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106/229

106.駄犬メイド、同僚にサポートされる

書籍版、GAノベル様から好評発売中です!


またコミカライズも決定しました!

マンガup様で連載予定!




 悪徳ギルドマスター、アクト・エイジが王都での仕事をする一方。


 残されたフレデリカは、アクトの代役としてギルドマスターを務めていた。


 朝、ギルド【天与の原石】、ギルドマスターの部屋にて。


「おはよう、フレデリカ」


 受付嬢長のカトリーナが部屋に入ってくる。


「おはようございます」


 フレデリカは既に出勤しており、書類仕事をしていた。


 眼鏡をかけて誤魔化しているつもりだろうが、目の下にはクマができていた。


「あんた……ちゃんと寝てるの?」


 カトリーナとフレデリカは、天与の原石創設メンバーの1人だ。


 同性ということもあり、カトリーナのメイドへの態度は実にフランクである。


「……寝てますよ」

「嘘おっしゃい。目の下が真っ黒よ」


 フレデリカはカトリーナを無視して仕事を続ける。


「そこの書類の山が、本日ギルメンたちに与える仕事です。あなたのほうで渡しておいてください」


 山積された羊皮紙を見向きもせずフレデリカはペンを走らせる。


「あのさ……仕事の割り振りは、こっちでやるわよ」


 カトリーナは気遣わしげな表情で彼女に言う。


「何を言ってるんです? ギルメンへの仕事を割り振り、適切な人財を派遣するのも、ギルマスの仕事ではないですか」


「それは……そうだけど。でもねフレデリカ。通常業務をやりながらも、あれができたのはアクトさんだからこそでしょ?」


 アクトは時王の目を持っている。

 自分の時間を加速させて、人の何倍ものスピードで仕事をこなせる。


 さらに未来視の魔眼を持っているので、誰がどの仕事をすればよりよいパフォーマンスを発揮できるか全て把握できていた。


 天与の原石のギルドマスターとしての仕事を、ひとりで100%こなすことができるのは、この世でアクトだけである。


 カトリーナはそのことをわかっている。……無論、フレデリカも承知している。


「わたしはマスターからギルドを託されたのです。与えられた仕事は、完璧にこなす……それが従者たるものの務め」


「……はぁ。頑固ねあんたも」


 フレデリカの思い詰めた表情を見て、カトリーナはため息をつく。


「あのねフレデリカ。アクトさんはあんたに……」


「そろそろ始業の時間です。さっさとそれを持って出ていってください」


 言葉を遮られても、カトリーナは不快感は覚えなかった。

 彼女の胸中にあるのは、フレデリカへの純粋な気遣いの心。


「わかった。根を詰めすぎて倒れないようにね」

「ありえません」


 カトリーナは書類を持って部屋を出て行く。


 ドアが閉まると、フレデリカは机に額を突っ伏す。


「……ダメだ。寝ては、ダメだ。やるべきことが……山のようにあるんだから」


 ギルメン達に適切な派遣場所。教会本部との打ち合わせ。新しい仕事の依頼の精査……。


「この量を1人でこなしていたのですから……ほんと、マスターは凄いです」


 ギルドのトップに立ったことで、初めてその責任の重さ、そして彼がこなしてきたことのすさまじさを改めて実感する。


「……マスター」


 うとうと……とフレデリカは目を閉じかける。


 目を閉じると愛しい彼の姿があった。

 もう何日彼に会ってないだろう。


 彼の声が聞きたい。彼の顔が見たい。

 彼とおしゃべりしたい。

 彼に……頑張ったねって……褒めてもらいたい……。


『寝るな、馬鹿者が』


「ッ……!」


 フレデリカは目を覚ます。


 気づくと自分はソファの上に仰向けに寝ていた。


 体には毛布が掛けられている。


「し、しまった……! 居眠りを……!」


 壁に掛けられた時計を見やる。

 気づけば昼前だった。


 さぁ……と血の気が引いていく。

 午前中の予定を全てすっぽかしたことになるから。


「……町長との会合。どうしよう……す、すぐに連絡を……いや、でも……その前に今日の予定が……」


 と、そのときだった。


「あ、フレデリカさん! 起きたんですね!」


 部屋に入ったきたのは、アクト弟子ユイだった。


「ユイ……? 何をなさってるのです?」


「決算書の整理をやってましたっ」


 起き上がって机の側まで行く。

 ユイは完璧に、仕事を終えていた。


「……誰が頼んだのです?」

「え? カトリーナさんですけど」


「……あの女は?」

「いま、ちょうど町長との会合へ行ってますよ……あっ、帰ってきました!」


 カトリーナが扉を開けて帰ってきた。


「あら、起きたの?」

「起きたの? ではありませんよっ!」

 

 フレデリカは詰め寄って声を荒らげる。


「あなた、何を勝手なことやってるんですっ? 町長との会合はギルマスの……」


「てい」


 ぽこん、とカトリーナはフレデリカの頭をチョップする。


「あのねぇ……別に会合くらいギルマスのあんたじゃなくてもできるわよ。ちゃんと今日の内容は復命書にしてあんたにも回覧するし」


「しかし……」


 ぐぅ~……と、フレデリカのお腹が鳴る。

「ぁ……ぅ……」


 朝から何も食べておらず、今は昼飯時なのだ。

 空腹で腹が鳴っても致し方なかった。


「とりあえず何か腹に入れておきなさいよ」


「わたし、食堂行ってサンドイッチもらってきまーす!」


 ユイが笑顔で走り去っていく。


「……頼んでないのに、どうして……あなたも、ユイも……勝手にやるんですか」


 フレデリカは部下を管理できない、自分のふがいなさを嘆く。


 だがそんな彼女の内情を見抜いたようにカトリーナが言う。


「本当の一流は、たとえ誰かに頼まれずとも、その人の欲しているものを用意する……って、誰かさんが言ってなかったっけ?」


「あ……」


 その言葉に聞き覚えがあった。


 ……当然だ。


「他でもない、あんたの口癖でしょ?」

「……わたしは別に、助けて欲しいなんて……」


「思ってない? 本当に……? 真面目なあんたが居眠りしなくちゃいけないほど……追い詰められてたのに?」


「そ、それは……」


 フレデリカが疲労困憊であることを、カトリーナは見抜いていたのだ。


「ご飯持ってきましたよっ! さ、いっぱい食べてくださいね!」


 ユイがお盆を手に彼女たちのモトへやってくる。


 ずい、とお盆を押しつけられる。


 その上には美味そうなクラブハウスサンドが乗っていた。


「いや……わたしは別に……お腹なんて空いてないです……」


 ぐぅうう~~~~~~~!


「~~~~~!」

「そう思ってるの、あんたの頭だけみたいね」

「私もお腹空きました! みんなで食べましょっ!」


 ユイがテーブルにサンドイッチを載せて、お皿を用意する。


 テキパキとお湯を沸かし、お茶の準備をする。


「とりあえず昼飯食べたら打ち合わせしましょ。それが終わったらあんた今日は帰って休みなさい」


「休息なんて必要ありません」


「居眠りしたくせに?」


「ぐぬ……」


 カトリーナは苦笑する。


「あんたはさ、責任感があって、良いリーダーになれるわよ」


「なんですか唐突に?」


「自分には無理だと人前で嘆くことはせず、与えられた仕事を完璧にこなそうとする。その姿勢は立派よ。でもね……良く思い出して」


 カトリーナは真剣な表情で言う。


「アクトさんは……あんた、自分の代わりを完璧にこなせって……一度でも言った?」


 ……言っていない。

 彼が言ったのは、自分なりのギルマスとしての振る舞いを模索しろ、といったのだ。

「人それぞれで得手不得手は違うのよ。あんたは確かにアクトさんに負けず劣らずの事務処理能力がある。でも……あんたはアクトさんじゃない」


 当然だ。

 自分には時王の目も、信頼できる部下……いない。


「あんたは、あんたの持っているものを使ってギルマスになればいい」


「わたしの……持っているもの?」


 そんな物があるのだろうか。

 不安な気持ちが表に出たのだろう、カトリーナは彼女を優しく抱き留める。


「あたしがいるわ。それに、ユイちゃんも」

「はいっ! フレデリカさん……ひとりで抱え込まないでください!」


 ……なぜ彼女たちが自分に、こうも優しくしてくれるのか理解できなかった。


 アクトに聞けば教えてくれるだろうか。

 ……いや、肝心なことは教えてくれない彼のことだ、きっと聞いても無駄だろう。


「…………」

「難しいことごちゃごちゃ考えてるならさ、とりあえず、まずは目の前の厚意に甘えてみるのはどう?」


 ジッ……とフレデリカは置いてある美味そうなサンドイッチを見やる。


 手を伸ばして、がぶりと一口。


「……うみゃいです」

「えへへっ♪ でしょう? 私が作ったんですよぅ!」


 腹が満たされると同時に、強烈な眠気が襲ってくる。


「……カトリーナ。午後は、任せてもいいですか?」


「もちろん。あんたはさっさと食べて寝なさい」


 カトリーナは笑顔で、フレデリカの頭をなでる。


「……子供扱いしないでくださいな」

「まったく、アクトさんの言う通りね。あんたってば、意地っ張りな子供なんだから」


 

書籍版ギルドマスター、絶賛発売中!


めちゃくちゃ頑張って書籍版作りました、ぜひお手にとっていただけますと幸いです!

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