108.駄犬メイド、支えられながらギルマスを務める
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悪徳ギルドマスター・アクトのメイド、フレデリカ。
主人が王都にいる間、ギルドの留守を任されている。
彼女は最初全てを一人で抱え込んでいた。しかし今はというと。
「ティル、あなたは今日限りでクビです。お疲れ様でした」
ギルドマスターの部屋にて、銀髪の美女フレデリカは、ギルメンであるティルにそう言い渡す。
「そんな! どうして……!」
「ギルドを出て行くあなたに投げかける言葉はそれ以上ありません」
冷たく言い放つフレデリカに、ティルは涙目になる。
「あのっ。落ち込まないでください、ティルさん!」
「ユイちゃん……」
アクトの弟子ユイが、笑顔でクリップボードをティルに手渡す。
「新しい就職先です!」
「え? 新しい……就職先?」
困惑するティルにユイが説明する。
「そうです! フレデリカさん……じゃなくて、ギルマスがあなたの適性を真剣に考えて、今よりもっと良い職場を用意してくれたんです!」
「姐さん……おれのために……?」
ティルが視線を向ける先で、フレデリカはいつも通り冷たい表情を保っているままだ。
「ほら! ギルマスっ。スマイルですよスマイル!」
ユイに言われ、フレデリカはぎこちない笑みを浮かべる。
「あなたはよく働いてくれました。その腕を、新しい職場で振るってください」
「はい! わかりましたっ! 姐さん……ありがとうございました!」
打って変わって笑みを浮かべると、ティルは部屋を出て行った。
ふぅ……とフレデリカがため息をつく。
「追い出すの、ちゃんとできたじゃないですかー!」
ユイがフレデリカの体に抱きつく。
「ああやって、一言で良いので優しい言葉をかけてあげましょう! ギルメン達は喜んでくれます! さっきみたいに」
「はぁ……そんなことで良かったんですか?」
以前の彼女はクビを宣告し、再就職先のファイルを渡すだけだった。
「いいんですよ! ああすればきちんと、フレデリカさんが自分のためを思って追い出してくれるんだってわかるんです。言わなきゃ思いは伝わりませんよ?」
……この少女の言うとおりだ。
胸に秘めた思いをいくら念じても、相手には一切伝わらない。
追い出すにしても、ただ事実を突きつけるだけでは、考えが伝わらない。
「……こんな単純なことさえできてなかったのですね、わたしは」
アクトからギルドを任され、頑張ってきたつもりだったのに。
その程度の簡単な事実を見落としていた自分を……フレデリカは恥じた。
「大丈夫ですよ!」
ユイはフレデリカの手を掴んでニコッと笑う。
「今までできなかったのなら、これからやれば良いだけの話じゃないですかっ! ね!」
彼女の笑みを見ていると、こわばっていた口元が緩んだ。
「……そうですね」
「そうですよ! がんばりましょっ。私も補佐官としてサポートしますのでっ!」
どんっ、とユイが自分の胸を叩く。
自分より遙かに弱く、小さな少女。
だが彼女の存在が……どこか頼もしく思えた。
……先日のカトリーナ、そしてアクトの言葉がリフレインする。
自分なりのギルドマスター道を進め、と。
「……ユイ」
「なんでしょうっ」
今まで人に頼ることはしてこなかった。
だがユイを挟むことで、ティルの追い出しは上手くできた。
自分に足りない部分があるのは当然だ。
フレデリカはアクトではないのだから。
「わたしは笑うのが苦手です。わたしの代わりに……笑顔を振りまいてもらえますか?」
ぱぁ! とユイが大輪のバラのような笑みを浮かべてうなずく。
「はいっ!」
★
フレデリカは受付嬢長のカトリーナとともに、王都にある冒険者ギルド協会へと足を運んでいた。
各地のギルドマスターが集結し近況を報告したり、課題点を共有したりする会議に参加した。
「ふぅー……疲れたわぁ」
会議を終えたフレデリカ達は夜道を歩く。
「ね、どこか寄ってかない?」
「そう……ですね」
正直に言えば王都にいるアクトのモトを尋ねていきたい。
だがそれはダメだと首を振って言う。
「どこかレストランで食事をしてから帰りましょうか」
「さんせーい」
フレデリカたちは王城に近い場所にあるレストランへと訪れる。
「結構いろんな人居るわね」
人間だけでなく獣人やエルフなど、他種族達が楽しく会話していた。
「姐さんがた! フレデリカとカトリーナの姐さんじゃあないですか!」
フレデリカ達が席に腰を下ろしていると、そこへコック帽をかぶった青年が近づいてきた。。
「ジェフ。久しぶりですね」
彼はかつて天与の原石に所属していたものだ。アクトが追放して、ここに再就職したのである。
「あ、そうか。ジェフはここで料理長やってたわね」
「はい! おかげさまで楽しく仕事やってます!」
ジェフが晴れやかな笑顔で言う。
そこに嘘偽りがあるようには思えなかった。
「おや? アクトさんはどちらに?」
「今は出張中です」
軽く今の天与の原石の状況を伝える。
「へぇ! 王都に支部! そっかアクトさん……今王都にいるんだぁ。なら言ってくれればいいのに!」
「気恥ずかしいのよ。あの人照れ屋だからねぇ」
たしかに、と笑い合うフレデリカ達。
「姐さんがたのために頑張って料理作ります!」
ジェフは頭を下げると厨房へと戻っていく。
「出て行った彼が幸せにしているの、見てると嬉しくなりますね」
ぽつりと何気なくこぼした一言。
それは本心から漏れ出た言葉だった。
「あなた、変わったわね」
「なんです、藪から棒に」
「昔と比べてとても可愛くなったわと思ってね」
「お世辞は結構です」
とは言いつつも、フレデリカはお尻からこっそりと犬尻尾を生やし、ばさばさと嬉しそうに揺らす。
ほどなくして夕飯が運ばれてきた。
美味い飯に舌鼓を打った後、店の驕りでワインを頂戴する。
「今日は……その、ありがとうカトリーナ。助かりました」
フレデリカはワインでほんのり赤らんだ頬で言う。
「無愛想なわたしでは、他のギルドとの折衝うまくいかなかったでしょう。その……あなたが居てとても助かりました……なんですその顔?」
鳩が豆鉄砲でも食らったかのような表情をカトリーナが浮かべていたのだ。
「あ、いや……あなたが素直に人を褒めるなんて、驚きだわ」
「ふん。ユイから教わったのです。そういう一言が意外と重要なのだとね」
カトリーナは目を丸くしていたが、ふっと口元をほころばせる。
「ほんと、変わったわあなた」
「そうですか?」
「ええ。とても良い兆候よ。その調子で頑張りましょ」
「……ふん。偉そうに」
だが確かに、以前よりとても仕事が楽にできるようになった気がする。
以前は人に頼るなんてもってのほかだと思っていた。
だが今は……ぎこちなさはあれど人を頼るようになった。
「わたしは自分が弱くなった気がします」
「ばかねぇ。弱くない人間なんてこの世にはいないわよ」
「……そうか。そうですね」
完璧超人と言えるアクトでさえ、ダメな部分という物は存在する。
「誰も完璧な人間はいない、か」
「なにそれ?」
「わたしが前に勤めていた職場の、上司の言葉です。……ほんと、その通りですよ」
フレデリカは超越者の男を思い出しながら、小さくつぶやくのだった。
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