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119.ギルマスと駄犬の小旅行4

GAノベルより書籍版好評発売中です!

マンガupでのコミカライズも決定してます!



 悪徳ギルドマスター、アクトとともに休暇にやってきたメイドのフレデリカ。


 ふと、彼女は目を覚ます。

 高級ホテルの一室、ベッドの上に彼女は寝かされていた。


「ん……んぅ……」


 ぼんやりとする頭で状況の把握に努める。

 主とともに酒を飲んだことまでは覚えているが、記憶がそこでぷつりと切れていた。

「ううー……頭が痛い……」


 謎の頭痛にさいなまれながらも、とりあえず主人に状況を尋ねてみようと思い立ち上がる。


 広すぎる部屋の中を歩き回り、アクトをリビングスペースで発見する。


 5人が余裕で座れそうな革張りのソファにアクトは腰を下ろし、窓の外を見ていた。


 ふと考えて、足音をスキルで殺して、ゆっくりと近づく。


「起きたか」


 フレデリカが声をかける前にアクトが発言する。


「バレてしまいましたか」


 フレデリカはアクトの隣に座る。

 普段は少し間隔を開ける彼女だったが、この日このときばかりは、彼の真横に座った。


 アクトは拒まず、外を見続けている。

 彼の手にはワイングラスが握られていた。

「マスター。わたしにも一口」

「貴様は酒を控えろ」


「なぜです?」

「俺に何かあったとき、酔い潰れていては困るからだ」


「うう……すみません」


 シュンとフレデリカが肩をすぼめる。

 その通りだ、自分がダウンしている間に、アクトが外敵に襲われていた可能性だってあったのだ。


「従者失格です……」

「勘違いするな」


 アクトはワイングラスを揺らしながら言う。


「酒を控えろというのは、あくまで仕事中の話だ。休暇中に酔い潰れようが羽目を外そうが、俺は何も文句は言わん」


「マスター……」


 熱っぽく彼女がつぶやく。

 まだアルコールが残っているからか?


 いいや、彼への愛おしさで胸がいっぱいとなり……彼に抱かれたいという気持ちがあふれてきたからだ。


「……マスター」


 する……と衣服をはだける。

 だがアクトはこちらを見向きもしない。

 

 それを悲しく思った。


「わたしは……あなたの女として不適格なのでしょうか」


「急に何を言い出す?」


 フレデリカは何度も口に出そうとしては止めるを繰り返す。


 純粋に、恥ずかしいからだ。

 だがそれでも彼女は思いを伝える。


「……わたしのことを、抱いてくれないから」


 アクトになら、この愛おしい彼になら抱かれてもいい。


 本気でそう思って、今まで純潔を保ってきたのだ。


 だが一度だってアクトは、フレデリカを女として抱いてくれない。


 彼に乱暴に組み敷かれ、欲望のはけ口になってもいいとさえ思っているのに……。


 アクトはいつだって……フレデリカを大切にしてくれる。


「風邪をひく。薄着は控えろ」


 アクトは自分の来ている上着をフレデリカの肩にかけた。


 その心遣いは嬉しい限りだが、しかしやはり女としての魅力に欠けると思われているように感じて、気分が落ち込んでしまう。


「マスターは、貧乳派なのでしょうか……?」


「何をバカなことを」


「だって……いつまで経ってもお手つきしてくれないんですもん」


 フレデリカはソファの上で三角座りし、アクトの肩に頭を載せる。


 その仕草としゃべり方は幼い子供のそれだった。


 さもありなん、彼女は魔獣として長く生きてきたが……人間【フレデリカ】としての地上に出てきてから、まだ10年も経っていない。


 精神的な面においてはまだまだ未熟なのだ。


「胸は小さい方が好みですか?」

「下らん質問だ」


 アクトはフレデリカの艶やかな銀髪に手を伸ばし、頭をなでる。


「あッ……」


 優しい手つきで彼が頭をなでる。

 犬耳が思わず出てしまい、彼がなでるたびピク……ピク……と官能的に揺れ動く。


「外見の優劣など関係ない」

「では……わたしはどうすれば抱いてもらえるのです?」


「貴様をそう言うふうには扱わん。どれだけ見た目を良くしようともな」


 アクトのフレデリカに対する感情は信頼感だ。


 このメイドは、どんなときでも決して裏切ることのないと、固く信じている。


 敬愛する上司が部下である自分を誰より信じて背中を、自分の部下を預けてくれる。


 それは一個人としてとても嬉しいことではあった……。


 しかし女として自分の体を求めて欲しいという、強い願望がわき上がる。


「マスター……」

「ダメだ」


「でも……」


 はぁ、とアクトはため息をつく。


「強情な女だ」

「お互い様でしょう? こんなにわたしの体は……貴方を求めているのに」


 呼吸が荒く、心臓の鼓動を止めることができない。


 今すぐに彼を押し倒して、彼を体に受け入れたいという強い獣欲にかられる。


 絶世の美少女が、その豊満な裸身をさらし、抱いてくれとまで懇願してきているのだが……。


 アクトは決して手を出す気配を見せない。

「なぜですか、マスター? どうして……抱いてくれないのです?」


「貴様は俺の大事な部下の1人だからだ」


「女としては見てくれないと?」


「ああ」


 分け隔て無く彼は部下を大事に扱う。

 その高潔な精神にひかれ、多くの部下が彼の後ろについてくる。


 フレデリカもまたその1人。


 けれど彼女は、背中を追うのではなく、隣に並び立ちたいと思う。

 

「甘えてもいい、お願いも聞いてやろう。だが貴様とベッドをともすることはしない」


 わかっている。彼は集団の長だ。


 そのなかの誰か1人を愛してはいけない。

 平等に愛が注がれているからこそ、争いももめ事も天与の原石では発生しないのだ。


 ひとたび特例を作ってしまえば、それやがて大火となって組織を焼け野原にしてしまうだろう。


 それくらい、アクトは数多くから好かれており……愛されているのだ。

 

「ごめんなさい、身勝手すぎました。申し訳ございません……あっ」


 アクトはフレデリカを正面から抱きしめる。


 目を閉じて、彼女は愛しい主人に体を預ける。


「俺は……立ち止まるわけにはいかないんだ。理想を体現するために」


 彼の思い描く、【弱者が踏みにじられない世界】。


 それは、力なき人間がこの世から淘汰され、誰もが平等に幸せを享受できる夢のような世界。


 ……そう、絵空事のようなもの、あまりに、実現不可能なものなのだ。


 彼はそれを実現するために自らの【色んなもの】を犠牲にしている。


「俺が手に入れたいものは……遙か遠く遠くにあるのだ」


「そのために……貴方は捨てるのですね。人並みの幸せを」


 女と恋に落ち、やがて結ばれ家庭を持つ……。

 そういう平凡な選択肢みらいも彼にはあった。


 だがそちらのルートを選んでしまえば、彼が実現したい未来には決してたどり着けないのだ。


「わかりました……貴方の意思は尊重いたします。でも……でもねマスター」


 フレデリカは彼を押し倒して、腹の上にまたがる。


 そのまま体を倒して、彼の上に四つん這いになる。


 アクトの眼前にフレデリカの美しい顔があり、その紫紺の瞳は熱を帯びていた。


「わたしは貴方に長生きして欲しい。他者のために身を削り前に進む貴方は……見ていて辛いです」


 顔を近づけ、口づけを交わす。


「貴方が背負う重い荷物を……少しでもわたしに背負わせて……。わたしは……あなたの相棒なのだから」


 再び唇を近づける。

 長く甘いキスをして、ふたりは顔を離す。

「わかった」

 

 アクトは起き上がると、彼女の前に立つ。

「約束しよう。俺は必ず理想を実現する。そのときは……俺とともに人生を歩んでくれ、フレデリカ」


「ま、マスター……」


 声が震える。

 彼はともに歩んでくれと……頼んできた。

 それはつまり……。


「ぷ、ぷ、プロポーズ……?」

「勘違いするな。理想をかなえてからと言っただろうが」


「マスターがデレたぁあああああ!?」

「……騒々しいヤツだ」


 びょんっ、とフレデリカが飛び上がって、アクトの体に抱きつく。


 犬耳と尻尾はちぎれんばかりにブンブンと揺れている。


「ついに! ついにマスターの固い殻を破ることに成功しましたよ!」


「だから、先の話だと言っただろうが」


「でもでもっ、約束してくれましたよねっ! 全部終わったら結婚してくれるーって!」


「ああ……全てを片付けたらな」


 フレデリカの脳内は、とてつもない多幸感であふれかえる。


「マスターマスターマスター♡」


 ぎゅーっとフレデリカは彼を抱きしめる。

「わたし、いつまでも待ってますから。あなたがしわくちゃのお爺さんになっても……あなたと交わした約束が果たされる日まで、ずーっとずぅっと待ってますから!」


 アクトは小さくため息をつき……そして、小さく、本当に小さく笑った。


「気の長いヤツだな、貴様は」

「ええ、だってわたし、あなたの忠実なる犬ですからねっ!」


 かくして悪徳ギルドマスターはメイドの魔獣と約束を交わす。


 彼が理想をかなえて、ふたりが結ばれる日は……そう遠くない。


 

【※読者の皆様へ 大切なお願いがあります】


次回から新章に入っていきます。


もしよろしければ、完結まで書き切るモチベーションアップのため、


広告下の【☆☆☆☆☆】からポイントにて評価してくださると幸いです。

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[気になる点] 「淘汰され」は「淘汰されず」の誤りですか? [一言] 駄犬、良かったね。可愛いw
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