107.悪徳ギルドマスター、部下に過酷な労働を強いる
書籍版ギルドマスター、好評発売中です!
俺は王都にギルドの支店を作るべく、街の不良達を雇うことにした。
商工ギルドの知り合い、ドワーフのトーリョたちとともに、ギルド会館を作らせる。
ある日のこと。
「痛ぇ……! なにするんだごらぁ……!」
工事現場にて、俺は不良の腕を掴む。
「こんな腕で何ができる。時間の無駄だ。帰れ」
「チッ……! わかったよ! くそっ!」
悪態をつきながら、不良が俺のモトを去って行く。
「ぎ、ギルマス……どうしたの?」
「トリッシュか」
スラム出身の女、トリッシュ。
こいつも俺のモトで働かせている。
「ま、まさかクビにしたのかい? 大工仕事の腕が……テクがなかったから?」
「何を言ってる? あいつは腕を骨折してたぞ?」
「え? こ、骨折……?」
俺はうなずいてトリッシュに言う。
「あいつは今朝作業場から落ちて骨折していたのに、ケガを隠して作業してやがったんだ。だから治療院へ行けといったまでだ」
応急処置を終えた先ほどの男が、俺の前にやってくる。
「アクトさん! おれ……まだやれます! クビにしないでください!」
「誰がクビだと言った? 貴様は病気の妹が居て、金がいるんだろう?」
男は眼を丸くする。
「ど、どうしてそれ知ってるんだ……?」
「部下にくわえたやつらのプロフィールくらい、頭に入ってて当然だろ?」
ぽかんと男が口を開いてる。
「いいからさっさと腕を治してこい。復帰次第こき使ってやるから覚悟してるんだな」
「アクトさん……! ありがとうございます!」
頭を下げる男に俺が言う。
「何を感謝している? 俺は1人でも労働力が欲しいだけだ。さっさと俺のギルド会館を完成させたいからな」
ようするに俺は俺のためにこいつを利用しているだけなのだ。
「「…………」」
男は眼を点にする。
だがニカッと笑って言う。
「あんた……良いリーダーだな!」
そう言って男は去って行った。
「おかしなことを言うヤツだ」
「いや……おかしいのはあんたの方だと思うんだけど……」
トリッシュが呆れたような表情で言う。
「ところで貴様……今何時だと思っている?」
じろり、と俺はたった今出勤したばかりのトリッシュをにらみつける。
「ご、ごめん……ギルマス。寝坊しちまって……」
「バカが。貴様の出勤は夕方からだと言っただろうが」
「はえ……?」
トリッシュが首をかしげる。
「貴様は遅出で8時間勤務をしただろうが。夕方までは休んでろ」
俺は作業効率を考えて、不良達を2つのグループに分けた。
朝から夕方まで働く、早出勤務。
夕方から夜まで働く、遅出勤務。
トリッシュのヤツは後者なのに、あろうことか昼前に出勤してきた。
「あ、そ、そうだっけ……? ごめん、忘れてた」
「わからないことがあるのになぜ責任者である俺に聞かない? そのために通信用の魔道具を渡したのではないか」
どこにいても、誰とでも通話できる通信用の魔道具。
作業員である不良達に無償で配ってあるのだ。
こういうときのためのアイテムなのに……まったく。
「今更だけどこんな高価なモン……アタシらはみ出しモンに渡していいのかい? 売り払っちまうんじゃないかって思わないのかい?」
「貴様らがそういうことをしない奴らだと、俺が見抜けないとでも思ったのか?」
ジッ……とトリッシュが俺の眼を見やる。
だが目元を緩ませる。
「やっぱあんた……他の汚い大人達と全然違うや。さすが、S級ギルドをまとめるマスターだけあるよ」
「バカ言え。俺は汚い手段を使ってでも、己の理想を実現させる男だ。わかったか?」
「はいはいわかりましたよ」
「ならさっさと家に帰って十分な睡眠を取れ。寝不足で来たら承知しないぞ」
「へー、お仕置きでもするの?」
「ああ。有休を使わせて無理矢理休ませる」
「そりゃー怖いお仕置きだ」
くつくつとトリッシュが苦笑する。
「じゃ、いったん帰って寝るわ。あとでねギルマス」
「さっさと帰れ」
トリッシュは笑顔で去って行く。
「ねえ、ギルマス。……あんたに会えて凄い良かった。ありがとね。あたし……超ラッキーだったよ」
それだけ言って彼女は家路につく。
やれやれ、不良どもも、トリッシュも何を感謝してるのだろうな。
「アクトさん」
「ロゼリアか」
天与の原石から補佐官として連れてきた、S級冒険者の女剣士ロゼリア。
彼女が笑顔で俺に気づくと近づいてくる。
「こちら午前中の進捗表となっております」
俺は彼女からクリップボードを受け取る。
「作業速度は想定の150%。ギルマスの部下達を管理する手腕はさすがとしか言いようがないですわ」
誰にどこの作業を任せるかは、全部俺が決めている。
「彼ら1人1人の得手不得手、体調、性格……その全てを把握し、最適な仕事を割り振る。正直言って人間業ではないと、いつもの事ながら感心させられます」
俺は進捗を確認し、クリップボードをロゼリアに戻す。
「問題ない。引き続き奴らを働かせろ。馬車馬のようにな」
「ふふっ♡ 馬車馬ですか」
そのときだった。
「「「アクトさーーーーん」」」
リーダーであるドノバンと、その部下の不良達が俺に気づいて、笑顔で近づいてくる。
ドノバンたちは早出勤務だ。
早朝から仕事させていたので、大汗をかいている。
「あっしらと昼飯食いにいきやしょうぜ!」
「良いだろう」
俺たちは王都にある宿屋の食堂へとやってきた。
中には不良達以外に客がいない。
「それじゃあてめえら……」
ドノバンが立ち上がって不良どもを見回す。
「今日も美味い飯を作ってくれる食堂のおばちゃんと……そして! ここの支払い全部出してくれる、最高にイカしたギルマスに感謝を込めて! いただきます!」
「「「いただきまーす!」」」
不良達はいっせいに飯を腹に詰め込んでいく。
「うめー!」「まじうめえわ!」「こんなうめえ飯食えるなんて! 最高だぁ!」
凄まじい勢いで飯を食っていく不良達。
手づかみで食ってやるやつまでいた。
「品のない奴らだ。ロゼリアを見習え」
一方でロゼリアは姿勢を正し、ナイフとフォークを使って優雅に食事をする。
「さすがロゼリアの姐さん!」「美しい!」「おれと結婚してくれー!」
だがロゼリアはナプキンで口を拭いて、ニコッと笑う。
「お気持ちは大変嬉しいのですが、わたくしには心に決めた殿方がいますので♡」
彼らは「「「ですよねー」」」と半ばわかったかのようにため息をつく。
「そうか。貴様もようやく身を固めるのか」
「……ギルマス? 何をおっしゃってるのです?」
「結婚する相手が居るのだろう? 祝い金とかの処理があるから早めに……なんだその顔は?」
ロゼリアは呆れかえったような表情で深々とため息をつく。
「どうしてギルマスは、こうも自分に向く好意に気づかないのでしょう?」
「知らん」
俺は構わず食事を続ける。
「ところで……ギルマス。本当に彼らに、宿と食事を提供して大丈夫なのです? だいぶお高いのでは……?」
俺はこの宿を貸し切って、不良どもに衣食住を提供している。
しかも無料でだ。
「必要経費だ。部下の最大のパフォーマンスを引き出すよう管理するのも、ギルドマスターたる俺の仕事だ」
昼飯を食い終わった不良達が俺に笑顔を向ける。
「さすがギルマス! 太っ腹!」
「こんな良い宿にただで止めてくれるなんて!」
「しかも三食昼寝付きで……給料まで出るって言うんだから!」
「最高の仕事環境だよここは!」
やれやれ、これだから社会を知らない不良どもは。
この程度で最高だなんてな。
「食い終わった奴らから昼寝休憩を取れ。仕事に遅れるなよ」
「「「いえっさー! ボス!」」」
ぞろぞろと不良達が出て行く。
彼らは気力十分、午後もしっかり俺のために働いてくれそうだ。
「ふふっ♡ ギルマスはどこへ行っても、最高のギルマスなのですわね♡」
食後のコーヒーをロゼリアが、俺の分まで持ってくる。
「たとえスラム出身のものであろうと、部下にしたら、きちんと責任を持って、彼らを幸せにしようとする……やはりあなた様は素晴らしいギルドマスターですわ♡」
「何をバカなことを言う。部下の力を100%引き出すため、やって当たり前のことを俺はしてるだけだ」
特別な何かをしているつもりはない。
だがロゼリアはべた褒めしてくる。
まあこいつも冒険者で、あまり社会経験がないからな。他がどういう感じなのかわからないのだろう。
「ロゼリア。午後も引き続きやつらの監督を任せるぞ。15時には……」
「きちんとおやつ休憩とストレッチ体操をさせる、でしたわよね。心得ておりますわ♡」
この女もしばらく行動を共にしているからか、補佐官としての動きがだいぶ板に付いてきたな。
「あ、ギルマス。頬にお米粒がついておられますよ」
「なに?」
振り返るとロゼリアの美しい顔が目の前にあった。
チュッ、と彼女が俺の頬にキスをする。
「とれましたわ♡」
「わざわざ口でとる必要がどこにある。手で取れば早いだろうが。無駄なことはするな」
「はいはい、申し訳ございませんわ♡ ふふっ♡ 役得役得っ♡」
よくわからんが、とにかく新ギルド会館の作業は順調に進んでいるようだった。
俺は冒険者ギルドの悪徳ギルドマスター、書籍版がGAノベル様から好評発売中です!
めちゃくちゃ頑張って書きました!
ぜひお手にとってくださると幸いです!