134.駄犬メイドは充実したデートする
悪徳ギルドマスター・アクトのメイド、フレデリカ。
この日、フレデリカは朝からご機嫌だった。
「ふんふんふんーん♪ ふふふふーん♪」
フレデリカは、アクトの屋敷の厨房に立っている。
鍋の中身をお玉でかき回している。
「ふれでりか姉さまー!」
「おや、リリ」
料理長の娘、獣人のリリが、フレデリカに近づいてくる。
「姉さま、ごきげんだね! どうしたのっ?」
「ふふ……聞きたいです?」
ぴょこっ、とフレデリカの頭から、犬耳が立つ。
彼女の正体は、伝説の魔獣フェンリル。
氷の魔狼と恐れられし存在。
普段人間の姿に擬態している彼女だが、感情がたかまると、こうして犬の尻尾や耳が出る。
「聞きたい?」
「ききたーい!」
「ほんとうにききたい?」
「ききたーい!」
「ふふーん……良いでしょう」
フレデリカは得意げに、言う。
「今日はマスターとわたしの、記念日なのです」
「きねんびー? なにそれー」
「特別な日ということです」
「ふぇー……なにが特別なの?」
「今日はマスターとわたしが、初めて出会った日なのですよ!」
フレデリカはかつて、地下に住んでいた。
超越者と呼ばれる存在の、門番をつとめていた。
長きに渡る孤独の最中、奈落に落ちてきたアクトと遭遇。
そして彼は超越者の元で修行をし、地上へと戻ってきた……。
「マスターとわたしの邂逅記念日! ふふふふ、ふふふふふ♪」
「ほえー……ねえねえ姉さま? それ、アクト様も知ってるの?」
「もっちろん! 毎年祝ってますもの!」
「ふぇー……忘れてたら?」
「まさか! 忘れるわけないですよ」
……さて。
フレデリカは朝食の準備を終えた。
今日アクトが非番の日なのだ。
フレデリカはスキップしながら、彼の部屋へとやってくる。
こんこん♪
「おっはよーございまーーーーーーすっ! マスター! 朝ですよー! 希望の朝が来ましたよー!」
ばーん!
ウキウキでフレデリカは、アクトの部屋へとやってくる。
アクトはベッドから体を起こす。
「おはよう。朝から騒々しいぞ駄犬」
「てへっ♡ すみません♡」
フレデリカはアクトの着替えを手伝う。
「ところでマスタ~……♡ 今日はどこへいきますかぁ~?」
ふぁっさふぁっさ、と尻尾と耳が動く。
アクトの脚に何度も尻尾がぶつかっている。
「特に決めてないな」
「なるほど!」
特に予定を決めず、二人きりで街をぶらつこうと。
「そういうことですね!」
勝手に納得するフレデリカ。
もちろんだがアクトにはまったく伝わっている様子がない。
だが彼女は一人で深く納得する。
「素敵なディナーより、派手なアトラクションよりも、愛する2人が過ごす何気ない時間。これに勝るものはないと……そういうことですねマスター! ……マスター? はれ?」
いつの間にかアクトが居なかった。
フレデリカは慌てて食堂へと向かう。
既に席に座っており、朝食を取っていた。
「んも~。マスターってば、わたしを置いてくなんてひどいですYO★」
「フレデリカ」
「はいはい♡」
「コーヒー」
「はいはい♡」
フレデリカは凄まじく上機嫌だった。
何せ今日はマスターと初めて出会った記念日だ。
アクトもそのことを当然覚えている……とフレデリカは思った。
(このあとふたりでいちゃいちゃするんだもんねー♡)
るんるん気分でコーヒーを入れる。
アクトは静かに食事をし、朝刊を広げている。
むっ、とフレデリカは顔をしかめ、アクトから新聞を取り上げる。
「なんだ?」
「マスターマスター。わたしがいますよ? ん?」
恋人である自分がいるのだから、新聞ではなく、自分を見てくれ。
彼女はそう主張したいのである。
特に今日は記念日なのだから、新聞なんかよりも、自分を構って欲しいのだ。
「フレデリカ」
「はいはい♡」
「新聞を返せ」
「………………はい」
ぺいっ、とフレデリカは地面に新聞を放り投げる。
「拾え」
「つーん」
フレデリカはそっぽを向く。
新聞の方を優先されて、すっかりへそを曲げてしまったのだ。
「拾え」
「つーん」
「…………」
やれやれ、とアクトがため息をついて、新聞を拾おうとする。
「てい」
フレデリカは新聞を回収する。
「そーーーーーーーーーーい!」
ぐしゃぐしゃに丸めて、窓の外へと放り投げる。
ふぅ……とフレデリカが汗を手で拭う。
「これで新聞なんて見れないですよ! さぁ、マスター、わたしといちゃいちゃを……あれ?」
そこにはカラになった食器と、後片付けにきたリリがいた。
「り、リリ? マスターは?」
「散歩だってー」
フレデリカは慌てて、アクトのあとへ続く。
すでに外に出ていた。
「マスター!」
どどど! とフレデリカは全速力でおいかける。
「大事なもの忘れてますよー!」
「そうか?」
「ええ、このフレデリカという名の恋人を、お忘れですよ! って、あれ? マスター?」
すたすた……と前を進んでいる。
ぷくー、と彼女は頬を膨らませると、アクトの隣へ行く。
「マスターマスター」
「なんだ?」
「わたしたち付き合ってますよね?」
ぎろ、とアクトがフレデリカをにらむ。
「何を言ってる?」
アクトは、野望を叶えたら、付き合おうと言った。それまではそう言う関係にはならない……と話し合った。
だがフレデリカからすれば、それはもはや付き合ってる(予定)のであって、なればこそ、もっとあまい雰囲気になっても良いのではないか……と思っている。
「え、つきあってますよね?」
アクトはフレデリカを無視して進んでいく。
道行く人たちがアクトにアイサツをする。
「……………………なるほど。これがツンデレか」
なるほどなるほど、と超ポジティブを発揮するフレデリカ。
単にアクトは面倒だったので無視しただけだ。
アクトのあとをフレデリカがついてくる。
勝手にアクトの手を取って、るんるんと鼻歌を歌う。
「おい」
「なんですー?」
「放せ暑苦しい」
「はいはい♡」
ぎゅっ。
「放せと言っただろうが」
「はいはい♡」
ぎゅーっ。
「…………」
アクトはもうめんどくさすぎてため息をつき、そのままにした。
一方でフレデリカは、アクトと一緒に手をつないでいる……と勝手に思っている。
「見てくださいマスター。何気ない街の風景も、今日は輝いて見えませんか?」
「いつも通りだな」
「愛しい人と一緒に居るだけで見え方も違って見えるのです……ふふっ……今日は街がわたしたちを祝福しているように見えますね……マスター!」
「知らん」
アクトは朝の散歩をしながら、街の様子を見やる。
休日はこうして外を出歩き、市場を調査しながら、あれこれと今後の事について考える。
一方で、フレデリカは一方的にアクトに話しかけたり、抱きついたりする。
アクトは考え事をしているため、全部生返事だ。
それでもフレデリカは、デートをふたりで、楽しんでいる……と思っている。
アクトが普段から口数が少ないこともまた、フレデリカが勝手にデートしているとおもいこむ原因になっていた。
そして、夕方。
「いやぁマスター。今日は良い一日でしたね!」
フレデリカ達は屋敷に向かっていた。
「レストランで食事してー、ウィンドウショッピングしてー、ふふっ♡ 本当に楽しかった!」
単にアクトは、腹が減ったので近くのレストランに入り、街の新商品のチェックしたりしていただけだ。
「いやぁ、本当に楽しいデートでしたね! ね!」
だがフレデリカは、アクトと存分にデートをしたと勝手に思っている。
「おい」
「はいはい♡」
「屋敷に着いたぞ」
「あ……そうですね」
ぱっ、とフレデリカは手を放す。
ふたりが付き合っている(付き合ってはない)のは、周りには秘密なのだ。
「ふふ……秘密な大人な関係……良き」
フレデリカを無視して、アクトは屋敷に入り、そして自分の部屋へと戻っていった。
「あー! 姉さまー!」
「ああ、リリですか」
ててて、とリリが近づいてくる。
「でーと、どうしでしたー?」
リリは、フレデリカとアクトが出かけたことを知っている。
別にデートでも何でもなく、アクトはただ外を散歩していただけなのだが……。
「ええ、最高のデートでしたね」
「そっかー。じゃああくとさま、ちゃんと姉さまとの記念日、おぼえてたんだね!」
「ええ。さすがマスターの記憶力です。毎年ちゃんと、記念日を覚えているのですもの」
……別に覚えていなかった。
というか祝ってすらいない。
さらに言えば、彼がフレデリカと出会ってから今日まで、記念日を彼が祝ったことはない。
今日みたいに、フレデリカが勝手についてきて、勝手にデートと思い込んでいる、だけなのだ。
「よかったね、姉様!」
「ええ、最高でした! 来年も楽しみです!」




