133.悪徳ギルドマスター、田舎から出てきた若者をそそのかす6
ギルドマスター・アクトのもとへ、ヤボイ少年が来てから、ひと月ほどが経過した。
冒険者ギルド、【天与の原石】にて。
この日は、朝から大混雑していた。
ギルドの近くで新しいダンジョンが出現したのである。
新規ダンジョンが増えると言うことは、討伐や採取など、クエストも増えるということ。
「おおーい、まだかよー!」
「早くしてくれよ!」
受付カウンターの前には大行列ができていた。
天与の原石の受付嬢たちは、みな訓練された職員達。
だが今日は格別に人が多い。
職員達も困惑していた。
「こんなに多くちゃ無理だよ……」
「落ち着いてくださいっす、みなさん!」
そこへ、ヤボイ少年が現れる。
「おれが、指示するっす! 皆さんは出てきた仕事に集中してほしいっす!」
ヤボイはざっ、と受付に目を通す。
すぐさま、適切な指示を飛ばす。
手の遅い職員には、ほかの職員がカバーするように指示。
新しいクエストを受けようとする冒険者に、適切な仕事を割り振る。
報酬の支払額や、手数料の計算など、細かな計算を素早くかつ正確にする。
その鮮やかな仕事っぷりは、まるでアクトのようではないか。
職員達はみな感心していた。
彼が指示すると、もの凄いスムーズに仕事が進むではないか。
結局午前中の大混乱は、昼前には収まった。
「「「ありがとう、ヤボイくん!」」」
受付嬢達がヤボイに感謝の笑顔を向ける。
「すごいわ、まるでギルマスみたいだった!」
「ほんと、すっごいスムーズに仕事できた。ヤボイくんのおかげよ!」
女子達にチヤホヤされたヤボイはと言うと……。
「でへへ! まじっすかぁ! いやぁ……照れるなぁ~!」
完全に調子に乗っていた。
「ヤボイさん、この書類、ギルマスに届けてきてくれませんかー?」
「はいよろこんでー!」
「ヤボイさん、お使いにいってきてくれませんか?」
「はいよろこんでー!」
……ヤボイは受付嬢達の仕事を手伝いながら、ぐふふと笑う。
(みんなおれを頼ってくれる……すげえ! アクトさんの元に来るようになってから、おれなんかすげぇ! アクトさんぱねえ……!)
細かな仕事をもの凄い速さで処理する。
それは、生来の地頭の良さから来る、処理能力の高さがあるがゆえにだ。
(人に頼られるのって気持ちいいなぁ! 受付嬢ちゃんたちみーんなおれを頼ってくれる……よーし、がんばるぞい!)
その様子をアクトが、ギルドの2階から見下ろしている。
「さすがですね、マスター」
フレデリカが近づいてきて、同じヤボイを見下ろす。
「マスターの鬼の特訓のおかげで、いまやあの子、ギルドをほぼ一人で回せるようになってます」
「そうだな」
「頭の良さ、処理能力の高さ、そして……あの素直さと、人に好かれる才能。どれも現場監督には相応しい資質です。あなた様は見抜いていたのですね」
「まあな」
「ふふ……やはりマスターはすごいお方です」
ほどなくしてヤボイは仕事を終えて、一息ついていた。
「おい」
「あ! アクトさん! ちゃーっす! おつかれさまっすぅ!」
アクトはくいっ、と顎で2階を指す。
「ついてこい。貴様に話がある」
「え、まじっすか? なんすか?」
アクトと供に、ヤボイは2階のギルマスの部屋へとやってきた。
「ヤボイ。貴様を追放する」
「ふぁ!? ど、どどど、どういうことっすかぁあああああああ!?」
全力で、ヤボイが叫ぶ。
一方でアクトも、そしてフレデリカも冷静な表情のままだ。
「貴様はもう用済みだ」
「そんな! せっかくこの仕事に慣れてきたのに……がっくし……ま、だめならしゃーないっすな」
うんうん、とヤボイがうなずく。
フレデリカは呆れたように言う。
「切り替え早いですねこの子」
「そこもまた、こいつの才能の一つだ。おい、渡してやれ」
フレデリカはうなずくと、ファイルをヤボイに手渡す。
「なんすかこれ?」
「次の就職先だ」
「次……? え、就職……え? いまおれ、クビになったんじゃ?」
「マスターは次の就職先を用意して追い出すのですよ」
「はぁ……で、次の就職先……って、【天与の原石 王都支部 支部長】……って、支部長ぅうううううううう!?」
フレデリカが不愉快そうに顔をしかめる。
アクトは眉一つひそめず、淡々と言う。
「貴様は上に立ち指揮をする力を身につけた。現在、王都に出している支店へいき、部下達を指揮してこい」
「し、支部長って! お、おれまだ入って1ヶ月っすよ? そんな若造にまかせていいんすか?」
「年数は関係ない。俺は仕事ができるかどうか、実力しか見ていない。貴様ならこなせる」
「お、おれが……王都にある、冒険者ギルドの……支部長……」
わなわな……とヤボイが喜びのあまり肩をふるわせる。
「いやぁったー! 大出世だぁあああああああああああああああ!」
大声を上げるヤボイ。
フレデリカは耐えきれず、「やかましい」と彼の頭を叩く。
「田舎の小せがれが冒険者ギルドの支部長とかもう大勝利じゃーん! 勝ち組じゃーん!」
「引き受けてくれるな?」
「もっちろんすー!」
にやり、とアクトが笑う。
そう……ヤボイ少年は、当初の目的をすっかり忘れていたのだ。
すなわち、大悪党アクト・エイジについて、悪党となり、出世すると言うことを。
彼は目先の大成功に目がくらんで、本来の目標を完全に見失っていたのだ。
……無論、アクトがそうなるように、仕向けたのだ。
「さすがマスター。部下の性格をよく把握なさっております」
「いぇえええええええええい! おれ、家族にじまんしてきまぁあああああああす!」
だー! と部屋を出て行くヤボイ。
フレデリカは……ウルサいのがいなくなってホッと息をつく。
「おめでたい子ですね。全てはマスターの手のひらの上だというのに」
「別に俺は、俺の期待通りの仕事をするなら、多少ウルサくても目をつむる」
「ふふ……しかし、マスターの手にかかれば、どんな子も幸せになってしまうのですね」
「ふん。別に俺は部下の幸せなどどうでもいい。すべて、自分のためにやってることだ。やつを支店長にすれば、俺はその分楽できる」
そうですね、とフレデリカは微笑み、アクトにお茶を入れるのだった。