117. ギルマスと駄犬の小旅行2
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俺はフレデリカの休暇に付き合うことになった。
俺たちを乗せた馬車はホームタウンを出て、東へと向かっていた。
「ふふっ♡ ふふふふっ♡ マスターを独り占めですっ♡ ふふふふふっ♡」
馬車の荷台には俺とフレデリカが座っている。
だが何を思ったのかこの女、俺の真横に座ってきた。
「正面の椅子が空いてるだろうが」
「いいのです。マスターの隣がわたしのポジションなので」
きゅー、とフレデリカが俺の腕を掴んで抱きしめてくる。
普段なら暑苦しい……と押しのけるところだが、今日は大人しくしてやるか。
「マスター、暑苦しいと手を払わないのですね」
「まぁな」
今日はこの犬のご褒美だからな。
なるべくこいつの願いは聞こうと思う。
「マスターが、いつも以上に優しいっ♡ これは存分に甘えなければっ!」
ちらちら、とフレデリカが期待のまなざしを向ける。
「なんだ?」
「マスター。お膝枕を~……だめです?」
「……好きにしろ」
「やった♡ わーい♡ えへへっ。では失礼しまぁす♡」
フレデリカが俺の膝の上に頭を載せてくる。
客席が狭いので、背の高いフレデリカが若干窮屈そうだった。
「ああ……♡ 至福ぅ~♡」
だがこの女はなぜか幸せそうに眼をとろかせていた。
不思議なヤツだな。
興奮しているのか、犬耳がぴょこっと飛び出る。
「マスターマスター」
「なんだ?」
「バッグにおやつが入ってます」
「そうか」
「あーん♡ してくださいっ」
……この女、味を占めやがったな。
やれやれだ。
俺はバッグからチョコレートを取り出す。 フレデリカの口の前まで持ってくる。
「あーんっ♡ もぐもぐ……くぅ♡ おいしいですぅ~♡」
犬尻尾がばっさばっさと動いて実に鬱陶しい。
「もう一口っ♡」
「そら」
「えへへっ♡ もういっちょ!」
「ほら」
頬をもぐもぐと動かしながら満面の笑みを浮かべるフレデリカ。
「わたしたち……端から見たらどう見えるでしょうかっ♡」
「犬と主人だな」
「恋人同士って思われてしまうかもですっ♡ あらまどうしましょ~♡」
「話を聞け」
やれやれ、駄犬のヤツめ、すっかり調子に乗っているな。
「ところでフレデリカ、この馬車はどこへむかっているのだ?」
「東の獣人国にある観光名所【エヴァシマ】へむかっています」
「水の都で有名なエヴァシマか」
別名、水上都市。文字通り巨大湖の上に立てられた街だ。
治安も良く景観も良いため、観光スポットとして有名である。
「マスターは山派でしたか?」
不安げにフレデリカが言う。
「別に。貴様が行きたいところにいけばいい」
「ま、マスター! もう一度! フレデリカが行きたい場所ならどこでもいい、とおっしゃってくださいまし!」
「今言ったではないか?」
「ニュアンスは同じですがセリフが違うんです! もっと恋人っぽく! さぁ早くさぁさぁ」
……まったくうるさい女だな。
「フレデリカが行きたい場所ならどこでもいい」
「ひゃ~~~~~~~~~♡ わんもあ!」
「貴様が行きたい場所ならどこでもいい」
「くぅ~~~~~~~~~♡ もう一度!」
調子乗るフレデリカに付き合って、俺は同じセリフを何度も言わされたのだった。
まったくおかしなヤツだとは前々から思っていたが……やはりおかしなヤツだな。
★
馬車は半日もすればエヴァシマに到着した。
「ご覧くださいマスター」
「ああ、整った町並みだな」
赤いレンガの舗装道路に建物。
整然と並べられた建築物は確かに圧巻の一言。
湖面の青と建物の赤の対比が実に見事だ。
「違いますー。街など見なくて良いのです」
「では何を見ろというのだ?」
「それはもちろん……今日のわたしのお召しものですよっ」
フレデリカは普段のメイド服ではなく私服姿だ。
背中のぱっくりと開いた黒いフリルのワンピースのような物を着ている。
上から薄手のカーディガンを羽織っているな。
「いかがでしょうか?」
「ああ」
「似合ってます?」
「そうだな」
蒼銀の髪と白い肌によく似合っていた。
「似合ってるって……言ってくださいまし」
ずいっ、とフレデリカが顔を近づけて言う。
頬を膨らませながらだ。
「言ったではないか」
「いーえ! きちんと声に出してくださいまし。さぁ、リピートアフタミー。フレデリカ、似合ってるぞ」
「……似合ってるぞ」
「ふふっ♡ ありがとうございますっ。ふふっ♡ マスターのタメだけに選びましたっ」
くるん、とフレデリカがその場でターンをする。
犬耳と尻尾は隠しているので、スカートの裾が翻る。尻が見えそうになったが言わない方が良いだろうな。
「そうか。行くぞ」
俺はエヴァシマの街へ入ろうとする。
俺の左腕を、パシッとフレデリカが掴んで引き留める。
「なんだ?」
「マスター♡ 手をつなぎましょうっ」
ねー、とフレデリカが甘えたように言ってくる。
まったく……俺が断らないことを良いことに、やりたい放題だな。
「さっさと行くぞ」
俺はフレデリカの左手を握って歩き出す。
「待ってくださいよぉマスター♡」
フレデリカが俺の後を付いてくる。
肩をぴたりとくっつけて歩いていた。
歩きにくい、離れろと普段なら言うが、まあそれを望んでいるのなら許そう。
「今日のマスターはいつも以上にお優しいです♡」
「たまにはな」
「たまにと言わず毎日わたしを存分に甘やかしてくださいまし……♡」
「調子に乗るな」
「ほら犬もたまには褒めてあげないとほらほらっ」
今日はヤケに絡んでくるな。
他のギルメンがいないからだろうか。
さておき。
エヴァシマの街は人で賑わっている。
そこかしこで観光客向けの屋台が出ていた。
「マスター、ジェラートなるものが売ってます」
「ほぅ」
屋台の一つに近づく。
氷の入った器の中に、クリームが入っていた。
どうやらこの冷たいクリームをコーンに載せた物をジェラートというらしい。
「二つもらおうか」
俺は一つ買ってフレデリカに手渡す。
「ほら」
「マスター……どうしてわたしがほしがっているのがわかったのですか?」
犬尻尾が出てふぁさふぁさと物欲しそうに揺れていたから、とは言わない。
「さぁな」
「ふふふっ♡ 今日のマスターは超絶お優しいです♡」
俺たちは近くのベンチで座ってジェラートを食べる。
俺はバニラ、フレデリカはミントのジェラートだ。
「冷たくって甘くって美味しいです」
ご機嫌な笑顔でフレデリカがジェラートを舐める。
「マスターぁ。バニラ味……一口ほしいです」
潤んだ目で俺を見上げながら言う。
「もう1つ買ってくる」
「ちがいますー。マスターのを一口ほしいのです~」
「食いかけだぞ?」
「それがいいのではありませんかっ」
訳のわからんやつだなほんとうに。
「ほら」
「えへへっ♡ では失礼いたします」
フレデリカは目を閉じて、チロチロ……と小さな舌で俺のジェラートを舐める。
「美味しゅうございました」
「そうか」
「ではマスター。代わりにミント味をどうぞ」
「……食いかけだが?」
「それが良いのです♡」
俺はため息をつき、フレデリカの食いかけジェラートを食べる。
「どうです? どんな味ですっ?」
弾んだ声音のフレデリカ。
「ミント味だ」
「そうじゃなくって。間接キスのお味ですよっ」
「知らん。ミント味はミント味だ」
「むぅ……情緒を理解しないマスターです。困った物ですねっ。ふふふっ♡」
ぱたぱた、とフレデリカが耳と尻尾を揺らす。
感情が高ぶるとこれらが出てしまうのだが、今日はヤケに耳と尻尾が出るな。
「マスター。バニラをもう一口」
「では貴様のミント味と交換だ」
「かしこまりました。どうぞわたしの唾液がたっぷりと付着したジェラートを、心ゆくまで堪能してくださいまし♡」
「妙な言い方をするな痴れ者め」