120.悪徳ギルドマスター、女性問題が発覚する
ある日の朝、俺の屋敷にて。
俺が目を覚ますと……覆い被さるようにして、銀髪のメイドがよつんばいなっていた。
「おはようございます。マスター……いや、あ・な・た♡」
青みがかった銀髪の美女、名前をフレデリカという。
常時冷たい表情の彼女が、今朝はふにゃふにゃと蕩けた笑みを浮かべていた。
それに……俺をあなたなどと訳のわからない呼び方をする。
「おはようのちゅー♡」
「どけ」
「ちゅー♡」
「どけ」
俺はフレデリカを押しのけて、ベッドから降りる。
フレデリカは唇を尖らせながら、俺に服を着せる。
「マスターのいけず。せっかく恋人同士になったのですから、もっとこう……いちゃいちゃしましょうよ」
犬耳と尻尾をいつの間にか出し、ぶんぶんと振りながら主張する。
「別に貴様と恋仲になってはいないだろうが」
「でも、将来的にはって約束ですよね?」
先日、俺はこの駄犬を連れて小旅行へ行った。
その際、俺はこいつから愛の告白を受け、野望を叶えた暁には、人生をともにすることを約束したのだ。
「ふふふっ♡ ついに念願叶ってマスターとラブラブ恋仲に……うふふふふっ♡」
機嫌良さそうに犬が耳と尻尾を動かす。
「野望を叶えたらといっただろうが。気の早い犬だな貴様は」
「マスターは必ず野望を叶えますもの」
確信めいた言い方だった。
俺の成功を信じて疑ってないような、自信に満ちた表情だ。
「そしてマスターとわたしは幸せなラブラブ夫婦生活を営むのです……♡ ああ、楽しみ~♡」
着替えが終わったので、俺はフレデリカを押しのけ食堂へと向かう。
「ところでフレデリカよ。俺たちの約束については、誰にも公言してないだろうな?」
組織のトップがその秘書とつきあっている(将来的にという話だが)となれば、スキャンダルは免れぬだろう。
ゆえにつきあう話は他人には黙っておけ、と厳命しておいたのだ。
「え?」
フレデリカが目を丸くする。
「……貴様。もしや言ったのだな?」
「い、いいえ! そんな滅相もない!」
ぶんぶん! と犬がクビを激しく振る。
「あ、主の命令に背かないと、この忠臣フレデリカ、天地神明とマスターにかけて誓った身! た、他言など……して……ま……せん……よ?」
……やれやれ。
「そうか」
「うう……マスター……怒ってるぅ~……」
俺は食堂へと足を運ぶ。
「あ、ごしゅじんさまー!」
食堂のテーブルをふいていたのは、獣人の少女、リリ。
料理長の娘だ。
「おはよう、リリ」
「うん! おはよー! それと……おめでとー!」
……急にリリのやつが笑顔で、俺に……というか俺たちに言う。
「な、何を言ってるのですかリリ? おめ、おめでとう? 何か喜ばしいことでも、あったのです?」
フレデリカが目を泳がせながら言う。
「うん! ごしゅじんさまとねっ、フレデリカねえさまがね、お付き合い……ふがふが」
駄犬はもの凄いスピードでリリの背後に回って、その口を塞ぐ。
「あ、あはは! 何を言ってるのでしょうねこの子はあははははは!」
と、そのときである。
「「「ごしゅじんさま、おめでとうございますー!」」」
食堂に使用人どもが集合する。
みな笑顔で、俺たちに拍手をする。
「ついにフレデリカ姉さんの思いに答えてくださったんですね!」
「ふたりとも、おしあわせにー!」
……まったく、この駄犬は。
「待てもできんのか貴様は」
「うう~……だ、だってぇ~……」
ようするにフレデリカは、俺との関係性を言いふらした……自慢したわけだ。
言うなと厳命したというのに……。
まったく、駄目な犬だなこいつは。
「ごしゅじんさまー? どうして怒ってるのー?」
リリが無垢なる瞳を俺に向けてくる。
「ねえさまとおつきあいするの……お嫌なの?」
フレデリカは俺に目を向ける。
その紫紺の瞳は、不安げに揺れていた。
「別に怒ってないし、嫌いでもない」
「「ほんとっ? わーい!」」
リリとフレデリカが花が咲くような笑みを浮かべ、両手を挙げて飛び跳ねる。
「ねえさま、おめでとっ」
「ええ、ありがとうリリ!」
使用人達もまた、フレデリカに近づいて笑顔を向ける。
「おめっとさん姉さん!」「しあわせにね!」「ご主人様なら安心だっ。絶対にフレデリカちゃんを幸せにしてくれるさっ」
うう……とフレデリカがうれし涙を流す。
まったく、まだつきあってすらいないのに、気の早い連中だ。
★
「「「ギルマス、フレデリカさん、おめでとうー!」」」
俺のギルド、天与の原石にて。
休暇開けて久しぶりにギルドに顔を出した瞬間、ギルメン達に祝われた。
「……おい」
「すみません♡ うれしくてつい~♡」
こいつ全く反省してないな。
やれやれ、困った駄犬だ。ギルメンにまで言いふらすとは。
「おめでとうございますギルマス!」
「ついに姐さんを妻にするんですね!」
「結婚式は盛大に行いましょう! 式場は抑えてあります!」
わあわあ、とギルメンどもはバカ騒ぎをする。
「フレデリカ……さん……アクト……さん……ぐしゅん……」
受付嬢長カトリーナが、顔面を涙でぬらし、ボロボロ泣きながら俺たちのもとやってくる。
「あたし……ふたりを……う、う、しゅ、祝福……う、うぁああああああああん!」
手に持った花束を俺におしつけて、カトリーナは走り去っていった。
「ギルマス♡」
「今度はロゼリアか。貴様もか?」
赤髪のSランク冒険者、ロゼリアが笑顔で近づいてくる。
「ええ、こちらをどうぞ……♡」
真っ赤なバラの巨大な花束を俺に手渡してくる。
「貴方のおそばにいられないのは……残念ではありますけど。でも、わたくしはギルマスの幸せが一番ですわ♡」
「いや、だから別にまだ」
と、そのときである。
「うぉおおおおおお! アクトさーーーーーーーーん!」
ばりん! と窓ガラスを割って、ガタイのいい巨男が入ってくる。
「ローレンス」
勇者ローレンスが、笑顔で俺の前に着地する。
「話は聞いた! 結婚おめでとう!」
……なにがどうして、結婚したことになっているのだ。
「おやおやギルマス~。水くさいじゃあないか~」
勇者パーティの一員、銀髪の槍使いウルガーがドアからやってくる。
「結婚が決まったのならこのウルガーに知らせてくれたまえよ」
その手には白い花束。
そのほか勇者パーティは全員が、祝いの品だったり花束だったりをもっていた。
「めでたい! めでたいぞ! うぉおお! めでたいぞー!」
どうやらこの駄犬、各方面に婚約の件を言いふらしまくったらしい。
それが人づてに広がっていくにつれて、俺とフレデリカが結婚した、という話に変化したみたいだ。
「騒々しいぞ、貴様ら」
俺が言うと、ギルメン達の注目がいっせいに集まる。
「俺は別にこの駄犬と結婚したわけじゃない」
「「「え……?」」」
ぽかんとするギルメン達。
「そんな……じゃあ嘘?」「でもギルマスが嘘つくわけないし……」「姐さんが先走ったのか……?」「ありえる……」
なるほど、と得心したようにうなずく。
「なんですかその納得顔はっ!」
「いやぁ、ほら、姐さん思い込んだら突っ走っちゃうしね~」
笑顔のギルメンに、フレデリカは顔を赤くしてため息をつく。
「た、確かに少し……すこぉし先走ってしまった感はあります……が! 婚約の件は本当です! ですよね、マスター!」
駄犬が俺に紫紺の瞳を向けてくる。
俺はこう答える。
「さてな」
★
その日の夜。
「マスターのいじわる……」
俺の部屋を、フレデリカが訪れている。
犬耳をたらし、尻尾で俺の腕をぺしぺしと叩く。
俺たちはベッド、横に並んで座っている。
「なぜ肯定してくれなかったのですか」
「余計な混乱を招くからだ、バカものが」
現に今日、ギルドで大騒ぎになった。
エドワード王太子をはじめとした、要人たちがギルドにひっきりなしにやってきて大変だった。
「ほとぼりが冷めるまではこの話題については触れるな。いいな?」
「……マスターのいけず。いいじゃないですか、ちょっとくらい幸せ自慢しても」
「そのせいで通常業務が回らなかったら意味が無いだろうが」
「それは……そうですね。あくまで、野望を叶えたら……の話ですからね」
俺の野望、弱者が踏みにじられない世界。
誰もがみな幸せを享受できる、そんな俺の野望。
「ごめんなさい、マスター……。うかれすぎました……あっ」
俺はフレデリカの肩を抱き寄せ、銀の髪をなでる。
「恋人ごっこがしたいのなら、人が居ない場所でしろ」
「……はい♡ わかりましたっ♡ もう他言しません♡」
すりすりとフレデリカが俺の胸に頬ずりする。
俺は片手でやつの頭をなでる。
まったく、この犬は、手が掛かってしょうがないな。
「ところでマスター。子どもの名前を考えたのですが」
「子ども……気が早すぎるだろうが」
「そんなことありませんっ。急に決めるとなると良い名前が思い浮かばないもの。先に考えておかないとですからっ」
やれやれだ……。
「どんな名前だ?」
フレデリカは笑みを濃くして、懐から紙を取り出す。
ずらり、と途方もない数の名前が書かれていた。
「暇なヤツだな」
「男の子ならアルト。女の子なら……ヘンリエッタと名付けようと思います」
「アルトにヘンリエッタ……か」
俺は紙をたたんで、フレデリカの頭に載せる。
「これを実現したいのなら、今以上に俺に仕えろ。いいな?」
フレデリカはパァ……と笑みをさらにこくして、何度もうなずく。
「もちろんです、我がマスター……いえ、あなた♡」