101.メイドは主人の代わりを務める
アクトがフレデリカを呼び出してから、数日経過した。
冒険者ギルド【天与の原石】、そのギルドマスターの部屋にて。
ギルメンのトゥースは、【ギルドマスター】から呼び出されていた。
「うう……緊張するぜ……これがウワサの【アクトさんの追放】かぁ」
既にギルドのなかでは有名だった。
アクトに見いだされ、強く育った物は、ギルマスの手でここを卒業されると。
「どんな感じなんだろう……おれ、アクトさんから追放されたことってないし……なんか逆に楽しみだな!」
トゥースもギルドに所属してそこそこ経つ。
こうしてギルマスの部屋に呼びだされ、アクトから次の職場と、卒業を言い渡されるのだ。
「ごちゃごちゃ考えても仕方ねえ。いくか」
トゥースはギルマスの部屋をノックする。
『どうぞお入りください』
「失礼しまっす! トゥース、入ります……!」
落ち着いた雰囲気の室内。
その最奥にある巨大な机。
ギルドマスターの机の前に、この組織のトップである、アクト・エイジが……。
「あ、あれ? フレデリカの、姐さん?」
なんと机の前に座っていたのは、銀髪の麗人フレデリカだったのだ。
「あのぉ……アクトさんは……?」
「……あなた、先日の集会には参加してなかったのですか?」
ぴくり、とフレデリカがこめかみを動かして言う。
「あ、えっと……すいません……休んでました」
「そうですか……マスターは、不在です」
「ふ、不在?」
「……ええ。代わりにわたしがギルドマスターをやっています。いわば【ギルマス代行】です」
「な、なるほど……」
フレデリカは重くため息をついていた。
「さて、トゥース。あなたに話があります」
「あ、はい……!」
彼女は書類を、机の上に置く。
ふたりとも、動かない。
「あのぉ……?」
「何をしているのです。さっさと書類を受け取りなさい」
「は、はい……」
アクトからの書類を渡すのは、専属メイドであるフレデリカの仕事。
しかしアクトが不在で、秘書もいない以上、手渡す係がいないことになる。
トゥースは書類を受け取る。
「そういうことです。お疲れ様でした」
「え!? いや、ちょっと姐さん! 説明が足りなさすぎでは!?」
突然のことに戸惑うトゥース。
一方でフレデリカはため息をつく。
「中に書いてあるでしょう? 書類を読みなさい。今日までお疲れ様でした。もう退出して良いですよ」
「はぁ……わ、わかりました……」
トゥースは拍子抜けしながら、部屋を去って行く。
扉を閉めて、首をかしげる。
1階にある酒場まで降りてきた。
「トゥース、どうだった?」
パーティメンバーが気にして、声をかけてきた。
「なんか……フレデリカ姐さんがいた」
「あー、おまえ聞いてなかったもんな、この間の集会」
トゥースは椅子に座って、仲間から事情を聞く。
「今度このギルド、王都にも支店ができることになったんだよ」
突然のことに、トゥースは目を丸くする。
「王都にも天与の原石ができるってことか! す、すげえ……! さすがアクトさん!」
「まあ確かに最近人も増えてきたからな。王都にギルドを立ち上げる作業で、アクトさんはそっちに行ってるんだ」
「なるほど……それでフレデリカ姐さんが、こっちでギルマス代行してるんだな」
「ああ。一時的にな。アクトさんすぐ戻ってくるとは言ってたけど」
ふたりとも寂しそうな表情になる。
敬愛するギルドマスターがそばにいないと、やはり不安だった。
「で、トゥース。呼び出されたのは、やっぱり追放?」
「さ、さぁ……書類だけポンッて渡されただけだが……」
「見てみろよ、中」
受け取った封筒から書類を取り出す。
中には、次の就職先のリストと、辞令が入っていた。
「やっぱ追放ってことだよな」
「まあここ行けってことだろ」
二人は顔を見合わせて首をかしげる。
「ちょっとさすがに言葉足らず過ぎじゃね、姐さん……?」
トゥースはアクトから追放されたことはない。
だが口伝えでどんな感じだったのかは、卒業するギルメンから漠然とだが聞いたことがある。
今回の卒業式は、なんともあっさりした物だった。
「なんつーか……あれだな」
「簡素ってゆーか、ちょっと冷たいな……大丈夫かな姐さん」
うーん、と首をかしげていた、そのときだった。
「あ、トゥースさん。お疲れ様です」
「カトリーナさん」
受付嬢長の美女カトリーナが、トゥースたちのもとへやってくる。
「ギルマス……アクトさんから預かり物をしております」
「アクトさんから? なんだろう?」
カトリーナから蝋で封をされた書簡を受け取る。
『トゥース。今までご苦労だった。貴様は見所がある、別の場所でもきっとやっていけるはずだ』
……アクトからの激励の言葉に、トゥースは晴れやかな表情になる。
「これこれ、これがないと!」
「なぁ。続きが書いてあるぞ?」
『直接貴様に追放を言い渡せなくて申し訳ない。残念だ』
ぷっ、とトゥース達は吹き出してしまう。
ちょっとずれているところがギルマスらしかった。
『フレデリカのやつからどう追放を言い渡されたのかはわからん。だがヤツも慣れていないのだ。理解してやってくれ。悪気があるわけじゃない』
アクトからのフォローに、トゥース達はうなずく。
「ま、そうだよな。誰だって最初は慣れないもんだし」
トゥースはギルマスの部屋を見上げる。
カトリーナ達もまた。
「おれは出てくけど、後のことは任せるよ。みんなでギルマス……フレデリカ姐さんのこと支えてやってくれよな!」
「「それは、もちろん!」」
なんだかんで、フレデリカもまた、アクト同様に、メンバー達から愛されている。
……そのことに、新米ギルドマスターは、果たして気づけるだろうか。