113.駄犬メイド、大切なものを守る
書籍版発売中です!
マンガupでコミカライズ連載予定!
アクトが王都のギルドを完成させた、一方その頃。
メイドのフレデリカは、ギルドマスターとしての業務をこなしていた。
「フレデリカー。入るわよ」
受付嬢長のカトリーナが書類を持って入ってきたのだ。
「おつかれさん。はい決裁文書」
「どうも」
フレデリカは彼女から書類を受け取り、書類の山に載せる。
「まーた溜まってきてるわねぇ」
「天与の原石は大人気ギルドですからね。山のように依頼が来て当然です」
フレデリカが誇らしそうに胸を張る。
「前みたいに倒れないでよね」
「わかってますよ。きちんとユイと分担して行ってますし」
「ならよし」
ジッ……とカトリーナがこちらを見てくる。
「なんです?」
「あ、いや……顔色よくなったわね」
「優秀な部下達のおかげで、毎日きちんと寝てますし」
「ふふーん、優秀ですかぁ、いやぁ照れますなぁ」
「そうですね。いつも助かってます」
「ンガッ……」
素直に感謝されてカトリーナは顔を赤くする。
「や、止めなさいよ急に……はずいじゃない」
「ふふ、そうですね。すみません」
カトリーナは彼女の笑顔を見て微笑む。
「ほんと、変わったわねあんた」
「そうでしょうか?」
「ええ。きっとアクトさんも喜ぶと思うわ。あんたが、あんまりにも変わったもんだから」
主は変化を喜んでくれるだろうか。
そんな場面を……しかし想像できなかった。
「マスターはこの程度では喜びませんよ」
「そう? ま、あんたがそう思うならいいんじゃない」
「なんですか投げやりですねそれ」
「ふふ……さて、そろそろ定時ね。帰りましょ。一杯飲んでいく?」
以前のフレデリカなら、こういう誘いに決して乗らなかった。
「そうですね。たまには部下の愚痴でも聞いてあげますか」
にやっ、と笑ってフレデリカが言う。
「言うようになったじゃない。じゃ、お店予約しておくわよー」
カトリーナはひらひらと手を振って出て行った。
「さて、定時までにある程度片付けておきますかね」
フレデリカは羽ペンを手に持って、微笑む。
彼女が持っているのは、ユイからプレゼントしてもらった物だ。
今まで使っていたペンが壊れたと知って、彼女が買ってきてくれたのである。
「ふふっ」
最近、仕事がとても楽しくなった。
以前は、マスターたるアクトに任せられたからこなしていただけだった。
でも……今は違う。
ここから、このギルドで働くみんなを守るために、自分は仕事をしているという意識が芽生えてきた。
ギルメンが、このギルドが……とても愛おしい存在へと昇華したのだ。
……そして、そのタイミングを見計らったようなタイミングで、厄災は降り注いだ。
「!?」
フレデリカは、突如上空に現れた、凶悪な魔力を感知した。
「これは……魔族!? しかも……なんだこれは……」
フレデリカは窓から飛び出て屋根の上に乗る。
伝説の魔獣、氷魔狼であるからこそ、感知できた。
「遙か上空に魔力……くっ……!」
フレデリカは変身し、真の姿へと変わる。
巨大な狼へと変貌した彼女は、遠吠えを響かせる。
空気中の水分から熱を奪い、凄まじく分厚い氷の結界を作り上げる。
ドーム状の結界を作ったと同時に……それは来た。
凄まじい衝撃が氷の結界とぶつかったのだ。
『上空からの狙撃……これは……きゃぁああああああああ!』
フレデリカの強力な氷の結界を、敵の攻撃は破壊したのだ。
街を守ることはできたが……しかし、衝撃で建物が幾つか壊れた。
『いったい……なにごと……?』
と、そのときである。
「ごきげんよう、超越者のペットよ」
上空に浮かぶのは、白いスーツを着た男。
『ドストエフスキー……!』
悪神ドストエフスキー。
以前何度かアクトと対峙した……世界を滅ぼす悪なる神の一柱。
『何のようだ貴様ッ!?』
「決まっているでしょう? 私の最大の邪魔者……アクト・エイジの抹殺ですよ」
フレデリカは悪神との会話に集中できない。
先ほどの強力な一撃を受けて消耗している。
そして、まだ気配は上空から漂ってきているのだ。
『バカですか。あいにくと主人はここにはおりませんが?』
「百も承知です。私はアクトの心を壊すために……彼の大事な物を壊してみようと画策したのです」
さぁ……とフレデリカから血の気が引く。
『貴様……! 天与の原石を……狙ってるな!?』
「そのとおり! 私の生み出した部下……七つの大罪が1人、【憤怒】の【鉄槌】が、遙か上空よりここを狙っているのですよ」
パチン、とドストエフスキーが指を鳴らす。
莫大な魔力の高鳴りを感じる。
それと同時に、超スピードで何かが落ちてくる。
それは石でできた槍だ。
先ほどは高所から降り注いだあの槍の一撃だったのだ。
『クソッ……!』
フレデリカは同様の氷の結界を張る。
だが壁は先ほどより薄い。
槍がぶつかると同時に、衝撃波によってさらに建物が吹き飛ぶ。
「私はあの男をどうにかして壊したいと思っております。しかし彼は勇者に並ぶほどの強者……そこで、彼が大事に大事にしている弱者に狙いを定めたのです」
憤怒の鉄槌が上空から雨あられと降り注ぐ。
フレデリカは広範囲に及ぶ氷の結界を張った。
障壁でなんとか耐えているものの……いつ割れてしまうかわからない。
『ひきょう……だぞ!』
「それは褒め言葉ですよ。さて後どれくらい持つかな」
高所からさらに石の槍が降り注ぐ。
おそらく敵はさほど強くない。
目の前に姿を現さないのが良い証拠だ。
……ここの防御を捨てて、上空にいる敵を倒しにいければ……。
だが……。
「できませんよねぇあなたは!」
さらに雨が降ってくる。
フレデリカは魔力を振り絞って防御に徹し続ける。
「あなたはこのギルドに、ギルドのメンバーに愛おしさを覚えている! 以前の氷のようなあなたなら捨てられても……今は切り捨てることができない!」
『……このタイミングを、待っていたのだな』
「その通り! あなたがギルメンと絆を結ぶまで待ってあげていたんですよ……ふふ……」
最低最悪の悪神を前に、フレデリカは何もできない。
異常に気づいてギルメン達が建物の外に出てくる。
「! フレデリカ! いったいなにが……」
『来るな! 中に入ってなさい!』
カトリーナを始めとした、ギルメン達が屋根の上のフレデリカを見やる。
『敵の攻撃です! 建物のなかに避難してなさい!』
「でも……!」
また石の雨が降り注ぐ。
防御結界が間に合わない。
『ぐっ……!』
フレデリカは飛び上がり、体の大きさを変える。
カトリーナ達にぶつかるはずの石の槍をフレデリカはその身に受けた。
『ガハッ……!』
「フレデリカ!」
血だらけになって倒れる彼女に、カトリーナたちが近づく。
「ギルマス! だいじょうぶか!」「姐さん……! ちくしょう! だれがこんなことを!」
ギルメン達は本気で、フレデリカを傷つける悪神をにらみつけている。
「はは! 実に心地よいです……! 憎しみ、怒り……負の感情は私に力を与える……!」
うっとりとした表情でドストエフスキーが言う。
「アクト・エイジの顔が絶望にしずんだときを想像すると……はぁ、たまりませんね」
『そうは……させない……』
ぐぐっ、とフレデリカが体を持ち上げる。
『わたしは……守る。大事な……ギルメン達を……』
魔力は底をつき、体は穴だらけ。
立つこともままならぬ状況だというのに……フレデリカは戦闘態勢をとる。
「ほう。まだ動きますか」
『当たり……前です。わたしは……天与の原石の……ギルドマスターだから……!』
……アクトに命じられたからではない。
心から大事に思っている、ギルメンのために、フレデリカは立ち向かうのだ。
「もういいです。さっさと死んでください」
憤怒が鉄槌を下す。
上空から雨あられと石の槍が降り注ぐ。
『マスター……わたしは……もう……』
と、そのときだった。
「まだだ。諦めるのは、まだ早い」
石の槍の雨が、上空でピタリと止まったのだ。
勢いを失った石やりは、さらさらと砂となって消える。
『あ、ああ……』
瀕死のフレデリカは上空を見上げる。
巨大な黒い竜が上空にいた。
そして、その背中には……黄金に輝く目を持つ……。
「マスター!」
アクト・エイジが、そこにいたのだ。
書籍版、GAノベルから発売中です!
頑張って書いたのでぜひお手に取ってくださると幸いです!