121.悪徳ギルドマスター、勇者パーティから依頼受ける
俺のギルド、天与の原石にて。
執務室で作業をしている傍らで、銀髪の槍使いが優雅に紅茶を啜っていた。
「いつ来てもここの紅茶は最高だねぇ。しかし茶請けがないとはこれいかに。ギルマス、クッキーなどないのかい?」
「ない」
「やれやれ、しょうがないな。このウルガーがお土産にもってきたクッキーを開けてあげようじゃないか」
マジック袋(質量を無視して物を入れられるレアアイテム)からクッキー缶を取り出して、サクサクと食べ出す。
「おい貴様、油売ってないでさっさと帰れ」
先日、フレデリカが俺と婚約したなどとのたまったせいで、ギルドが騒然となった。
そこへ勇者ローレンスをはじめとした、勇者パーティのメンバーたちまでやってきていたのだ。
「いいじゃないかい。数日は休みってことだし。それにそろそろギルマスも、魔王軍討伐がどこまで進んだのか知りたい頃あいかと思ってね」
さらりとウルガーが長い銀髪をかきわけ言う。
「知りたいでしょう? 進み具合」
「別にいい」
「そうかい! 知りたいかい! それじゃ仕方ない、このウルガーが説明してしんぜよう!」
ウルガーがウキウキしながら俺の机に羊皮紙を広げる。
やれやれ、自慢したいのかこいつ。
「これは魔王国の地図さ。おさらいしておくと、魔王の拠点は4つの重要な砦によって守られている」
中央に魔王城。
四方を囲むように北壁、東壁、南壁、西壁と記載されている。
「魔王城は結界に依って守られている。この4つの壁が結界発生装置の役割を果たしているのだよ」
「それで北と東は確か壊したんだったな」
砦にはそれぞれ四天王が配備されている。
北壁のイリーガル、東壁のジャキはすでにローレンス達が撃破したところだ。
「そう。そして残る南、西の砦もつい先日ついに突破したのだよ! ふはは! このウルガーの活躍があってこそだがね!」
「そうか」
「む! なんだねその淡泊な反応は。もっと僕をほめたたえたまえよー!」
やれやれ、鬱陶しい男だ。
「では結界が解除され、いよいよ魔王城へ乗り込むということなのだな」
「そうなのだよ。だが一つ問題が発生してね」
「問題?」
ウルガーが羊皮紙をしまう。
「結界を解いた途端、魔王城の周囲に【瘴気】と呼ばれる謎の毒ガスが発生してね。安易に中に入り込めないのさ」
なるほど、砦を攻略してから、今日までこいつらが攻め入られないのはそのせいだったのか。
「いま、うちの頭脳担当イーライとルーナが頑張って解析しているところさ。でも調査は難航しているようでね」
「あの二人が手を焼くなら、そうとう未知の物質なのだろうな」
「そ。わかっているのは人体には有害だけど、魔族に取っちゃへのかっぱってだけ。浴びると数秒で呼吸困難をおこす。イーライの見立てだと1分もしないうちに死ぬそうだ」
「ローレンスでも駄目なのか?」
「あの化け物でもいちおうは人間だからね。毒ガスは有効らしいよ」
お手上げ、とばかりにウルガーが手を上げる。
「それで貴様は、イーライ達が調査しているあいだサボりか?」
「うぐぐっ。さ、サボってるわけじゃないよ! ぼ、僕はほら……肉体担当。魔王と戦うために英気を養っているのさっ!」
慌てているところをみるに、図星だったのだろうな。やれやれだ。
「まああと、これをね、届けようと思ってね」
こんっ……と俺の机に手のひらサイズの小瓶を置く。
呪符が何重にも巻かれている。
手に取ってみるとほとんど重さを感じられない。
だが……瓶の中からまがまがしいオーラを感じる。
「これが瘴気か?」
「そう。僕らが採取し、瓶に閉じ込めたものさ。呪符で効果を抑えているから、外に漏れ出る心配は無い」
俺はウルガーを見やる。
彼は……素直に頭を下げてきた。
「瘴気の解析を、あなたに頼みたい」
なるほど、真の目的はこっちか。
やつは俺に助力を願い出ているということだ。
「イーライとルーナを信頼してないのか?」
「そうじゃないさ。ただ……あの二人も頑張っているが大苦戦している。連日徹夜でね。……仲間のために、僕ができる事を考えて……こうして賢者に頭を下げに来たのさ」
なにが賢者だ。
まったく……いつまでも俺に頼ってきよって。
「ふん。出て行ったギルドのギルマスに頼るなんて、勇者パーティとしてのプライドはないのか?」
以前のヤツなら、ここで顔を真っ赤にして意地を張っただろう。
だが……ウルガーは真剣な表情でうなずいた。
「ああ。それで仲間の負担を減らせるのなら、僕はいくらでも頭を下げるさ」
……ふん。若造め。少し見ない間に成長しおって。
「それでギルマス、引き受けてくれるかい?」
俺はしばし小瓶を見つめ、ため息をつく。
「仕方ない。その依頼、請け負ってやろう」
「ほ、ほんとうかいっ?」
ウルガーが身を乗り出して言う。
「ありがとうギルマス! やはり頼りになるのはいつだって貴方だね!」
「ふん。勘違いするな。これは貴様のためじゃない」
小瓶を懐にしまいながらウルガーに言う。
「貴様に貸しを作っておきたいだけだ。いずれ魔王を倒す貴様に恩を売っておき、あとから一生かけて絞り尽くすためのな」
ウルガーは目尻をゆるませると、何度もうなずく。
「ああ、やっぱり……僕たちのギルマスは、最高の上司だね」
「ふん。調子の良いやつめ。ほら、引き受けてやったんだから、貴様はさっさと帰ってイーライたちの手伝いでもしてろ」
ウルガーはうなずくと、ドアの前まで移動する。
「感謝するよギルマス。あなたへの恩は……魔王を倒すことで返すさ」
真摯なまなざしで、俺を真っ直ぐに見て言う。
「ふん。それだけでは返しきれない。調子に乗るなよ」
「ははっ。わかったよ。それじゃアデュー」
ウルガーは銀髪を翻してさっていったのだった。