106.駄犬メイド、同僚にサポートされる
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悪徳ギルドマスター、アクト・エイジが王都での仕事をする一方。
残されたフレデリカは、アクトの代役としてギルドマスターを務めていた。
朝、ギルド【天与の原石】、ギルドマスターの部屋にて。
「おはよう、フレデリカ」
受付嬢長のカトリーナが部屋に入ってくる。
「おはようございます」
フレデリカは既に出勤しており、書類仕事をしていた。
眼鏡をかけて誤魔化しているつもりだろうが、目の下にはクマができていた。
「あんた……ちゃんと寝てるの?」
カトリーナとフレデリカは、天与の原石創設メンバーの1人だ。
同性ということもあり、カトリーナのメイドへの態度は実にフランクである。
「……寝てますよ」
「嘘おっしゃい。目の下が真っ黒よ」
フレデリカはカトリーナを無視して仕事を続ける。
「そこの書類の山が、本日ギルメンたちに与える仕事です。あなたのほうで渡しておいてください」
山積された羊皮紙を見向きもせずフレデリカはペンを走らせる。
「あのさ……仕事の割り振りは、こっちでやるわよ」
カトリーナは気遣わしげな表情で彼女に言う。
「何を言ってるんです? ギルメンへの仕事を割り振り、適切な人財を派遣するのも、ギルマスの仕事ではないですか」
「それは……そうだけど。でもねフレデリカ。通常業務をやりながらも、あれができたのはアクトさんだからこそでしょ?」
アクトは時王の目を持っている。
自分の時間を加速させて、人の何倍ものスピードで仕事をこなせる。
さらに未来視の魔眼を持っているので、誰がどの仕事をすればよりよいパフォーマンスを発揮できるか全て把握できていた。
天与の原石のギルドマスターとしての仕事を、ひとりで100%こなすことができるのは、この世でアクトだけである。
カトリーナはそのことをわかっている。……無論、フレデリカも承知している。
「わたしはマスターからギルドを託されたのです。与えられた仕事は、完璧にこなす……それが従者たるものの務め」
「……はぁ。頑固ねあんたも」
フレデリカの思い詰めた表情を見て、カトリーナはため息をつく。
「あのねフレデリカ。アクトさんはあんたに……」
「そろそろ始業の時間です。さっさとそれを持って出ていってください」
言葉を遮られても、カトリーナは不快感は覚えなかった。
彼女の胸中にあるのは、フレデリカへの純粋な気遣いの心。
「わかった。根を詰めすぎて倒れないようにね」
「ありえません」
カトリーナは書類を持って部屋を出て行く。
ドアが閉まると、フレデリカは机に額を突っ伏す。
「……ダメだ。寝ては、ダメだ。やるべきことが……山のようにあるんだから」
ギルメン達に適切な派遣場所。教会本部との打ち合わせ。新しい仕事の依頼の精査……。
「この量を1人でこなしていたのですから……ほんと、マスターは凄いです」
ギルドのトップに立ったことで、初めてその責任の重さ、そして彼がこなしてきたことのすさまじさを改めて実感する。
「……マスター」
うとうと……とフレデリカは目を閉じかける。
目を閉じると愛しい彼の姿があった。
もう何日彼に会ってないだろう。
彼の声が聞きたい。彼の顔が見たい。
彼とおしゃべりしたい。
彼に……頑張ったねって……褒めてもらいたい……。
『寝るな、馬鹿者が』
「ッ……!」
フレデリカは目を覚ます。
気づくと自分はソファの上に仰向けに寝ていた。
体には毛布が掛けられている。
「し、しまった……! 居眠りを……!」
壁に掛けられた時計を見やる。
気づけば昼前だった。
さぁ……と血の気が引いていく。
午前中の予定を全てすっぽかしたことになるから。
「……町長との会合。どうしよう……す、すぐに連絡を……いや、でも……その前に今日の予定が……」
と、そのときだった。
「あ、フレデリカさん! 起きたんですね!」
部屋に入ったきたのは、アクト弟子ユイだった。
「ユイ……? 何をなさってるのです?」
「決算書の整理をやってましたっ」
起き上がって机の側まで行く。
ユイは完璧に、仕事を終えていた。
「……誰が頼んだのです?」
「え? カトリーナさんですけど」
「……あの女は?」
「いま、ちょうど町長との会合へ行ってますよ……あっ、帰ってきました!」
カトリーナが扉を開けて帰ってきた。
「あら、起きたの?」
「起きたの? ではありませんよっ!」
フレデリカは詰め寄って声を荒らげる。
「あなた、何を勝手なことやってるんですっ? 町長との会合はギルマスの……」
「てい」
ぽこん、とカトリーナはフレデリカの頭をチョップする。
「あのねぇ……別に会合くらいギルマスのあんたじゃなくてもできるわよ。ちゃんと今日の内容は復命書にしてあんたにも回覧するし」
「しかし……」
ぐぅ~……と、フレデリカのお腹が鳴る。
「ぁ……ぅ……」
朝から何も食べておらず、今は昼飯時なのだ。
空腹で腹が鳴っても致し方なかった。
「とりあえず何か腹に入れておきなさいよ」
「わたし、食堂行ってサンドイッチもらってきまーす!」
ユイが笑顔で走り去っていく。
「……頼んでないのに、どうして……あなたも、ユイも……勝手にやるんですか」
フレデリカは部下を管理できない、自分のふがいなさを嘆く。
だがそんな彼女の内情を見抜いたようにカトリーナが言う。
「本当の一流は、たとえ誰かに頼まれずとも、その人の欲しているものを用意する……って、誰かさんが言ってなかったっけ?」
「あ……」
その言葉に聞き覚えがあった。
……当然だ。
「他でもない、あんたの口癖でしょ?」
「……わたしは別に、助けて欲しいなんて……」
「思ってない? 本当に……? 真面目なあんたが居眠りしなくちゃいけないほど……追い詰められてたのに?」
「そ、それは……」
フレデリカが疲労困憊であることを、カトリーナは見抜いていたのだ。
「ご飯持ってきましたよっ! さ、いっぱい食べてくださいね!」
ユイがお盆を手に彼女たちのモトへやってくる。
ずい、とお盆を押しつけられる。
その上には美味そうなクラブハウスサンドが乗っていた。
「いや……わたしは別に……お腹なんて空いてないです……」
ぐぅうう~~~~~~~!
「~~~~~!」
「そう思ってるの、あんたの頭だけみたいね」
「私もお腹空きました! みんなで食べましょっ!」
ユイがテーブルにサンドイッチを載せて、お皿を用意する。
テキパキとお湯を沸かし、お茶の準備をする。
「とりあえず昼飯食べたら打ち合わせしましょ。それが終わったらあんた今日は帰って休みなさい」
「休息なんて必要ありません」
「居眠りしたくせに?」
「ぐぬ……」
カトリーナは苦笑する。
「あんたはさ、責任感があって、良いリーダーになれるわよ」
「なんですか唐突に?」
「自分には無理だと人前で嘆くことはせず、与えられた仕事を完璧にこなそうとする。その姿勢は立派よ。でもね……良く思い出して」
カトリーナは真剣な表情で言う。
「アクトさんは……あんた、自分の代わりを完璧にこなせって……一度でも言った?」
……言っていない。
彼が言ったのは、自分なりのギルマスとしての振る舞いを模索しろ、といったのだ。
「人それぞれで得手不得手は違うのよ。あんたは確かにアクトさんに負けず劣らずの事務処理能力がある。でも……あんたはアクトさんじゃない」
当然だ。
自分には時王の目も、信頼できる部下……いない。
「あんたは、あんたの持っているものを使ってギルマスになればいい」
「わたしの……持っているもの?」
そんな物があるのだろうか。
不安な気持ちが表に出たのだろう、カトリーナは彼女を優しく抱き留める。
「あたしがいるわ。それに、ユイちゃんも」
「はいっ! フレデリカさん……ひとりで抱え込まないでください!」
……なぜ彼女たちが自分に、こうも優しくしてくれるのか理解できなかった。
アクトに聞けば教えてくれるだろうか。
……いや、肝心なことは教えてくれない彼のことだ、きっと聞いても無駄だろう。
「…………」
「難しいことごちゃごちゃ考えてるならさ、とりあえず、まずは目の前の厚意に甘えてみるのはどう?」
ジッ……とフレデリカは置いてある美味そうなサンドイッチを見やる。
手を伸ばして、がぶりと一口。
「……うみゃいです」
「えへへっ♪ でしょう? 私が作ったんですよぅ!」
腹が満たされると同時に、強烈な眠気が襲ってくる。
「……カトリーナ。午後は、任せてもいいですか?」
「もちろん。あんたはさっさと食べて寝なさい」
カトリーナは笑顔で、フレデリカの頭をなでる。
「……子供扱いしないでくださいな」
「まったく、アクトさんの言う通りね。あんたってば、意地っ張りな子供なんだから」
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