131.悪徳ギルドマスター、田舎から出てきた若者をそそのかす4
アクトのギルド【天与の原石】に新しい人材が加入した。
名前はヤボイ。成り上がりを夢見て、田舎から出てきた少年だ。
ヤボイはアクトの弟子ということになった。
「いくぞ。まずは町長のもとだ」
「うぃっす!」
ギルドを出たアクト達は大通りを歩く。
平日の昼間ということもあり、たくさんの人たちが道を行き来していた。
「アクトさん! どうもこんにちは!」
露店商がアクトに気づくと、ぺこぺこと頭を下げる。
「ああ。どうだ調子は?」
「絶好調でさぁ! あ、よかったらこれどうぞ! 新作です!」
商人が売っていたのは油であげたパンだった。
油脂の包み紙の中に、大量にパンが入っている。
「いくらだ」
「アクトさんからお金なんてもらえませんよ!」
「そうか。ありがたく頂戴しておこう」
そのやりとりを見て、ヤボイは感激する。
(すげー! アクトさん商人にただでこんなうまそうなもんもらってる! さすが大悪党、逆らったら恐ろしい目にあうってみんなわかってるんだな!)
「おいヤボイ。貴様が受け取っとけ」
「うっす! 参考になるっす!」
まだ何もしていないのだが、勝手に感心していた。
それもそのはず、ヤボイはアクトが希代の大悪党だと思っているのだ。
確かにアクトは世間的には悪徳ギルドマスターで通っている。
しかし……。
「アクトさん! こんちはー!」
「今日も良い天気ですねー!」
「うちに寄ってってくださいよー!」
道行く人たちはみな、アクトに笑顔で接してくる。
さすがにヤボイも、違和感を覚え出す。
(ど、どうなってるんだ……? アクトさんは大悪党だ。なんでみんな気安く声かけてるんだ……?)
脅されているにしては、みな笑顔過ぎるし、フレンドリーに接してくる。
とは言え、彼らはみな、アクトにリスペクトを以て接していた。
「なるほど……そういうことですか、アクトさん?」
ヤボイの手には、声かけてきた人たちからもらった食べ物やら何やらで、いっぱいになっている状態だ。
「なんだ、唐突に?」
「いや! みなまで言わなくていいです! おれ、男は言葉でなく背中で語るもんだと思ってるんで!」
ヤボイはキラキラした目をアクトに向ける。
「しっかり伝わりましたよ、アクトさんの言いたいことが……!」
ヤボイは一人感心したようにうなずく。
(本当の大悪党は、カタギから好かれちまうんだ。一般人に嫌われると悪事がやりにくくなるわけだしなるほど……勉強になるなぁ!)
「くくく……これでまたおれ、一歩夢に近づいた気がしますよ、アクトさん!」
壮絶な勘違いを犯しているヤボイ。
アクトは特に訂正することなく、一言。
「そうか」
とだけいって先へと進んでいく。
「くぅううううううう! クールぅうううううううううう! いいなぁ! クールでかっこよくって、そこにしびれる憧れるぅううううう!」
「やかましいぞ」
先ほど男は背中で語るとか言っていたヤボイだが、それを自分で守れていなかった。
ややあって。
やってきたのは町長のもと。
長い髪に、丸眼鏡の上品な老婆の元だった。
町長の屋敷、応接間にて。
「アクトちゃん、ひさしぶりねぇ」
「ご無沙汰だな、マダム。ヤボイ、マダム・グリージョだ」
ソファに腰をかけている老婆に、ヤボイが直角に腰を折って言う。
「うっす! ヤボイっす! 今日からアクトさんの舎弟になりやした! よろしくどうぞです!」
「あらあら、元気の良い子ねぇ。おすわりなさいな」
「はいっすマダム!」
ヤボイはアクトの隣に腰を下ろす。
「アクトちゃんが目をつけたってことは、この子も輝くものがあるということなのねぇ」
「うぉおおお! まじっすか!? おれ、あるっすか!? 輝く悪の才能が!」
「そうだな」
「っっっしゃぁあああああああああ!」
「やかましい」
ヤボイは大悪党から、悪の才能があることを認められ、有頂天だった。
しかしアクトが言いたかったのは、ヤボイに才能があると言うことだけ。
かなしいことに、アクトの目から見た結果、ヤボイには悪の才能が全くないことが判明していた。
「この子にはどんな才能があるのかしら~?」
「計算力だ」
「計算?」
「ああ。データを見て、そこから回答を導く力に長けている。一つ実践して見せようか。おいヤボイ」
「ひょぉおおおおお! 大悪党ヤボイの誕生だぁあああああ!」
「おい」
「あ、はい! なんでしょー!」
アクトは窓の外を指さす。
「午後の天気はどうなると思う?」
「え、なんっすか急に?」
「良いから答えろ」
ヤボイは不思議そうに首をかしげると、窓から外を見やる。
そして、言う。
「大雨っすね」
「あらあら……そうなの?」
「うぃっす。だから洗濯物は取り込んだ方がいいと思うっすよ?」
マダムは、首をかしげる。
どう見ても、外は良い天気だった。
とても雨が降るとは思えない。
「ほんとだとしたら……取り込まないと」
「あ! じゃあ自分がやってきます!」
ダッ……! とヤボイが自主的に部屋から出て行く。
まだ頼んでない……というか、本当に雨が降るのか、マダムは半信半疑だった。
だが……。
ぽた……。
「えっ?」
ぽたぽた……ざぁあああああああああああああああ!
程なくして、大雨が降り出したのだ。
「ほ、ほんとだわ……あの子の言うとおりになった……」
「ヤツは言動に知性は感じられないが、状況を見極め、解を導く力を持つ。やつは空模様というデータを見て、これから雨が降るとだろうと回答を出したのだ」
あんなバカそうな言動と見た目をしているのに、かなり頭が良いということだった。
「なるほど……さすがアクトちゃん。すごい才能の原石を見抜いちゃうんですもの」
「取り込んできましたー! ほめてー!」
アクトは紅茶を一口啜ると、立ち上がる。
「長居してすまないな。これで失礼する」
「あらあら、もっといてくれてもいいのよ? それに、外は大雨なんだし、やむまで待ってても……」
「不要だ」
すっ、とアクトが懐から、折りたたみかさを取り出したのだ。
マダムはそれを見て目を丸くする。
アクトもまた、同様に、今日の天気を見抜いていたのであった。
「ほんと、将来が楽しみね、ヤボイちゃんの」
ふふっ、と町長が微笑む。
「あの子、磨いたらとても良い色に輝くとわたしも思うわ」
「当然だ。俺が選んだのだ」
「そうだったわねぇ。うん、さすがアクトちゃん。人を見る目にかけて、あなたに勝てる人はいないわぁ」
アクトは会釈すると、その場を後にする。
「そんじゃさいならマダムー!」
太陽のように陽気な笑みを浮かべて、ヤボイが手を振ってでていく。
素直な性格に、計算力。
「いずれすごい人材になりそうね、ヤボイちゃんは」
マダムは思い出す。
かつて、アクトがここに初めてきた日のことを。
あのときも、マダムはアクトが逸材であると瞬時に見抜いた。
そのときと同じ雰囲気を、ヤボイから感じたのである。
「将来が楽しみだわぁ~」
うふふ、とマダムは微笑むのだった。