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100/229

100.駄犬メイドの休日

書籍版6/12にGAノベル様から発売します!

予約開始してますので、よろしくお願いします!


 それは、アクトがフレデリカを、超越者【天羽あもう】から引き取った日のこと。


『ついた、地上だ』


 アクトに連れられて、フレデリカは迷宮の外に出る。


 まぶしい光が彼女を照らす。


『…………』


 フレデリカはその場で動けず、ただ困惑していた。

 太陽の光が、あまりに強烈過ぎのだ。


『どうした?』

『……まぶしすぎて』


 彼女は天羽あもうの手で作られた存在。

 一度たりとも、地下から地上へ出たことがなかった。


 日の光が存在することは知識として知っている。

 だがそれを実感していなかった彼女にとっては、この世界は眩しすぎたのだ。


『…………』


 フレデリカは二の足を踏む。

 果たしてこんな、光あふれる世界で、地下の住民である自分がやっていけるだろうか。


 フレデリカがいるのは、まだ迷宮の入り口。

 ここより先は未知の世界が広がっている。

 一歩進んでしまえば、もう後戻りはできない。


『何をグズグズしている』


 アクトはフレデリカを見て言う。


『……そちら側に行くのが、怖くて。やっていけるのかな、と』


 主人はため息をついて、彼女の手を引く。

『あっ……』

『光が怖いのなら、俺の後ろに居ろ。俺が前に立つ。そしてお前は背中を支える。【今は】それでどうだ?』


『マスター……』


 アクトの手をジッと見る。

 彼の手は……とても暖かくて、この光り輝く世界において、とても頼りになった。


『……ありがとうございます。わたしは、一生あなたの半歩後ろに付き従い、あなたを支えます』


 アクトは逡巡の後、何も言わずに歩き出す。


 そう、彼が前を歩き、その後ろをついて行く。

 フレデリカにとってその距離感が一番心地よかった。


 ……もう、外の世界は怖くない。

 なぜなら自分の前をアクトが歩いているからだ。


『フレデリカ。まずは飯にしよう。何が食いたい?』


『わたしは何でも、マスターがお決めください』


『せっかく初めて外に出たんだ。貴様が決めろ』


『…………いえ』


 ふるふる、とフレデリカは首を振る。


『何もないので、マスターにお任せします』

『…………そうか』


 アクトは何かを言いたげだった。

 だがそれ以上の言及はしてこなかったのだった。


    ★


 それから月日が流れ、フレデリカは現在も、アクトのメイドとして付き従っている。


 ある日の朝。

 いつも通りフレデリカは目を覚まし、シャワーを浴びる。


 ビシッとメイド服に着替えて、使用人たちのもとへ行く。


「あれ? フレデリカねえさま?」


 料理長の娘が、厨房で朝ご飯の用意をしていた。


「おはよう」

「おはようございます! あれ? 今日ってねえさま、非番じゃなかったですか~?」


 アクトは使用人だろうと、きちんと休みを取らせる。

 シフトを組み、週休2日を与えられている。


「ええ、ですが特にすることもないので、お手伝いしますよ」

「ふーん……ありがとう!」


 フレデリカは娘と一緒にジャガイモの皮を剥く。


「昨日はお休みでしたが、なにをしてましたか?」


 料理長の娘とその母は、昨日が非番だったのだ。


「んとねー、おかあさんと王都の劇場にいってきたの! 勇者ローレンス様の活躍劇! もー、ちょーすごかった!」


 よほど楽しかったのか、娘は興奮気味に劇の内容を話す。


「ねえさまも見たら良いよ! 今やってるし、すっごい面白いから!」


 しかしフレデリカは首を振る。


「わたしは遠慮しておきます」

「え~。じゃあ、今日なにするの?」


「特に。いつも通りマスターのお世話を」


 料理長の娘は首をかしげる。


「お休みなのに?」

「ええ。なにかおかしいですか?」


 自分の使命は主であるアクトを支えること。

 そこに休日も平日も関係ないのだ。


「変だよぅ。だっておやすみなんだよ? 休まないとっ!」

「わたしに休みなど不要です」


「でも……少しは気を休めないと」

「マスターのために仕事している時が一番心安らぐのです」


「そ、そうなんだ……」


 料理長の娘はぽつりとつぶやく。


「……かわいそう」

「え? 何か言いました?」


「え!? ううん、なんでもないよっ!」


 と、そのときだった。


「あ! アクトさまー!」


 娘がいち早くアクトに気づいて、駆け寄っていく。


「おはようだよぅ!」

「ああ。おはよう。少し早いが飯にしてくれと、貴様の母に伝えてくれ」


「かしこまりましたー!」


 たたっ……と少女が出て行く。

 フレデリカは立ち上がって、主人の前で頭を下げる。


「おはようございます。起こしにいけなくて申し訳ございません」


「……貴様は非番だろうが。何をしている?」


「……? マスター、どうして、怒っているのですか?」


 アクトは常に冷静沈着な男だ。

 あまり感情を表に出さないし、その機微は非常にわかりづらい。


 フレデリカは主人と付き合いが長いため、かすかな感情の変化も認識できる。


 珍しいことに、アクトは苛立ち、怒っていた。


「今日は休め。これは命令だ」

「命令……」


 主人の命令は絶対だ。

 しかし……休めと言われても、どうすればいいのか皆目見当が付かない。


 困惑することしばし。

 ふぅ……とアクトが諦めたようにため息をつく。


「……もういい。好きにしろ」


 ホッ、とフレデリカは安堵の吐息をついた。

 よかった、これでアクトの側に仕えることができると。


「では、朝食の準備をして参ります。しばし食堂でお待ちください」


「……ああ」


 やはりアクトは珍しく考え込んでいた。

 何を悩んでいるのだろう。


 フレデリカは主人の下を離れながら考える。


「強敵をどうやって排除するか、でしょうかね」


 特に最近は悪神という厄介な相手が現れたのだ。

 恐らくはそのことについて考えているのだろう。


 そうだ、きっとそうに違いない。


「フレデリカ」

「はい?」


 立ち止まって、彼の方を見やる。


「もしも俺が死ねと言ったら、貴様はどうする?」


「? 死にますけど」


 即答だった。

 主人の命令は絶対なのだから、死ねと命令されれば喜んで首を差し出す。


「では質問を変えよう。俺が死んだら、どうするつもりだ、貴様?」


 ……そう言われて、またもフリーズしてしまう。

 アクトが、自分の愛する主人が死んだら……?


「……考えたことも、ありませんでした」


 死ねと命じられれば死ぬ。

 それは命令だからだ。


 だがアクトが死んだ後どうする?

 自分も後を追って死ぬのか?

 だがマスターたる主人は死ねと命じていないのに……?


 フレデリカはフリーズしてしまった。

 普段全く考えないことを質問されたので、答えが出せないのだ。


「そうか。よくわかった」


 アクトは静かに、何かを決意したような表情になる。


「フレデリカ。貴様に話がある。あとで俺の部屋に来い」

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[一言] 怖い怖い、お説教タイム〜
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