10.悪徳ギルドマスター、迷宮ボスと戦う
俺はフレデリカ・妖精のミザリィとともに、ダンジョンへと向かう。
鑑定眼と固有時間加速を組合せ、極力戦闘を避けながら、素早く地下へと潜っていく。
そしてボス部屋の扉を開けて中に入ると、広いホールへと到着。
『グロァアアアアアアアアアア!』
下半身がタコ、上半身が巨人。
黒い触手が無数に生えており、冒険者達に襲いかかっている。
「はぁ……! はぁ……! ここまで……ですの……」
『グロァアアアアアアアア!』
太い触手がロゼリアに襲いかかろうとしたそのとき。
俺は一瞬で距離を詰め、彼女を連れて、攻撃を躱す。
「ギルマス!」
「ロゼリア、無事か?」
触手が通り過ぎたあと、地面はえぐられていた。
よく見ると触手は柔らかそうで、しかし刃物のように黒光りしている。
「フレデリカ」
「御意。マスターは負傷者の確認と治療を」
俺はロゼリアを抱いたまま、フレデリカと別れる。
カッ……! とフレデリカの体が光り輝くと、巨大な狼・フェンリルへと変貌する。
『異形なるモンスターよ、わたしが相手です』
フェンリルの登場に巨人は驚き、そちらに注意が向く。
その隙を突いて俺は離れる。
「ギルマス……助けに来てくれたのですね……わたくしのために」
「勘違いするな。俺はこいつに呼ばれてきただけだ」
『ご主人さまああああ!』
分身体のミザリィが、ロゼリアに抱きつく。
「すぐに治療する、パーティメンバーの元へ」
「は、はいっ」
部屋の隅に、パーティメンバー達がいた。
ミザリィが風の結界を張ることで、触手を防いでいたらしい。
「救援と防御、見事な腕だ」
俺はミザリィの本体の頭をなでる。
「よく頑張った。後は任せろ」
『うう……ぐす……』
じわ……とミザリィが涙を流す。
「ギルマス……」「すみません……」
ケガして動けない彼らの前に俺はしゃがみ込む。
『どうするの? 治癒魔法なんて、使えるの?』
俺は時王の眼を発動させる。
流血していた彼らの血が、ぴたりと止まる。
「痛みが止まった!」「すげえ! ギルマスやべー!」
『なっ!? 止血だけじゃなく、痛みまで!? いったいなにを!?』
「固有時間加速の応用だ。俺の目を見たやつらの体内時間を遅くすることで、ケガの進行を止める」
「すごい……これなら、ケガが悪化して失血死することもない。あとでゆっくり治療すれば良いわけだし……」
応急処置を終えて、俺はきびすを返す。
「ギルマス、どうするのですか?」
「俺とロゼリアでボスを倒す」
比較的軽傷なのはロゼリアだけだからな。
俺が言うと、パーティメンバー達は声を張る。
「ギルマス……おれたちは戦えます!」
「だめだ。今のお前達は死を延ばしてるだけに過ぎん。無茶して反撃を喰らえば死ぬ」
「け、けど……ギルマスが戦うってのに、おれたちだけ黙って見てるなんてできません!」
「そうか、ならば勝手にしろ。ただし、ギルマスの命令にそむくやつらは、俺のギルドに必要ない。でていけ」
「そ、そんなの、嫌です……」
「ならば大人しく下がってろ」
彼らがついてこないのを確認し、俺はロゼリアと共に、フレデリカの元へ向かう。
「ギルマスは……やはり、お優しいお方です」
ロゼリアが微笑みながら言う。
「負傷してる彼らに無理をさせないため、あえてあんな冷たい言い方をしたのですね」
「なんだそれは? さっさと片付けて帰るぞ」
俺たちの背後に、ミザリィの分身体がくっついてくる。
『あ、あんな化け物、どうするのよっ』
フェンリル化したフレデリカが、魔法や牙で触手にダメージを与える。
だが斬っても凍らせても、新しい触手が無限に生えている。
俺は鑑定眼でヤツを見やる。
「超再生力を持つ。多人数で、相手の再生力を上回る火力戦をしないと倒せないか」
『た、多人数って! 動けるのは3人だけじゃない!』
「3人もいれば問題ない。フレデリカ、ロゼリア、終わらせるぞ」
「『はい!』」
フレデリカが距離を取り、遠吠えをする。
それは周囲一帯、広範囲を一瞬で凍り付かせる。
『なっ!? なんて高威力の氷魔法なの!? あのタコお化けの下半身が氷づけに!』
俺は固有時間加速で、ロゼリアと共に敵の元へ向かう。
『だめ! 新しい触手が生えてきているわ!』
「せやぁああああああああ!」
ロゼリアが腰から2本の剣を抜き、凄まじい速さで斬撃を繰り出す。
フレデリカが既存の触手を、ロゼリアが新しく生えてくるそれを相手する。
そして残った俺はひとり、敵陣へ突っ込む。
『なにやってるのよあんた! 死ぬわよ!』
「いいえ、これでもう勝ちましたわ」
『何バカなこと言ってるの!? あんな非力な人間になにができるっていうのよ!』
俺は巨人の体を走って駆け上る。
フレデリカは巨人を凍り付かせるのに魔力を使っており、身動できないで居る。
俺はやがて、巨人の眼前までやってきた。
「随分と、好き勝手やってくれたじゃないか」
巨人の目が、俺を捉える。
俺は左目を手で押さえて、限界まで魔力を込める。
「俺の部下を傷つけた罪は重い。死をもって、贖え」
『グロァオアアアアアアア!』
新たな触手が生え、俺に殺到する。
「【固有時間完全停止】」
その瞬間、左目から強烈な赤い光が発生する。
ビタッ……! と触手は俺の体の直前で動きを完全に停止される。
巨人はその場で糸が切れた人形のように、崩れ落ちる。
地面へと落下する俺を、フレデリカが背中で受け止める。
「ご苦労」
『さすがマスター、見事な腕前でした』
フレデリカが人間の姿へと縮んでいく。
俺たちは安全に着地し、ロゼリア達の元へ向かう。
『あの巨人を一撃で!? いったい……なんなの!? なにをしたのよ!』
「俺の目を見た相手の体内時間を、完全に停止させる技だ」
『相手を見ただけで即死させるってこと!? なにそれ凄すぎる! で、でもそんな強い力……使って大丈夫なの?』
「問題ない。帰るぞ」
ぐらり……と俺の体が傾く。
それを、ロゼリアとフレデリカが支えてくれた。
「やはり、あなたはわたしたちの、最高のギルマスですわ♡」
★
後日。
俺の部屋に、ロゼリアがミザリィとともに訪れていた。
『ほんっとうに、ごめんなさい!』
ミザリィは俺の前で、深々と頭を下げる。
俺は【右目だけ】で彼女たちを見やる。
申し訳なさそうに、ミザリィは肩をすぼめていた。
『あたしの迂闊な行動で、ご主人さま達を危険にさらしてしまったこと……心から、反省してます……』
ミザリィは消え入りそうな声で言う。
『あたし、ご主人さまのもとを去ろうと思います』
「なぜだ?」
『だって……ご主人さまだけでなく、ギルメン達にも、それに……ギルマスにも迷惑かけたし』
ミザリィは俺の左目を、痛ましそうに見てくる。
俺の顔半分は、包帯と呪符で、グルグル巻きになっている。
『やっぱり、最後の一撃は、代償も大きなものだったんですよね? ……組織のトップを傷つけたんです、もう、ここにいることは諦めます……』
肩を落とし、出て行こうとするミザリィ。
「待て。ここを去るのは、まだ早い」
『え……?』
「貴様はこのギルドに入って間もない仮加入の新人だ、ギルド証を渡してないほどにな。別に新人から迷惑をかけられる事くらいはギルメンも理解しているし、それでも迷惑をかけた事を悪いと言うのならば、その事は嫌っている俺に対しプライドを捨てて救援を求め、ギルメンの命を助ける手助けを行った事で帳消しだ」
『え? いや……え? で、でも……』
「それに地下でのサポートは見事だった。的確にサポートできる者をこのギルドから逃すのはまだ早い。これからもロゼリア達をサポートしてやってくれ」
俺は予め用意していたミザリィの分のギルド証を手渡す。
『ギルマス……うぐ……ぐすん……うわあああん!』
妖精は俺に抱きついて、わんわんと子供のように泣く。
『あたし、がんばります! 一生懸命ギルマスのために働きますぅうううう!』
そんな姿を見て、ロゼリアが感心したようにうなずく。
「さすがですわ、ギルマス。わたくしたちをすくっただけでなく、新人の教育までするなんて♡」
「それよりロゼリア、今回パーティメンバー達を危険にさらした罰として、しばらく謹慎だ」
「あら、謹慎?」
「そうだ。海辺の街にギルド所有の保養所がある。そこに半月ほどメンバーを連れて謹慎していろ。その間貴様らが海で遊ぼうが何をしようが勝手だ。生活に困らない金は持たせるから安心しろ……なぜ笑う?」
「いいえ、しっかり休養をとってきますわ♡」
一方で、フレデリカもまた苦笑して言う。
「ただの新歓を兼ねた慰安旅行ではないですか。経費で部下を遊びに行かせるとは。とんだ悪徳ギルドマスターもいたものです」
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