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118. ギルマスと駄犬の小旅行3

書籍版、GAノベルから好評発売中!

頑張って書いたので是非お手に取ってくださるとうれしいです!



 俺はフレデリカとともに水上都市へと観光へとやってきている。


 今日泊まるホテルへと足を運んだのだが……。


「なっ!? よ、予約がされてないですってっ!?」


 ホテルの受付にて、フレデリカが声を張り上げる。


 フロントマンは申し訳なさそうに肩をすぼめていた。


「も、申し訳ございません、フレデリカ様……」


 フレデリカは切羽詰まったような声で言う。


「謝るのは良いので、別の部屋を用意してくださいっ」

「それがその……どこも満室でして」


「なっ……!?」


 そろそろ夏だ。この時期では観光に訪れる客も多いだろう。


「か、代わりの……系列のホテルとかは?」

「それが……この時期ですとあいてる方が珍しく、宿屋もホテルも空きがありません」


「そんな……」


 フレデリカが気を落としたように言う。

 せっかく旅行先に着たというのに、ホテルが用意できないのではな。


「……申し訳ないです、マスター。ホテルが予約できてませんでした。なので、今日は日帰りで……」


「気にするな。出るぞ」

「はい……」


 俺はフレデリカともに外に出る。

 そろそろ日が暮れてきた。


「馬車は……3日後です。それまで……どうしましょう? 徒歩で……それとも、便利な空飛ぶ馬車ヴィーヴルを呼びますか?」


「必要ない。ついたぞ」

「ついたって……え? ここって……?」


 俺たちがいるのはここエヴァシマのなかにあるホテルの1つだ。


「確か都市最大手の高級ホテルではありませんか……? こんなところに、なんの用事で?」


 エントランスへ入り、受付へと向かう。


「アクト様ですね。お待ちしておりました」


 受付嬢がにこやかな笑みを浮かべて俺に言う。


「アクトさーん! お久しぶりですー!」


 スーツ姿の青年が笑顔で俺に近づいてきた。


「テルマ。久しぶりだな」


 俺はテルマ青年と握手を交わす。


「元気にやってるか?」

「はい! それはもう! アクトさんのおかげで、たのしく仕事させてもらってます!」


「別に俺は何もしてない」

「いえ、あなた様がいなければ、こんな大きなホテルの支配人になることなんて不可能でしたよ!」


 さて、とテルマが言う。


「最上階の部屋を用意させていただきましたっ。どうぞ上へ!」


「すまないな、急に連絡したのに。金は割り増しで払うから許せ」


 するとテルマは慌てて首を振る。


「とんでもない! アクトさんからお金なんてもらえませんよ! どうぞゆっくりとおくつろぎください!」


「そうか。ありがとう」


 呆然とする駄犬の頭に手を載せて、俺は言う。


「行くぞ」


 俺たちがむかうのは魔導式のエレベーターだ。

 空中浮遊の魔法を応用し、建物の最上階へとひとっ飛びする、という代物。


 ちなみに作成者は元ギルメンの天才魔道具師リタが作成したものだ。


 ややあって、俺たちはホテル最上階へたどり着いた。


「さっきの支配人は……?」

「テルマだ。8年前にうちから追い出した元ギルメンだ。覚えてないのか?」


「……すみません、昔はあまり」

 

 こいつが仕事に関心を持つようになったのは、つい最近だったな。


「じゃあ……元ギルメンが支配人をするホテルを、予約していたということです?」


「いいや。予約が取れてないとわかった段階で、通信用の魔道具でテルマに連絡したんだ」


「そ、それじゃあ……どこもホテルが満室だというのに、予約無しで部屋を押さえることができたと? ……す、すごい……さすがマスターです」


 俺は部屋のドアを開けて中に入る。


「わぁ……! 見てくださいマスター……! 立派なお部屋ですよ!」


 犬耳と尻尾を出し、ぱたぱたぶんぶんとせわしなく動かす。


 テルマめ。こんなに良い部屋を用意しよって。

 適当な部屋で良いといったものを……。


 天与の原石のギルドホール並に広いこのワンフロア全部を、ただで借りれるらしい。

「この部屋をただでとまれるなんて……さすがマスターの人脈は凄いです!」


 キラキラと目を輝かせるフレデリカ。

 俺はため息をついてソファに座る。


 部屋の西の壁がガラス張りになっていた。

 沈み行く太陽を一望できる。


 フレデリカが隣に座る。


「パンフレットによると、時間帯に応じてガラス張りの位置が変わるよう魔法がかけられてるそうです。朝は東、夕方は西と」


「そうか。便利だな」


 黄昏色の世界のなか、湖面に夕日が反射し星々のように輝いている。


「……きれいです」

「そうか」


 俺たちはしばし夕日を見つめる。


「マスター……」


 こてん、と彼女が俺の肩に頭を載せる。


「ごめんなさい。段取りが悪くて」


 ホテルを予約できてなかったことを謝っているのだろう。


「気にするな。誰でもミスはする」


「マスターでも?」


「さてな」

「もう……ずるいです。そこは、うなずいてくださいよ」


 しばし俺たちは夕日を見つめながらゆっくりと時を過ごすのだった。


    ★


 夕飯を食べにホテルのラウンジを訪れた。


 高級ホテルだからか、みな小奇麗な衣服を身にまとっている。

 かくいう俺もスーツを着ていた。

 一方で……。


「……おお、なんと美しい」「……まるで月の女神のようだ」「……あんな美女みたことがない」


 周囲の注目が、俺の隣にいる女に集まっている。

 フレデリカだ。


 彼女は赤いドレスを身にまとっている。

 先ほどの黒いワンピースより、さらに肌の露出が多い。

 だが下品さはまるでない。むしろ彼女の神秘性を増している。


「マスター。皆がマスターを注目しております」

「貴様のせいだろうが」


「わたしが?」


 はて、とフレデリカが首をかしげる。

 やれやれ、この女は自分の美しさを理解してないようだ。


「いいから座るぞ」

「はいっ」


 フレデリカは嬉々として俺と腕を組む。


「歩きにくい」

「こういう場では、男性が女性をエスコートするのは当然かとっ」


 ……まあいい。

 今日はこいつへのご褒美だからな、多少の無礼には目をつむろう。


 俺たちは窓際の一番景色がよく見える席に座る。

 夜の水上都市はまた別種の美しさを秘めていた。


 人工的な光と星々の輝きが、湖面に反射しまるで宝石箱のようであった。


「マスター、注文しましょう。お肉にします? おさかな? それとも……わ・た・し♡」


 俺はフレデリカを無視してウェイターを呼ぶ。


「俺は魚、こいつは肉で」


 ウェイターは頭を下げて去っていく。


「むぅ。マスターのいけずぅ」


 ぷく、っとフレデリカが頬を膨らませる。

 どれだけ着飾ろうと、大人っぽく化粧しようと中身は俺の知っている駄犬なのだ。


「マスターマスター」

「なんだ?」


「わたしに……何か言わないといけないことが、あるのではないですかー?」


 ちらちら、とフレデリカが意味深な目線を送ってくる。

 ……やれやれだ。


「そのドレス似合ってるぞ」

「ふへぇー」


 とろけた表情でフレデリカが身じろぐ。


「そんなぁ~♡ 世界一かわいいぞだなんて~♡」

「一言も言ってない」


「そのままお持ち帰りしたいだなんて~♡」

「言ってない」


 茶番に付き合っていると料理とワインが運ばれてくる。


「ワインなど頼んでいないが?」


 ウェイターは笑顔で答える。


「支配人からアクト様へとのことでした」

「そうか。礼を言っておいてくれ」


 やつも頑張ってこのホテルを回しているようだ。

 立派に支配人してるじゃないか。


「むぅ、マスター。わたし以外に興味関心をもたないでくださいっ」


 不機嫌そうに頬を膨らませるフレデリカ。

 俺はワインボトルを開ける。


「あ、マスター、わたしにも1杯くださいまし」

「なに? 馬鹿言うな、駄目だ」


「テルマからもらったからですか? 独り占めです? けちー」

「そうではない。貴様は飲むな」


 むー、と不服そうに唇を尖らせる。


「ずるいです。一人だけおいしいワインを飲むなんて」

「別に分けてもいいが、止めておけ」


「? どういうことです」

「言葉通りの意味だ。貴様は酒は止めておいたほうがいい」


「でも、せっかくマスターのワインなのですから、わたしも飲みたいです!」

「……好きにしろ」


 フレデリカのグラスにワインをつぐ。


「ワインなんて久しぶりです」

「そうだな」


 俺たちはワイングラスを突き合わせる。


「ところで前回ワインをいつ飲んだのか覚えているか?」

「確かマスターの誕生日でしたっけ? もうほぼ1年前ですか……それが?」


「いや、何でもない」


 ややあって。


「ふにゃぁ~~~~~~~~~~~ん♡ まーしゅたぁ~~~~~~~~~~~~♡」


 ぐでんぐでんに酔っぱらったフレデリカが、テーブルに突っ伏していた。

 顔を真っ赤にして、いつも以上にだらしのない笑みを浮かべている。


「ましゅたぁ~~~~~♡ ふへ、ふへへへへへへ♡」

「なんだ?」


 普段はできる女の皮をかぶっているが、今は目元をだらしなく緩めて、終始ご機嫌な笑みを浮かべている。


「よんだだけ~♡ ぬへ、ぬへへへ~♡」


 ……この女、とんでもなく酒に弱いのだ。

 においをかいだだけで真っ赤になるくらいにな。


「ねーねー、ましゅたー。なんだか体がほてってきました~」


 胸元をはだけて、色っぽい目を俺に向けてくる。


「ましゅたーでなぐしゃめてくだしゃーい♡ ぬへへへへへ♡」

「……やれやれ」


 俺は立ち上がって、フレデリカの腕をつかむ。

 ふらつく彼女を立ち上がらせて、レストランを出る。


「ましゅたー、どこいくの~? あー、わかったぁ~♡ いよいよベッドインですねぇ♡ いいでしゅよ~♡ 初めてはあなたのためにとっておいたので~♡」


 ちゅ、ちゅ、とフレデリカが俺の頬にキスをする。

 擬態を忘れているらしく、犬耳としっぽが出ていた。


 だがこの街では獣人は珍しくないので、あまり目立たない。

 とはいえこの女が痴態をさらすことで、注目を浴びていたがな。


「うちのものが迷惑かけたな」


 入り口にいたウェイターに俺が言う。


「い、いえいえ。人を呼んできましょうか?」

「無用だ」


 俺はフレデリカを連れてその場を後にし、部屋へと戻るのだった。

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