138.ローレンスとサシで飲み
俺の元にやってきた、ローレンスと極東勇者達。
これより彼らは、魔王討伐という最後の難関に向かって、出発しようとしている。
話はその日の夜。
俺のギルド、【天与の原石】。
ギルド会館にて。
俺は自分の部屋から出て、1階へと降りてきた。
「ふがー……」「ぐぅー……」「もうたべられない~……」
ホールではギルメン、および勇者パーティのメンバー達が眠っている。
さっきまで子供みたいに騒いでいたのだが、やれやれ。
「アクトさん!」
振り返ると、大男がそこにいた。
こいつはローレンス。
地上最強の勇者であり、元ギルメンの男だ。
「ナニしてるのだ、貴様は?」
「うむ! 稽古をしてきた! 素振り1兆回!」
……やれやれ。まったく規格外の男だ。
「おいローレンス。ちょっと付き合え」
「む? いいぞ!」
ローレンスを引き連れて、俺は夜の街へと繰り出す。
深夜、街は静まりかえっている。
ローレンスを連れてきたのは、この街唯一のバーだ。
「これはこれはアクト様。いらっしゃいませ」
整った身なりのバーテンダーが、俺に気づいて、笑顔で出迎える。
「それにローレンス様も、いらっしゃいませ」
「うむ! こんばんは!」
なかは落ち着いた雰囲気のバーとなっている。
魔法をつかった照明が、青く周囲を照らし、古い感じの音楽が流れている。
「良い雰囲気のお店だな! こんな所を知ってるなんて、さすがアクトさんだ!」
バーテンダーは笑顔で俺に言う。
「今夜は貸し切りにさせていただきます」
「なに! いいのかっ?」
ローレンスが目を丸くする。
「ええ。表の看板を下げて参りますね」
「すまないな」
俺が言うと、バーテンダーは笑顔で首を振る。
「気にしないでください! いつもアクト様にはお世話になっておりますので」
彼は頭を下げると、一度部屋を出て行く。
「やはりアクトさんはすごいな! 何も言わずふらっと訪れた店を、貸し切りにしてしまえるなんて!」
「別にたいしたことはない」
だというのに、やれやれ、大げさなやつだ。
ややあって。
俺たち並んでバーカウンターの前に座る。
「うまい! こんな美味い酒、はじめてだ!」
がぶがぶ、とローレンスが浴びるように酒を飲む。
だがまったく酔う気配がない。
昔からこいつは、うわばみなのだ。
「アクトさんが選ぶ店だからな! 美味くて当然か! 美味い!」
「そう言ってもらえると光栄です」
バーテンダーが新しいカクテルをつくり、ローレンスの前に出す。
「味わって飲め」
「うむ! 飲んでいるぞ! 美味い!」
「貴様は昔からそうだな、何を飲んでも何を食っても、美味いという」
ローレンスはニコニコ笑いながら、俺を見てくる。
「なんだ?」
「いや……とうとう、ここまでこれたんだなぁ、と少し感慨にふけっていたのだ」
彼は目をほそめて、自分の手を見やる。
「昔のひょろがりだった子供が、今では勇者をやれて、魔王を倒せるところまで来ている……あなたのおかげだ」
深々と、ローレンスが頭を下げる。
「感謝する、アクトさん」
「……ふん。勘違いするな」
俺はカクテルグラスを手に取って、一口啜る。
「俺が貴様を見いだし育てたのは、後になって大成するとわかっていたからだ。今のうちに目をかけてやれば、必ず俺の利益になるとな」
もう一口飲み……からになっていた。
その絶妙なタイミングで、スッ……と新しいカクテルが出される。
頼んでいないが、しかしちょうど欲しいところだった。
良い仕事をするな。
「アクトさんは、信じてくれてたってことだな! おれが絶対、魔王を倒すって!」
ローレンスはその赤い瞳をキラキラと、まるで宝石のように輝かせる。
図体はデカくなっても、この目は、昔も今も同じだな。
「ふん。当たり前だ。誰が貴様を育てたと思ってる?」
「うむ! アクト・エイジ……世界最高の指導者にして、おれの最高の師匠だ!」
「わかってるじゃないか」
俺はカクテルを1杯飲む。
すると、また飲み干したタイミングで、もういっぱい出てくる。
「なあ……アクトさん。おれは、強くなれてるかな?」
少し目線を下に落として、ローレンスが言う。
「安心しろ。体も心も強くなれてる」
俺はローレンスの胸を、どんっ、と叩く。
「少なくとも決戦を前に、【魔王討伐の仲間として、ついてきてくれないか】と軟弱なことを言わなくなったじゃないか」
「あ……」
一度、こいつは俺を仲間に引き入れようとしてきたことがあった。
あのときと違って、今回、こいつはそんなこと言ってこなかった。
「貴様は強くなった。この目で、貴様をずっとみてきた俺が……保証しよう」
「あ……」
ぽろり……とローレンスが、涙をこぼす。
「あぐ……あぐど……あぐどざぁあああああああん!」
大の男が、子供のように泣きじゃくる。
俺はヤツの肩を、ぽんぽんと叩く。
「おれ……おれ……うれしくて……うぐぅううううう!」
常に前に立ち、剣を振るってきたこいつもまた、一人の人間なのだ。
不安も悩みもあって当然。
俺が愚痴を聞くことで、ほんの少し、心が軽くなれば……それでいい。
ほどなくして……。
ローレンスは酔い潰れて、カウンターに突っ伏していた。
「さすがですね、アクト様」
バーテンダーが俺の前に、カクテルを出してくる。
「ローレンス様が、心に不安を抱えていることを見抜いて、ココへ連れてきたのですね」
彼が微笑みながら、勇者を見やる。
「今この時間帯なら、客も入ってないと当たりを付けて。ローレンス様が、悩みを打ち明けて、涙を流して……すっきりできるように、ここを選んだ」
「勘違いするな。俺は単に、お気に入りの店を、こいつに自慢したかっただけだ」
バーテンダーは苦笑すると、静かに言う。
「よほど嬉しかったのですね。ローレンス様も……それに、アクト様も」
「俺が? ふん、そんなことはない」
「そうですか。ただ……いつもより、酒の進みが早かったように感じたのですが?」
「…………ふん。余計な口を挟むな」
その後、目を覚ましたローレンスをつれて、ギルド会館へと戻るのだった。