122.ブラック錬金術師ギルドを追放されたポーション師1
悪徳ギルドマスター、アクト・エイジが勇者パーティから依頼を受けた。
ある日のこと、錬金術師ギルド【栄者の碧玉】にて。
「ショーン、君はぁクビだ」
ショーン、16才。
錬金術師ギルドに所属する、ポーション師の少年だ。
茶色の髪に緑色の眼が特徴的な、気弱そうな雰囲気の子である。
「……な、なんで……ですか? バクマンさん?」
栄者の碧玉のギルドマスター、バクマン。
眼鏡をかけたエリート風の男だ。
「うちのギルドに君は釣り合わないからだよ」
バクマンは眼鏡をハンカチで吹きながら言う。
「知ってのとおりうちは錬金術師ギルドのなかでもトップの実力を持つ。つまりエリートなのだよ」
栄者の碧玉が作る魔法薬は、冒険者を始めとした、あらゆる分野において重宝されている。
「そんな中で君はなんだ? いつまで経ってもポーションしか作れないゴミじゃないか」
「……ご、ゴミだなんて……そんな……ひ、酷い……です」
ふんっ、とバクマンが鼻を鳴らす。
「酷いものか。君がゴミなのが悪い」
「うぐ……ぐす……」
ショーンはポロポロと涙を流す。
「君の亡くなった師匠がすごい錬金術師だったから、その弟子の君もさぞ素晴らしい才能を持つと思っていたら……作れる物はポーションだけとは。期待外れもはなはだしい」
確かにショーンの師……彼の祖父は、すごい人であった。
両親の居ないショーンを祖父は育ててくれて、彼が生きていけるようにと技術を教えてくれた。
だがいくら頑張ってもショーンは祖父のように様々な魔法薬を作れなかった。
『いいんだよ、ショーン。たくさんのことをできなくていい。一つのことを極限まで極めるんだ。そうすれば……いつか認めてくれる人が現れる』
それが祖父の遺言だった。
祖父が死んでからもショーンはポーション作りに邁進した。
そしてある日、祖父のもとをバクマンが訪れた。
祖父が死んだと知ると、その親類縁者にして弟子である彼をスカウトしたいといってきたのだ。
祖父のように、すごい人になりたい。そう思ってギルド栄者の碧玉に所属したのだが……。
思うように結果が残せなかった。
ゆえに、解雇処分となった次第。
「泣いてないでさっさと出て行きたまえ」
「うぐ……ぐす……はぃ……」
ぐいっ、とショーンは目元を拭うと、深々と頭を下げる。
「……今まで、お世話に、なりました」
酷い扱いを受けたとは言え、今日まで雇ってもらった恩義がある。
ショーンは頭を下げたが、しかしバクマンは彼のことなど見向きもしなかった。
「そういうのはいいから、さっさと消えたまえ」
まるで小バエを払うがごとく、手をしっしと動かす。
ますます悲しい気持ちになって、ショーンは肩を落としながら、ギルマスの部屋を出て行った。
「……荷物、まとめないと」
ショーンは自分の仕事部屋へと向かう。このギルドでは各ギルメンごとに研究室を与えられているのだ。
だが……。
「……なに、これ……」
彼の部屋は荒らされていた。壊れたフラスコの山。書物はビリビリに破かれている。
徹夜して作った最高傑作のポーションすら……フラスコが割れて中身が散らばっていた。
「よーぉ、ショーン。どうした~?」
「……ポォ、さん」
明るい髪をした男、錬金術師のポォだ。
ショーの同期でもある。
だがさん付けで呼んでいることから、ヒエラルキー的には上ということがわかる。
「おまえのポーション、誰かが床にばらまいちまったみてえだなぁ、おい」
「…………」
貴方がやったのか、と問い詰める勇気はショーンには無かった。
ポォがやったという証拠はどこにもない。
そこを突かれたら反論できないのだ。
「なんだ? ん? 何か言い返せよ。なぁ、何か言いたいんだろぉ?」
「…………」
ショーンは、頑張って作ったポーションが全て水泡に帰したことで、精神的に大きなショックを受けた。
「おらゴミ、さっさと出て行けよクビになったんだからよ。あ、でもこの散らばってるやつは片付けろよな。次におれがこの部屋使うんだからよ」
「…………」
「おら返事しろや!」
どんっ! とポォに突き飛ばされ、地面に手を突く。
「……痛っ」
フラスコの破片で手のひらをざっくりと切ってしまった。
「ちょっとばっかしじいさんが有名人だからってよぉ、調子に乗るんじゃねえよこの無能! 才能ってのはなぁ、遺伝しねーんだよバーカ!」
ポォは高笑いしながら部屋を出て行く。
ショーンは惨めな気持ちになりながら、壊れた破片をひとつひとつ拾っていった。
ぽたぽた……と惨めさで涙を流しながら、ショーンは遅くまで掃除をした。
作業が終わり、ギルドを去る段階になっても、ギルメン達は誰一人として別れを惜しんでくれなかった。
むしろ全員から、厄介者が出て行ったとばかりに喜ばれた。
「……ぐす、うぐ……う、うぇええええええええん……」
ショーンは暗い夜道で一人涙を流す。
自分自信の価値を否定され、自分が積み上げてきた努力も否定された。
唯一の理解者だった師匠もいない。
「……もう、生きるの、つらい。死にたい……死にたいよぉ……」
と、そのときだった。
「まだだ。死ぬには、まだ早い」
見上げると、最初そこに月が出ているのかと勘違いした。
だが今夜は新月。
自分を明るく照らすのは、そこにいる【彼】の持つ二つの目だ。
「……あなた、は?」
ショーンが尋ねると、黄金の瞳を持つ男は答える。
「俺はアクト・エイジ。ショーン、貴様をスカウトに来た」
「……スカウト?」
錬金術師ギルドのひとだろうか。
「……ごめん、なさい。錬金術師ギルドのひと、ですよね?」
ショーンは自嘲的に笑う。
「……じいちゃんの、ウワサを当てにしてきたのなら、ごめんなさい。ぼくは……ゴミカスです。じいちゃんとちがって、才能無しの、クズです。スカウトする、価値もありません」
ショーンはポォやバクマンから散々ばかにされて、自尊心が傷つけられていた。
だが……アクトは首を振る。
「貴様の祖父のことなど知らん。俺は、貴様が欲しいんだ」
彼は右手を差し出してくる。
「俺にはわかる。貴様には、とんでもない才能が秘めていると」
「……ないですよ。才能なんて。どこにも」
でなければ、元いたギルドを追放なんてされるわけがない。
「何を見てそう言ってる?」
「……え?」
彼の目はどこまでも真っ直ぐに、ショーンを見ていた。
「俺の目には貴様が原石に見える。とんでもない、才能の輝きを秘めたな」
「…………」
冗談を言っている風には見えなかった。
彼は真面目にそう言ってる。……本当に、才能があるとでも思ってるのだろうか。
「自分が信じられないか?」
「……はい」
「そうか。なら……俺を信じろ。今は何も信じられずとも、俺についてこい。そうすれば、貴様が見えなかった景色を、拝ませてやる」
彼はどこまでも、自分を欲していた。
こんなにも人から求められた事なんて、初めてだった。
正直、会ったばかりの彼の何を信じれば良いのかわからない。
でも……今はその、黄金に輝く目を……信じたい。
彼が見ている、ショーンの中に眠るという、才能の、欠片を。
「……わかり、ました。ぼく、あなたを信じます」
こうしてポーション師ショーンは、アクトに拾われたのだった。