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128.悪徳ギルドマスター、田舎から出てきた若者をそそのかす1



 ある日のこと、アクトのいる街に、一人の少年が訪れた。


「ここか……大都会! おれは都会にきたんだっ!」


 彼の名前は【ヤボイ】。

 田舎から出てきたばかりの、まだ15にもなってない少年だ。


「すごい……さすが大都会。商業ギルドがある! さすがだぜ!」


 ……ちなみにアクトの暮らす街は、王都からかなり離れている。


 ド田舎というわけではないが、しかし決して大都会というわけではない。


 無論彼の住んでいた【ミョーコゥ】というドが5つくらいつく田舎街と比べれば、遥かに大都会だ。


 未だに金銭でなく物々交換が横行し、人よりも牛の数の方が多いのである。


「おれ、ヤボイの成り上がりは……ここから始まるんだ! そう、ウワサの大悪党……アクト・エイジの舎弟になることで!」


 ぐっ! とヤボイは拳を握りしめて言う。


「おれは田舎の小せがれでなんて終わらない。男ならビッグにならないとな! なら大悪党の下に付くのが手っ取り早い!」


 アクト・エイジのウワサは、広く伝わっている。


 だがやはり未だに、【ギルドメンバーを次から次へと追放する、悪徳ギルドマスター】という評価は根強く残っている。


 普通ならアクト=悪党と知ったら忌避するだろうが、しかしこのヤボイという少年は、むしろ歓迎していた。


「大悪党の下について、甘い汁を啜る。そして、いずれ二号店とか任されるようになって、そこでウハウハしてやるぜウハハハハハ!」


 ヤボイが王道で高笑いしているのを、街行く人たちは奇異な目で見ていく。


「さてじゃまずは接触しないとな。たしかギルドマスターって言ってたけど……どこのギルドのマスターなんだ?」


 このヤボイという少年は、とにかく田舎を出て行きたくてしょうがなかった。


 だからあまり下調べをせず、とりえあえずウワサを元に田舎町を出て行ったのである。


「飯屋いこう! うん、この街の食堂なら、色んなウワサ知ってるだろうし、うん! そうしよう! 腹も減ったしな!」


 ヤボイはそう決めて、さっそく飯の匂いがするほうへと向かう。


 ややあって、彼は食堂に到着。


「いらっしゃいませー! 何名様ですか?」


 可愛いウェイトレスが接客してくる。

 ヤボイは思った。


「都会の女、激マブイな!」

「ま、まぶ……? えっと、1名様ですねー! こちらへどうぞー!」


 マブイとはミョーコゥの方言で【かわいい】とかそういう意味だ。


 ヤボイはウキウキしながら席に着く。


「さすが都会だぜ……女子のレベルも高いじゃねえか! くく……おれがアクト・エイジのもとでビッグになったら、あの女をおれの秘書にしよう……くくく!」


 うきうきしながらメニューを見やる。


 と、そのときだった。


「いらっしゃいませー! あ、ギルマスじゃないですかー!」


 ヤボイは入り口のほうをみやる。


 そこにいたのは、やたらと眼光の鋭い、黒髪の青年だった。


「ぎるます、っていう名前なのか。変な名前ー」


 自分の名前を棚に上げて、そんなことを宣う野暮ったい見た目の少年。


「ギルマス、今日はお一人ですか?」

「ああ、非番でな」


「あ、すみません、今日混んでて、相席でもいいですか?」

「構わん」


 さっきのウェイトレスちゃんと、すごい仲よさそうに話しているのを見て……。


「くっ! なんだあのぎるますとか言うやつ! おれの女にちょっかい出しやがって……!」


 ヤボイは一人勝手に敵意を向けていた。


 ……言うまでもなく、ぎるます、というのは名前ではない。


 彼が憧れてやってきた、アクト・エイジ本人だ。


 しかしヤボイのなかでのアクトは、まさに大悪党。


 きっと太ってて、脂ぎった髪と、下卑た笑みの、まさに悪徳って感じの見た目だと思っている。


 そのイメージ図と照らし合わせると、本物のアクト・エイジは、普通すぎて、彼が探し求める本人だと全く気付いていないのである。


「お客様?」

「えっ!? あ、な、なんだよ?」


 さっきの可愛いウェイトレスが、申し訳なさそうにヤボイに近づいてきた。


「申し訳ありません。ただいまとても混んでいまして、よろしければ相席をおねがいしてもいいですか?」


 さっきのぎるますとやらが、隣に立っている。


 彼は何も言わない。ただ立っているだけだ。


「えー? ったくよぉ、しかたねえなぁ」


 ヤボイは別にどうでもよかったが、しかしこの可愛い女の子の前で少しでもかっこつけておきたかった。


「いいぜ、あんた。特別に相席を許してやるよ」


 ぎるます……アクトに対して、そんな尊大な態度を取るヤボイ。


 もちろんアクト・エイジ本人だと気付いていないからこそできる芸当だった。


 これで本人ですと言われたら、恐らくは倒れてしまうだろう。


 さて一方でアクトは、田舎者ヤボイにそんな態度を取られても……。


「ああ、すまんな」


 特に気にせず席に座る。

 アクトからすれば、ヤボイなどどうでもいい、路傍の石くらいにしか思っていない。


 ……だが、ふとアクトは気付く。

 落ちている石が、実はダイヤの原石であることに。


 アクトの目が黄金に輝きを放っていることに、ヤボイは気づかなかった。


「おい貴様」

「あん? んだよ」


「貴様の持っているそれは、ディナーのメニュー表だ。ランチのメニューはこっちだ」


 アクトは持っていたメニュー表をヤボイに手渡す。


「で、でなー? ら、らんち……?」


 ……なんだそれは呪文か?

 出身が田舎町すぎて、そんなものはなかった。


 昼飯ランチ夕飯ディナーの区別が付いていない……というか、聞いたことのない単語だった。


 アクトは吐息をつくと、二つの違いを説明する。


「時間帯によって出されるメニューがちげえってことか! す、すげえ……! 都会やべえ……!」


「貴様、出身はどこだ?」


「みょ……」


 ここでミョーコゥなんて田舎町の名前を出したら、舐められてしまう!


 そう思ったヤボイはこほん、と咳払いをして言う。


「初対面のあんたに関係あっかよ? 失礼なおっさんだな」


 ……失礼なのはどっちだろうか。

 これで捜しているアクト・エイジが目の前にいて、そんな彼に失礼な態度を取ってしまったと気付いたら……。


 まあそれはさておき。


「確かに貴様の言うとおりだな」

「けっ! ったくよー、おっさん駄目だぜ? 若者だからって舐めて、慣れ慣れしくしてもらっちゃあよぉ」


「そうだな」


 アクトはウェイトレスを呼ぶ。


「Aランチを。おい貴様はどうする?」

「あ? え、えっと……お、お、同じもの、くれ!」


「かしこまりましたー」


 さっていくウェイトレス。一方でアクトはヤボイに言う。


「貴様、名前は?」

「ア゛? 人に名前を尋ねるときゃよぉ、まずは自分で名乗るのが筋じゃねえのかよぉ?」


 ……どこまでも失礼な態度を取るヤボイ少年。


「そうだな。すまないな。じゃあいい」

「ケッ! 失礼なおっさんだぜ」


「おい貴様。ここに来るのは初めてなんだろう?」

「なっ!? な、なぜわかった……?」


「まあ、雰囲気でな。ところで、初めてこの店に来て、何を食べるかってときに、なぜ俺と同じものを頼んだ?」


 突然の問いかけにヤボイは首をかしげる。


「そりゃ、あんたがこの街の人間っぽかったからだよ。ウェイトレスと仲良かったからな。ということは何度もここに来ている。つまりおすすめとかよく知ってる。ならあんたが食うものは美味い。だから頼んだ。そんだけ……って、なんだよ?」


 アクトはニヤリ、と笑う。


「いや、悪かったな。妙な質問して」

「ケッ……! ほんとだよ……つーかおっさん! 名乗れよ! 人に名前を聞いたんだからよぉ!」


 と、そのときだった。


「アクト様、こちらにいらしたのですね?」


 食堂にちょうど、メイドのフレデリカが入ってきたのだ。


 突然の美女の登場よりも……ヤボイは衝撃を受けていた。


「え゛?」


 近づいてくる女は、今、目の前の男に……なんと言った?


「どうした?」

「あ、え、え……? あ、あの……え、あんた……いや、あの……」


 見るからに困惑するヤボイ。

 一方でフレデリカが不思議そうに首をかしげる。


「マスター、この子は?」


 アクトは実に楽しそうに笑って言う。


「才能の原石だ。儲けものだ」


 一方でヤボイは真っ青な顔をして言う。


「ま、ま、まさか……あんた、あ、アクト……エイジ?」


 アクトはニヤリと笑って、うなずく。


「そうだ。俺が冒険者ギルド【天与の原石】のギルドマスター……アクト・エイジだ」


 一瞬の前を置いて……。


「すみませんでしたぁああああああああああああああああああああああああ!」


 ヤボイがその場で、光の速さで土下座したのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] なんて素晴らしい土下座。笑 ヤボイがどんな原石なのか楽しみです。
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