102.駄犬メイド、頑張ってギルマスをつとめる
悪徳ギルドマスター・アクトが諸事情で天与の原石を離れている。
その間のギルマス代行として、メイドのフレデリカがつとめることになった。
朝、ギルド会館にて。
「みなさん、おはようございます」
フレデリカは集まっている冒険者、およびギルド職員を集めて朝会をしていた。
「……姐さん緊張してる?」「……だいじょうぶかなぁ」
ギルメンたちは心配そうにフレデリカを見やる。
「それでは本日のクエストを割り振ります」
フレデリカの隣に控えていたのは、受付嬢長のカトリーナだ。
アクト不在の今、フレデリカの補佐官を担当している。
カトリーナがギルメンたちに依頼を配る。
「おっ、こりゃあ……」「へえ……」
それは……見事なものだった。
本人の適性、コンディションをちゃんと考えられている。
「以上です、ではみなさん、よい仕事を期待しております」
フレデリカは頭を下げるとギルマスの部屋へと戻っていった。
ホッ……とギルメンたちは安堵の吐息をつく。
「なぁんだフレデリカの姐さん、ちゃんとギルマスやってるんじゃん」
「ま、あのひと超仕事できるし、ギルマスの仕事も楽勝だろうな」
「よかったぁ……姐さんが困ってるんじゃないかって、おれは心配だったよ」
「ははっ。姐さんに限ってそんなわけないじゃないか」
ギルメンたちが笑顔で会話している。
その様子をカトリーナは黙って見ていた。
「はいはい。無駄話も結構ですが、きちんと仕事してくださいね。もし手を抜いたらアクトさんに叱られてしまいます」
「「「はーい! いってきまーす!」」」
ぞろぞろとギルメン達が出て行く。
残されたカトリーナは吐息をついて、ギルマスの部屋へと向かった。
……さて。
部屋に戻ったフレデリカはというと、デスクに座って書類仕事をしている。
周囲には書類の山ができていた。
「フレデリカ」
カトリーナが声をかけると、ちらっと目線だけをこちらに向けてきた。
「なんです?」
「あなた、無理してるでしょう」
ピタッ、とフレデリカがペンを一瞬だけ止める。
だがすぐにまた仕事を再開した。
「まさか。わたしはマスターよりギルマス代行を任されたのです。主人からの命令に完璧に応える。それが一流メイドというものです」
「その仕事意識はご立派だけど……あなた、ちゃんと寝てるの?」
フレデリカとカトリーナは、実は付き合いが長い。
なにせこのギルド立ち上げ当初から、ふたりともここにいる。
フレデリカがアクトの右腕ならば、カトリーナは左腕といっても過言ではない。
「寝てますよ」
「うそおっしゃい。ファンデーションで目の隈を隠してるじゃない」
フレデリカは首を振って、目元を拭う。
うっすらと隈が出きていた。
いつもナチュラルメイクをするフレデリカからすれば、濃いめの化粧だった。
「あなたには関係ありません」
「大ありよ。あなたは今……誰に何を任されているの?」
「敬愛するギルドマスターから、この場所を守れと命令されました。わたしは完璧にこなすまで」
「いや……フレデリカ。ギルマスは命令したんじゃなくってね……」
「あなたも仕事に戻りなさい。ここは……わたし一人で十分です」
頑ななフレデリカの態度に、カトリーナはため息をつく。
「一人で大丈夫なら、そんな思い詰めた表情で仕事しないの」
カトリーナは彼女に近づいて、肩をもむ。
びくんっ! とフレデリカは強く体をこわばらせた。
「体に力入りすぎ。もっと肩の力抜いてほら」
「よ、余計なことしないでください。誰が肩をもめと命令を?」
「命令じゃないわ。頑張ってるギルマスの労をねぎらうのも、補佐官のつとめ……でしょ?」
あなたがそうであったように、とカトリーナが彼女に言う。
フレデリカはしばし彼女に肩をもまれる。
突然のことに困惑してる様子だったが、しかし拒むことはなかった。
ややあって。
「それじゃ、私仕事に戻るけど、あんま無理しないでね」
カトリーナが手を振って出て行く。
「……大きなお世話ですよ。まったく」
フレデリカは彼女が入れてくれた紅茶を一口啜る。
ふっ……と緊張がほぐれた気がした。
うとうとしだしてしまう……。
「マスター……」
王都に二号店を作るため、一時的にアクトは離れている。
ここを任されたことの重圧よりも、アクトに会えないさみしさの方が辛かった。
と、そのときである。
ピリリッ♪
通信用の魔道具に、着信があった。
寝そうになっていたフレデリカは、あわてて魔道具を手に取って通話に出る。
『貴様、今居眠りしようとしていたな?』
「マスター!」
うれしくてつい、隠していた犬耳と尻尾が出てしまう。
「マスター! ああマスター……マスター……」
一句詠んでしまうほど、アクトの声が聞こえてうれしかった。
パタパタと犬耳と尻尾が揺れ動く。
『仕事、大変そうだな』
アクトは断定口調でそう言った。
こちらからは、経過の報告を特にしていないのに……。
カトリーナがリークしたのだろうか。
『少しは俺の苦労が身に染みたか?』
「ええ、それはもう……骨身に至るまで……」
それより、あなたに会えない毎日が辛いです。
そう言ってしまうのは簡単だった。
しかしアクトは自分の野望を叶える、第一歩のために頑張っている。
彼に余計な心配はかけたくなかった。
『俺に心配をかけまいとしてるようだが……それこそ、余計な心配だぞ』
フレデリカは図星をつかれ、心臓が跳ねる。
『貴様から通話が来たところで、俺の仕事効率が落ちることはない』
「マスター……」
『だから何か困ったことがあれば、遠慮せず通話をかけろ』
キュンッ、と胸が締め付けられる思いがした。
「マスター……うう……でも……めーわくじゃ……?」
『貴様にギルマスを任せたのは俺だ。つまりお前の体調管理は俺の仕事だ』
「……困ったことがなくても、かけていいですか?」
『それで仕事の効率が上がるのなら、気にせずかけてこい。貴様が心労で倒れてしまう方が俺に迷惑が掛かるし、時間の無駄だからな』
ああ……どうして……。
どうしてこの人は、人が困っているとき、くじけそうになっているときに……的確なフォローを入れてくれるのだろう。
フレデリカは正直に、胸の内を告げる。
「……本当のこと言えば、わたしにはこの仕事、無理だと思ってます」
『それは貴様の勝手な判断だ。いいか、よく聞け』
アクトは厳しくも……しかし、優しい声音で言う。
『俺は信用できない相手に、大事なギルドを託したりしない。この意味、わかるな?』
……裏を返せば、フレデリカを信用しているからこそ、アクトは彼女に託したと言える。
「マスター……でも……わたしは……マスターみたいに……できません」
『何も俺みたいに仕事をしろとは一言も言ってない。貴様と俺とは別の人間。能力も性格も違う』
アクトは一息呼吸開けて言う。
『貴様なりの、ギルマスとしてのやり方を模索しろ』
「わたしなりの……やり方……」
『ああ。あとは自分で考えろ。じゃあな』
ぴっ、と通話が切れる。
フレデリカは魔道具を胸に抱く。
「マスター……」
彼の言葉が、優しさが、胸に染みる。
あれは困っているフレデリカを励ましてくれたのだ。
いつだってアクトは、自分を光りある方へと導いてくれる。
敬愛するべき上司が……信頼してくれる。
なんとうれしいことだろうか。
「…………がんばろう」
フレデリカは自分の頬をぺちんと叩く。
カリカリ……と書類仕事を再開した。
先ほどまであった緊張感はなく、リラックスした状態で仕事ができた。
「でも……わたしなりのやり方って……どうすればいいのでしょう?」
そこまでは教えてくれなかった。
あとは自力で探せということだろう。
全て答えを与えるのではなく、頑張る余地を残す。
それでいて突き放さない。
「あなたは最高の上司ですよ、マスター」