11.落ちぶれたギルドマスター【イランクス②】
ギルドマスター・アクトが活躍する、一方その頃。
アクトを追い出したギルマス【イランクス】は、切羽詰まった状況にいた。
イランクスのギルド【生え抜きの英雄】の、ギルマスの部屋にて。
「くそ……! どうして……! わが生え抜きの英雄の【ギルドランク】が落ちた……!」
彼が見ているのは、冒険者ギルド組合が発刊している広報誌だ。
ギルドランクとは、無数にある冒険者ギルドの格付けのことだ。
依頼達成率、貢献度、人気、その他諸々を加味し、そのギルドのランクが決定される。
大きくランクはS、A、B、Cの4つに別れる。
またランク内でも順位がある。
たとえばA級で3番目の実力がある場合は、A級3位となる。
「『躍進めざましい天与の原石は、S級3位へと順位をまた一つ上げた。一方で生え抜きの英雄はC級での順位を下げ続けている。かつてS級ギルドだったとは到底思えない凋落っぷりだ』だと……!」
びりびり! とイランクスは広報誌を破り捨てる。
「わしのギルドは、落ちぶれてなどいない! くそ! 見る目のない連中め! くそくそぉ!」
ガリガリ……! と頭皮を乱暴にひっかくと、髪の毛がごっそりと抜け落ちる。
「だが……アクトが抜けて以来、降格が止まらない……やはり、あいつが辞めたことが原因だったのだ……」
イランクスは、アクトを追放した日を思い出す。
彼は戦闘ではまるで役に立たず、ギルド内でなにもしていないと思った。
しかし違ったのだ。
彼はその鑑定眼を使い、才能を見抜き、育成するだけでなく、最適な仕事をギルメンたちに勧めていた。
ギルドが上手く回っているように見えたのは、アクトが影ながら生え抜きの英雄たちをサポートしていたからだ。
……それに気付いたのは、B級に降格したときだった。
「やはりアクトを連れ戻さないと……しかし……」
あの目障りなメイドがいるせいで、アクトに一度も会えていない。
自分の間違いに気付き、何度もアクトに接触しようとしているが、その都度けんもほろろに追い返されるのだ。
「女の分際で調子に乗りやがって……! なにが自分でなんとかできるでしょう、だ……! あの顔! 腹が立つ……!」
フレデリカが自分に向けてくるその目は、蔑みのたっぷりと含まれた眼だ。
どうせ頑張っても無駄でしょう、と言外に語っている。
「バカにしよって! 見ていろ、ドカンと大きな功績をたてて、再びギルドを立て直してやる……!」
と、そのときだった。
「失礼します、イランクス様」
部屋に入ってきたのは、副ギルドマスターだ。
「【オルガ】たちがクエストより帰って参りました」
「おお! オルガ! わがギルドに残された、最後の希望! 通せ!」
生え抜きの英雄はかつて数多くのSランカーたちが在籍していたが、今はオルガしかいない。
間違いなく、ギルド最強の男。
しかし……。
「なぁ……!? どうしたのだ、その大けがは!?」
包帯を身体中に巻き、松葉杖を突きながら、オルガがギルマスの前までやってくる。
「すいやせん……実は……」
「まさか、依頼をし、失敗したんじゃなかろうな!」
イランクスは立ち上がると、焦った表情をしながら、彼の肩を掴んで揺する。
「火竜退治! Aランクの依頼なんぞ、Sランクの貴様には簡単にこなせるよな! 失敗するわけがないよなぁ!?」
だがオルガは首を横に振った。
「ふざ……ふざけるなぁ……! なぜ失敗する! 貴様それでもSランクか!?」
竜の討伐は大きなニュースになる。
この依頼をこなせれば、ギルドの評判も回復すると思い、各方面に大きく宣伝していた。
……だが、結果は失敗。
「くそぉ! 貴様のせいでギルドの評判がさらに落ちて仕舞うではないか!」
「いい加減にしろよ、クソジジイ!」
バシッ……! とオルガは、ギルマスの手を払う。
「失敗したのはてめえのせいだろうが!」
「なっ!? 何を急に……?」
「おれ、言ったよな? おれのパーティには遠距離攻撃ができるやつが1人しかいないって。地上戦ならともかく、相手は竜。空を飛ぶ相手とは相性が悪いって、言ったよな!?」
事前にオルガからは、依頼を一度断られた経緯がある。
だがなんとしても火竜を倒してもらわねばならなかった。
強権を発動し、無理やり討伐へ向かわせたのだ。
「だ、だからなんだ……! 貴様、ギルマスに責任をなすりつけるのかぁ!? 失敗したのは貴様が無能だからじゃないか!」
「ふざっけんな! 無能なのはあんただろ! 毎回毎回、こっちの事情おかまいなしで、あれしろこれしろって無茶な依頼をやらせやがって! こっちにも得手不得手やコンディションってもんがあるんだぞ!」
「う、うるさぁい! 雇ってもらってる分際でなんだその態度は! ギルマスに逆らうようなら辞めてもらっても構わないんだぞ!?」
その一言が、決定打だった。
すっ……と彼の顔から、表情が失せた。
「お望み通り、やめてやるよ、こんなギルド」
「なぁ……!? ま、ま、待て! 待て待てどうしてそうなる!?」
立ち去ろうとするオルガの腕を、イランクスは掴んで言う。
「お、おまえいいのか!? こ、ここをクビになっても!?」
「結構。ここを追いやられても、行き先はあるんで」
「ま、まさか……【天与の原石】か!?」
「そーだよ。アクトのところに行く。おれとパーティメンバー全員でな」
イランクスは青ざめた顔で首を振る。
「な、ならん! ならんぞぉ! どうしてあんなヤツのところに!?」
「アクトは、あんたと違ってギルメンのことをよく理解している。その上でおれらに適した仕事を勧めてくれた。良い奴だったよ」
アクトがギルドを去ったとき、オルガは心配して、彼についていこうとした。
しかしオルガはその当時から、生え抜きの英雄のトップ冒険者だった。
『あんたが辞めたら、たくさんの人に迷惑がかかってしまうよ』
当時からアクトは自分ではなく、常に相手を気遣う優しい人間だった。
「義理で残ってやってはいたけど、こんな不当な扱いを受けるクソギルドなんて辞めてやるよ。今日からアクトの元で世話になるわ。じゃあな」
「待て! そんなこと、許さんぞぉ!」
このままでは天与の原石に、Sランク冒険者が1人加わることとなる。
さらにアクトのギルドの評判が上がることとなる。
逆に、イランクスのギルドの評判が下がることは明白だった。
引退ならまだしも、脱退・移籍のような形となれば、必ず前のギルドに何か問題があったのだと、広く知れ渡ってしまう。
「ただでさえうちは今窮地に立たされてるのだぁ! 貴様に抜けられると困るんだよぉ!」
「知るかてめえの事情なんてよぉ!」
バキッ……! とイランクスは頬を殴り飛ばされる。
「てめえはいっつも自分のことばっかりで、部下のことなーんにも見ちゃいねえ! ギルドランクが下がって当然だな! こんなゴミが組織のトップなんだからよ!」
「下がっているのは、わしのせいじゃない! アクトが抜けたのが全ての原因なのだぁ!」
オルガは小馬鹿にしたように、鼻を鳴らしていう。
「そのアクトを追放したのは、自分じゃねえかよ」
「うぐぅ……!」
アクトが抜けたせいでギルドが落ちぶれているというのなら、彼を追放した自分に責任があった。
結局のところ、自業自得だった。
「あばよ」
こうして、生え抜きの英雄最後のSランク冒険者、オルガはパーティメンバーとともに、天与の原石へと移籍した。
火竜討伐の失敗と、オルガ脱退のうわさは瞬く間に広がっていった。
その結果、生え抜きの英雄はC級最下位となった。
「これはもう、いよいよダメだ……そうだ……これなら、アクトはわしを救ってくれるはずだぁ……」
八方塞がりとなったイランクスは、卑屈な笑みを浮かべながら、アクトの屋敷へ向かう。
「もう無理です! お助け下さい! アクト様! お願いしますぅううううううう!」
しかしいつも通り、メイドのフレデリカからは、同じ答えが帰ってきた。
「まだ早い。まだ、頑張れる余地はありますよ」
……結局、アクトからの助力を得ることはできなかった。
当然だ、理不尽に追い出しておいて、今更助けてくれと言われても、もう遅いのだから。
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