111.変わりゆく不良達
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悪徳ギルドマスター、アクトの元で働くことになった、王都の不良達。
ある日の朝。
不良の1人、トリッシュは目を覚ます。
「んんー! よく寝たっ!」
少女はぐいっと伸びをする。
彼女がいるのは、王都にある孤児院だ。
ここはアクトが多額の補助金をだしている関係で、かなり裕福である。
調度品も、孤児たちが着てる服も立派な物だ。
「よしっと!」
トリッシュは着替えると、朝食の支度の手伝いをするために、孤児院で働く職員の元へ行く。
「おはよう、シスター!」
厨房に立っているのは恰幅の良い女性だ。
この孤児院は教会を兼ねているのである。
「おはようトリッシュ。今日も元気ね」
「うんっ。最近毎日がすっげえ楽しくってさ!」
「それは良かった。アクトさんに感謝だね」
「だね!」
アクトが孤児院を紹介し、またトリッシュに仕事をくれた。
おかげで生きる目的ができたのだ。
シスターや他の職員と供に朝ご飯を作る。
ややあって、孤児達が目を覚まし、食堂へとやってくる。
「さぁみんな。今日も神さまにお祈りをしましょうね」
シスターが言うと、食堂に集まった子供達が笑顔で言う。
「「「アクトしゃん、ありがとー!」」」
「……だから、神さまはアクトさんじゃないっていってるのに」
トリッシュもシスターも苦笑する。
まだ幼い子供達にとっては、見たことのない神さまよりも、美味しいご飯とお菓子をくれるアクトが、神さまに見えるらしい。
何度も注意しているが直らない。
それくらい、孤児達にとってアクトは尊い存在なのだろう。
朝ご飯を食べた後、トリッシュは仕事現場へと向かう。
「よっと」
とん……! とトリッシュが地面を蹴る。
風が巻き起こって、凄まじい高さまでジャンプできる。
これは、トリッシュが秘めていた才能……【風使い】。
彼女は自在に風を起こすことができる。
速く走ることも、高く飛ぶことも可能となる。
トリッシュは屋根伝いに高速で駆け抜ける。
「ん?」
そのときふと、眼下で老婆を見かけた。
おろおろと周囲を見渡している。
気になった彼女は足を止めて、屋根から降りる。
「ばあちゃん、どうしたの?」
「ん? ああ……財布を落としちゃってねぇ。どうしたもんか」
……以前のトリッシュなら、無視して通り過ぎただろう。
だが、困っている老婆を見て、そこにかつての自分を重ねた。
うつむく彼女に手を差し伸べてくれた、あの黒髪のギルドマスターの姿を思い出す。
あのとき……どん底から拾い上げてくれた彼がいたから、今幸せな自分がいる。
「あたいが捜すの、手伝ってやるよ」
それは自然と口から出た言葉だった。
言ってから、トリッシュは自分でも驚いていた。
困っている人を助けたところで、金になるわけでもないのに……。
「おや、いいのかい?」
「おうよ。ちょっと待ってな」
トリッシュは風を巻き起こす。
彼女の持つ才能は、ただ風を発生させるだけじゃない。
風が運んでくる音すらも聞き取れる。
トリッシュは周囲に耳を澄ます。
突風によって巻き上がった財布の、硬貨のこすれる音を聞き分けた。
「あった!」
トリッシュは音のする方へと飛んでいき、財布を回収。
「ばあちゃん! これだろ!」
「ああ! あたしのだよ! いやぁ、ありがとうねぇ」
彼女は老婆に財布を渡す。
トリッシュの手をにぎって、ばあちゃんが笑顔で言う。
「これは死んだじいさんから、はじめてもらったプレゼントでねぇ。お金よりも……この財布の方が大事だったんだよ。ほんと……ありがとうねぇ」
老婆の笑顔を見ていると……胸が、ぽわぽわした。
人から感謝されることなんて、人生で一度もなかった。
そんな彼女が、人からお礼を言われるようになった。
嬉しかったし……それに、アクトに感謝する。
風使いの才能を見いだしたのも、誰かを助けたいと思ったのも、彼とで会ったからこそだ。
「お礼なんていいよ。じゃあなばあちゃん! なくすんじゃあないよ!」
トリッシュは頬を紅潮させながらその場を後にする。
「えへへっ。ほめられちゃった……って、ああ! やべ、遅刻ぅ!」
トリッシュは急いで仕事現場へとやってきた。
すでに作業が始まっており、ドワーフのトーリョの指示の元、不良達が楽しそうに働いている。
「何をしている、貴様?」
「げ……ギルマス」
現場監督として、アクトが立っていたのだ。
じろりとにらんでくる。
「遅刻してごめんよ……その……」
「言い訳は不要だ」
怒られる……とトリッシュは体を萎縮させる。
「さっさと現場に入れ」
「へ……?」
アクトはそれ以上なにもいわず、クリップボードに何かを書き込んでいる。
「あ、あのぉ……ギルマス? 怒ってないの? なんで遅刻したんだって」
「何かトラブルがあったのだろう?」
「な、なんでそれを……? あ、わかった。アクトさん目で見抜いたんだ」
アクトには見た物の過去を見通す目がある。
トリッシュが遅刻した理由も、彼女の目を見ただけで見抜くことができる。
「そんな下らんことにいちいち貴重な魔眼を使うわけがない」
「じゃ、どうして?」
「真面目な貴様が、理由もなく遅刻するわけがないだろ」
……トリッシュは目を潤ませる。
このギルマスは、自分を信頼してくれていたのだ。
「ごめん……財布おとしたばあちゃんを助けてたんだ」
「そうか」
アクトはクリップボードを脇に挟む。
トリッシュの頭を、ぽん……となでる。
「良いことをしたな」
くしゃり、と彼に頭をなでられる。
じわりと目に涙が浮かんだ。
……誰かにこうやって、褒められたことが無かった彼女にとっては……うれしくてたまらないのだ。
「力あるものは、それを正しく使う義務がある。貴様はそれを全うした。そんな貴様をとがめる気はさらさら無い」
「……うん」
「こんなことで泣くな。さっさと仕事に戻れ」
「うんっ!」
トリッシュはギルマスへの深い感謝と……そして好意を向ける。
「あんがとギルマス! 大好き!」
彼の頬にキスをすると、トリッシュは走り出す。
「やれやれ、何を感謝してるのだかな」
アクトが呆れたようにため息をつく。
一方でトリッシュは現場へと到着。
「ごめんみんな!」
「おっせえぞトリッシュぅ!」
リーダーのドノバンを始めとした、不良達が彼女を見て言う。
不良達の目は、以前のようにすさんでは居ない。
みな生き生きとした目で、爽やかな汗をかきながら土木作業をしていた。
「寝坊かぁ?」
「ちっげーよ。人助けだよ」
「人助けねぇ……おめーも変わったなぁ」
ドノバンと一緒に力仕事をしながらトリッシュが会話する。
「あんただって、この間道に迷ってた子供のお母さん捜してやってただろ」
「なっ!? て、てめえ……見てやがったのか!?」
「子供に感謝されてまんざらでもない顔してたじゃーん」
くっ……! とドノバンが顔を赤らめる。
「しかしよ……おれたち不良も、変われば変わるもんだよなぁ」
重荷を置いてドノバンがしみじみと言う。
不良達は、真面目にせかせかと作業していた。
「ちょっと前まではみんなケンカしたり、弱い物いじめしたり、盗みしてよ……」
「そうだね。みんな……死んだ目をしてた」
それがどうだろう。
不良達は楽しそうに言う。
「作業終わったら風呂入りにいこうぜ」
「いいね!」
「この間うめえ飯屋みつけてよぉ」
「おーじゃあ終わったらいこうぜ!」
誰も彼もが、未来を見据え、前を向いている。
「ここまでおれらが変われたのも、アクトさんのおかげだよな」
「うん……あの人は、凄い人だよ」
アクトが若者達に未来をくれた。
立派な彼の顔に泥を塗らないようにと心がけていたら、いつの間にか真人間になっていた。
全ては、アクト・エイジという男と出会ったから。
彼らは自分たちの運命を変えることができたのだ。
「でもさ……最近、すっげえ心配でよ」
ドノバンがぽつりとつぶやく。
「もうすぐ……できあがるだろ、アクトさんの新しいギルド会館」
ドノバンが建物を見上げる。
9割方完成していた。
あとは内装を整えるだけ、もう終わりは近づいているのだ。
「これの仕事が終わったら……おれら、どうなっちまうんだろうなって……」
このギルド会館を作るためにアクトは不良達を雇った。
建物が完成すればどうなるか……待っているのはおそらく解雇だろう。
「何言ってるのさ。アクトさんが、あのお節介焼きが、あたいらを無責任に放り出すわけないだろ?」
そう、どこの世界に、従業員の家族の面倒まで見るギルマスがいるだろうか。
トリッシュの家族である孤児達を、孤児院に斡旋してくれたのはアクトである。
「……だな」
「おい貴様ら、何をサボっている?」
ぎろり、とアクトが遠くからこちらをにらんでくる。
「さーせん! すぐもどります!」
ドノバンもトリッシュも仕事を再開する。
あと少しでこの仕事も終わってしまうけれど、できればもっとずっと、彼の側にいたいと思うトリッシュなのだった。
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