100.駄犬メイドの休日
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それは、アクトがフレデリカを、超越者【天羽】から引き取った日のこと。
『ついた、地上だ』
アクトに連れられて、フレデリカは迷宮の外に出る。
まぶしい光が彼女を照らす。
『…………』
フレデリカはその場で動けず、ただ困惑していた。
太陽の光が、あまりに強烈過ぎのだ。
『どうした?』
『……まぶしすぎて』
彼女は天羽の手で作られた存在。
一度たりとも、地下から地上へ出たことがなかった。
日の光が存在することは知識として知っている。
だがそれを実感していなかった彼女にとっては、この世界は眩しすぎたのだ。
『…………』
フレデリカは二の足を踏む。
果たしてこんな、光あふれる世界で、地下の住民である自分がやっていけるだろうか。
フレデリカがいるのは、まだ迷宮の入り口。
ここより先は未知の世界が広がっている。
一歩進んでしまえば、もう後戻りはできない。
『何をグズグズしている』
アクトはフレデリカを見て言う。
『……そちら側に行くのが、怖くて。やっていけるのかな、と』
主人はため息をついて、彼女の手を引く。
『あっ……』
『光が怖いのなら、俺の後ろに居ろ。俺が前に立つ。そしてお前は背中を支える。【今は】それでどうだ?』
『マスター……』
アクトの手をジッと見る。
彼の手は……とても暖かくて、この光り輝く世界において、とても頼りになった。
『……ありがとうございます。わたしは、一生あなたの半歩後ろに付き従い、あなたを支えます』
アクトは逡巡の後、何も言わずに歩き出す。
そう、彼が前を歩き、その後ろをついて行く。
フレデリカにとってその距離感が一番心地よかった。
……もう、外の世界は怖くない。
なぜなら自分の前をアクトが歩いているからだ。
『フレデリカ。まずは飯にしよう。何が食いたい?』
『わたしは何でも、マスターがお決めください』
『せっかく初めて外に出たんだ。貴様が決めろ』
『…………いえ』
ふるふる、とフレデリカは首を振る。
『何もないので、マスターにお任せします』
『…………そうか』
アクトは何かを言いたげだった。
だがそれ以上の言及はしてこなかったのだった。
★
それから月日が流れ、フレデリカは現在も、アクトのメイドとして付き従っている。
ある日の朝。
いつも通りフレデリカは目を覚まし、シャワーを浴びる。
ビシッとメイド服に着替えて、使用人たちのもとへ行く。
「あれ? フレデリカねえさま?」
料理長の娘が、厨房で朝ご飯の用意をしていた。
「おはよう」
「おはようございます! あれ? 今日ってねえさま、非番じゃなかったですか~?」
アクトは使用人だろうと、きちんと休みを取らせる。
シフトを組み、週休2日を与えられている。
「ええ、ですが特にすることもないので、お手伝いしますよ」
「ふーん……ありがとう!」
フレデリカは娘と一緒にジャガイモの皮を剥く。
「昨日はお休みでしたが、なにをしてましたか?」
料理長の娘とその母は、昨日が非番だったのだ。
「んとねー、おかあさんと王都の劇場にいってきたの! 勇者ローレンス様の活躍劇! もー、ちょーすごかった!」
よほど楽しかったのか、娘は興奮気味に劇の内容を話す。
「ねえさまも見たら良いよ! 今やってるし、すっごい面白いから!」
しかしフレデリカは首を振る。
「わたしは遠慮しておきます」
「え~。じゃあ、今日なにするの?」
「特に。いつも通りマスターのお世話を」
料理長の娘は首をかしげる。
「お休みなのに?」
「ええ。なにかおかしいですか?」
自分の使命は主であるアクトを支えること。
そこに休日も平日も関係ないのだ。
「変だよぅ。だっておやすみなんだよ? 休まないとっ!」
「わたしに休みなど不要です」
「でも……少しは気を休めないと」
「マスターのために仕事している時が一番心安らぐのです」
「そ、そうなんだ……」
料理長の娘はぽつりとつぶやく。
「……かわいそう」
「え? 何か言いました?」
「え!? ううん、なんでもないよっ!」
と、そのときだった。
「あ! アクトさまー!」
娘がいち早くアクトに気づいて、駆け寄っていく。
「おはようだよぅ!」
「ああ。おはよう。少し早いが飯にしてくれと、貴様の母に伝えてくれ」
「かしこまりましたー!」
たたっ……と少女が出て行く。
フレデリカは立ち上がって、主人の前で頭を下げる。
「おはようございます。起こしにいけなくて申し訳ございません」
「……貴様は非番だろうが。何をしている?」
「……? マスター、どうして、怒っているのですか?」
アクトは常に冷静沈着な男だ。
あまり感情を表に出さないし、その機微は非常にわかりづらい。
フレデリカは主人と付き合いが長いため、かすかな感情の変化も認識できる。
珍しいことに、アクトは苛立ち、怒っていた。
「今日は休め。これは命令だ」
「命令……」
主人の命令は絶対だ。
しかし……休めと言われても、どうすればいいのか皆目見当が付かない。
困惑することしばし。
ふぅ……とアクトが諦めたようにため息をつく。
「……もういい。好きにしろ」
ホッ、とフレデリカは安堵の吐息をついた。
よかった、これでアクトの側に仕えることができると。
「では、朝食の準備をして参ります。しばし食堂でお待ちください」
「……ああ」
やはりアクトは珍しく考え込んでいた。
何を悩んでいるのだろう。
フレデリカは主人の下を離れながら考える。
「強敵をどうやって排除するか、でしょうかね」
特に最近は悪神という厄介な相手が現れたのだ。
恐らくはそのことについて考えているのだろう。
そうだ、きっとそうに違いない。
「フレデリカ」
「はい?」
立ち止まって、彼の方を見やる。
「もしも俺が死ねと言ったら、貴様はどうする?」
「? 死にますけど」
即答だった。
主人の命令は絶対なのだから、死ねと命令されれば喜んで首を差し出す。
「では質問を変えよう。俺が死んだら、どうするつもりだ、貴様?」
……そう言われて、またもフリーズしてしまう。
アクトが、自分の愛する主人が死んだら……?
「……考えたことも、ありませんでした」
死ねと命じられれば死ぬ。
それは命令だからだ。
だがアクトが死んだ後どうする?
自分も後を追って死ぬのか?
だがマスターたる主人は死ねと命じていないのに……?
フレデリカはフリーズしてしまった。
普段全く考えないことを質問されたので、答えが出せないのだ。
「そうか。よくわかった」
アクトは静かに、何かを決意したような表情になる。
「フレデリカ。貴様に話がある。あとで俺の部屋に来い」