聖なる炎となるだろう」
じわ……と火賀美の瞳に涙が浮かぶ。
力を認められ、うれしかった。
「……ごめんね、ギルマス」
小さく、ぼそっと謝る。
「……あたし、間違ってた。仲間のことを考えずに、一人で突っ込んで自滅して、周りに迷惑をかけて……仲間も追放しちゃって、でも……」
火賀美は振り返る。
水月をはじめとした、勇者たち。
「もう、あたしは間違えない。大切な仲間たちと、この5本の刀で、協力して……魔王と戦う。そんで……ローレンスと力を合わせて、最終的に魔王を倒す!」
ウルガーと火賀美は似ている。
自分が、自分が……と、自分のことしか考えていなかった。
個々に素晴らしい才能を持った原石があっても、それがバランスよく配置され、集まらなければ……1つのアクセサリーに過ぎない。
原石は、磨かなければ宝石にならず。
宝石は、単体では、価値を持たない。
仲間がいて、力を合わせて、初めて……。
勇者という、1つの美しい芸術品が、完成するのだ。
「それがわかればいい。……きちんと、借りは返せよ」
アクトが極東の五人分の請求書を、まとめて火賀美に渡す。
火賀美は素直に受け取る。
そして……。
「おれの番だなー!」
ローレンスが笑顔で、前に出る。
アクトは、いう。
「貴様に言うことはない」
「うむ!」
そう……すでに、昨日の夜、個別に呼び出されて、励まされたのだ。
それに……彼と出会って、今までたくさんの教えをもらった。
だから、言葉はいらないのだ。
アクトは、請求書を……渡す。
それは誰よりも、分厚い、羊皮紙の巻物だった。
「貴様は特に、俺に大きな負債をかかえているからな」
「おお! なんということだ! こんな金……用意できないぞ! こまったなー!」
全く困った様子では、なかった。
アクトはふんっ、と鼻を鳴らす。
「ならば、魔王を倒すのだな」
魔王の抱える財宝。それは、莫大なものだ。
それを使って、借金を返せ……という体で。
魔王を倒せよ、とアクトが、言外に言う。
「ああ! 無論だ!」
ローレンスは拳を前に突き出す。
アクトは……拳を突き返す。
こつん……と拳を合わせる。
「ありがとう、最高の指導者よ! おれたちがここまで成長できたのは、あなたのおかげだ!」
全員が、アクトに対して、頭を深々と下げる。
「おれたちは、必ず魔王を討ち滅ぼす! 約束する!」
アクトは小さく……うなずく。
そして……いつも通り。
「そうか」
全員を見渡して、彼は言う。
「期待しているぞ」
……彼はいつだって、多くを語らない。
最初、誰もがアクトの言動に困惑する。
言葉が少なすぎて、伝わらないから。
だがここにいるメンツは、成長した。
アクトの不器用な優しさも、彼の少ない言葉に含まれた意味も……。
全部、理解できるようになった。
「さぁいこう! みんな!」
勇者たちがきびすを返し、部屋を出て行く。
後ろを振り返ることはない。
アクトに助力をこうこともない。
「魔王を倒しに!」
「「「おう!」」」
……かくして、勇者ローレンスたちは、魔王を討伐するべく、旅立っていったのだった。
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