104.悪徳ギルドマスター、街の不良をスカウトする
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俺は王都にやってきている。
俺の作ったギルド【天与の原石】。
今度王都でギルドの支店を建てることになった。
だが商工ギルドは人手が不足しているらしい。
俺は助手であるS級冒険者ロゼリアとともに、王都の端へとやってきた。
「王都のスラム街、ですの……?」
「ああ。職を失ったもの、親に捨てられた子供……そんなあぶれ者が集まる場所だ」
この国は確かに豊かではある。
だが貧富の差というものはどこも存在する。
街の中心である王城から離れたここは、そんな社会的な弱者たちが集まっている場所であった。
「本当にあったのですね、こういう場所……」
ロゼリアは良いところの出身だ。
暗部には触れる機会が無かったのだろう。
「光差す場所には必ず影が落ちてるものだ」
俺はロゼリアに向いて言う。
「貴様は先に戻っていろ。俺はこの先に用事がある」
「……ギルマス、しかし、わたくしは補佐官として、あなたをお守りする義務があります」
ロゼリアは現在私服姿だが、腰には細剣を帯びている。
「貴様のような真っ直ぐなヤツがいると、俺が汚い仕事をしづらい。さっさと戻れ」
「…………なるほど」
ロゼリアは感心したようにうなずく。
「そういうことですのね。わかりました。さすがギルマス」
ふふっ、とロゼリアが微笑む。
「女性をスラム街に連れて行けば、わたくしの身に危険が及ぶかも知れない。だから付いてくるな……そういうことですのね」
「そんなこと一言も言ってない」
「照れずとも、わかっておりますよ。では商工ギルドでお待ちしておりますわね」
ロゼリアが微笑んで頭を下げると、俺の元を去って行った。
やれやれ、あいつも何を勘違いしているのやら。
ややあって。
俺はスラム街を進んでいく。
高い建物に囲まれた路地が、人間の血管のように複雑に這い巡らされている。
路地で仰向けに寝ている男、うつむき三角座りをしている子供。
だれもが生きることを諦めているような表情をしていた。
「……ふん」
俺が【今】探しているのは、そういうやつじゃない。
奥へと進んでいった……そのときだ。
とんっ! と後ろから誰かがぶつかってきた。
「おっと兄ちゃん、わりーな!」
後ろを振り返ると、薄汚れた格好の子供が居た。
鼻に絆創膏をつけた、青髪の子供。
こいつが後ろからぶつかってきたのだ。
「気をつけろ」
「へへっ、すまねえな……!」
青髪の子供は悪びれた様子もなく俺の元を去って行く。
この街を熟知しているだろうことは、迷いのないその走り方でわかった。
あっという間にさっきの子供は見えなくなる。
「……よし」
俺は【時王の眼】を発動させ、彼女の後をつける。
ややあって。
ボロボロの小屋を見つける。
窓から中を見ると、さっきの子供が居た。
「おうおめーら、美味いもん買ってきたぞー!」
「「「わー!」」」
青髪の子供以外にも、同じ境遇のような子供達がいた。
「トリッシュー、ありがとー!」
青髪はトリッシュという名前らしい。
「おいしいねこれー!」
「ひさしぶりのお肉だぁ!」
幼い子供達は串焼きの肉を頬張っている。
「へへっ。よかったなぁ」
トリッシュは子供達を見て嬉しそうに笑っている。
「トリッシュはくわないのー?」
「おれはいらねーよ。たっぷり食ったからよ。おめーらが食いな」
そう言いながらトリッシュはお腹を押さえている。
子供達の前で食べたいのを我慢しているんだろうな。
「でもさ、こんな美味いお肉、どこで手に入れたの? トリッシュ金ないって……」
「ん。ああ、ま、臨時収入があったんだよ。ま、気にすんな……!」
トリッシュが気まずそうに言う。
臨時収入か。俺はズボンの後ろポケットを触る。
ほどなくして、子供達が肉を食べ終える。
「うまかったー」「とろけるお肉ぅ」「まんぞくまんぞくぅ~」
しあわせそうな子供達を見て、トリッシュが笑みを浮かべる。
「「「ありがとー、トリッシュぅ!」」」
「へへっ。良いって事よ。じゃ、おれ仕事いってくっから。おめーら待ってろよ」
「「「はーい!」」」
トリッシュは子供達に手を振って、ドアを開ける。
「げぇ……!? さ、さっきの兄ちゃん」
俺を見て驚愕した表情を浮かべる。
「さっきぶりだな」
「な、なんでここが……?」
「俺の眼は未来を見通す。貴様がこの家に帰るのは見えていた。悪いがあとをつけさせてもらった」
「な、なんだよそれ……ズルすぎるだろ……!」
「ほう、威勢が良いな。度胸もある。俺の財布をスッただけはある」
「! き、気づいてたのかよ……」
「当たり前だ。あれはエサだ。まんまと釣られてくれたからな」
俺はこういう手合いの子供を見つけるため、あえて取られても言いように財布を用意しておいたのだ。
「な、なんだよ! 金ならもうねーよ! それに、取られたあんたが迂闊だったんだろ!」
「その通りだ。別に文句を言いに来たわけじゃない」
「もう一銭ものこって……え?」
ぽかん、とした表情になる。
「俺は貴様に仕事を紹介にきた」
「し、仕事……?」
「そうだ。貴様、俺に雇われてみないか? 人手が足りなくてな。金は保証する」
トリッシュが胡散臭そうに俺を見上げてくる。
「……何が目的だよ」
「人手が足らんと言ってるだろうが。二度も同じ説明をさせるな。無駄だろうが」
しかしトリッシュの眼には疑いの色が色濃く残っていた。
「へ、へん……! おれを騙すつもりだろ! そうはいくか!」
トリッシュは凄い勢いで走り去っていく。
なるほど、足に自信ありか。
ますます欲しいな。
「ん? …………やれやれ」
俺の眼には、とあるビジョンが【見えた】。
俺はため息をついて、トリッシュの後を追う。
★
アクトと別れたトリッシュは、スラム街の奥へとやってきた。
「くそ……あの兄ちゃん……なんだったんだよ……」
いつも通りスリを行った。
彼女にはだれよりも速く走れるという、特別な才能があった。
これを使って彼女は今までスリを行ってきた。
生きるためだ。
……ただし、自分が面倒を見ている、子供達が、生きるためである。
「……仕方ねえだろ。おれみたいな子供、雇ってくれるとこねーんだから」
トリッシュは親に捨てられた口だ。
他の子供達も同様である。
子供が、しかも保護者の居ない彼らが仕事にありつける可能性はゼロ。
冒険者も、力の無い彼らになれるわけがない。
結局、犯罪に手を染めるほか無い。
ただしみんなができるわけではない。
トリッシュのように特別な才能を持っていない子供達は、餓死を待つほか無いんだ。
「おれが……やらないといけねえんだ。おれが……」
と、そのときである。
「見つけたぞガキぃ……!」
後ろからワインボトルの空き瓶で殴られたのだ。
「つっぅ……あ、あんたは……」
酔っ払った冒険者が、トリッシュをにらみつけている。
前にトリッシュがスリを行った相手だ。
「てめえ……! よくもオレ様から金を取りやがったなぁ……!」
……しくじった。
トリッシュは心の中でひとりごちる。
先ほどの妙な風貌の男に気を取られて、この冒険者に気づかなかったのだ。
「返せよオレ様の金ぇ!」
「そ、そんなもんねーよ! とっくに使っちまった!」
トリッシュはスキルを発動させにげようとする。
だが足がもたげて転んでしまった。
「な、んだ……これ……?」
倒れ伏すトリッシュを、冒険者が見下ろす。
「てめえのやり口はわかってるぜぇ。だから、麻痺のスキルを使わせてもらった」
「く、くそ……」
立ち上がってにげようとするが、足がもつれて上手く動けない。
「大人をからかったこと後悔させてやるぜ……ん?」
冒険者はトリッシュをつぶさに見て何かに気づく。
「ははっ! なんだおまえ女だったのか!」
一見すると男に見えるが、だがよくよく見ると体のラインが女性のそれだった。
「へへっ。ちょうど良い……あのときの借り、体で払ってもらおうかぁ~?」
「や、やめ……やめろ……よぉ……」
冒険者は人気のない路地へと運び、トリッシュを放り投げる。
ズボンを下ろして、トリッシュにまたがる。
「ひひっ! てめえが悪いんだぜぇ? 悪いことをしたら罰を受ける、当然だろぉ?」
……ああ、その通りだ。
この世は因果応報。今まで散々スリを行ってきたのだ。その報いは受けて当然。
……だがその一方で。
「ざ、けるな……なにが、悪い? 悪いのは、おれら子供を産んどいて……無責任に放り出した、大人が悪いんだろ……!」
因果応報がこの世の常なら、自分たち子供が捨てられる理由がないではないか。
「うるせえ! おら、黙って股開け……!」
と、そのときだった。
「うきょっ……!」
男が妙な声を上げて、ドサリと倒れたのだ。
「さ、さっきの兄ちゃん……」
冒険者の背後に立っていたのは、黒髪の青年だ。
「ふん。貴様のせいで、汚いもの蹴ってしまったではないか」
倒れ伏す冒険者を蹴飛ばし、トリッシュに手を伸ばす。
「大丈夫か?」
「う、うん……」
彼はトリッシュを引っ張り上げる。
「いいスキルを持ってるな。だが……もったいない。それをまったく生かせてない」
「え……? ど、どうしてスキルのことを知ってるのだよ……?」
「さてな」
一方で倒れている冒険者が立ち上がる。
「な、なんだてめえ!」
「俺はアクト・エイジだ」
「あ、アクト・エイジぃ~! あ、あの有名な……冒険者ギルドの……悪徳ギルドマスターだと!?」
驚愕する冒険者。
「貴様、そんなガキを犯してみろ。冒険者としてのライセンスを剥奪されるぞ?」
「う、うぐ……く、くそぉ……!」
男が殴りかかろうとする。
だがアクトはそれを華麗に避けると、カウンターを腹部にいれる。
「ふぐぅう……!」
綺麗に一撃が決まり、男が倒れ伏す。
その前に、アクトは懐に忍ばせていた革袋を、彼の前に落とした。
「貴様がこのガキに取られた金だ。きっちり同額用意しておいた。それでチャラにしろ」
「な、んで……?」
「俺の眼は過去を見通す。わかったらこれで水に流せ。【星雲の空】の【ザルゴ】」
名前と所属までも、アクトは見通していたのだ。
「もしもこのことを誰かにもらしてみろ? どうなるかは……貴様自身がよく知ってるんじゃないか?」
「ひ、ひぃいいいいい!」
アクトににらまれた冒険者は、泣きながら立ち去っていく。
「無事か?」
「な、なんで……おれなんかを助けるんだよ?」
困惑するトリッシュに、アクトは鼻を鳴らして言う。
「勘違いするな。貴様を助けたんじゃない。これは、スカウトだ」
「す。スカウト……?」
「ああ。貴様はスラム街を知り尽くしている。それにその俊足……貴様は俺の役に立つ、こいつが欲しい。そう思ったまでだ。貴様を助けたんじゃない」
トリッシュがぽかん……とした表情をする。
「あんた……怒ってないの? おれ、あんたの金とったのに」
「あれは必要経費だ。あんなはした金で貴様のような埋もれた才能の原石が手に入るなら、安いもんだ」
……この大人は、他の汚い大人達と、違う。
トリッシュはそう思った。
「俺の元で働け。他のガキどもも面倒見てやる。報酬ははずむぞ?」
アクトが手を伸ばしてくる。
トリッシュはその手を掴む。
「あんたのもとで働かせてくれ、アクトさん!」
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