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カフヒーで始まった恋  作者: たらふく
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八、着流しのいい男




店の名前は「水連亭すいれんてい」といった。

なんでも、先代の奥さんが水連をこよなく愛する人だったらしく、それに因んでつけられた名前らしい。

水連亭は一階がお客を待たせる応接間、調理場、帳簿をつけるなどの事務的な金銭管理の場、奥へ入ると経営者の住居などがあった。

金銭管理は、おばあがすべて担当していた。


二階は客間が八部屋。

ここは比較的、一見さんなど、庶民を相手にする部屋だった。

広さはそれぞれ四畳半。


三階は上客を扱う客間が三部屋。

最も上客には、糸田が宴をしていた十畳の部屋が一つと、他に八畳の部屋が二つあった。

そして・・三階には渡り廊下があり、いわゆる「離れ」と呼ばれる六畳の個室が一部屋あった。

そこは馴染みの仲になった二人が、床を共にする部屋だった。


そして私が水連亭に来て、一週間が過ぎていた。



「里、一見さんを二階へ案内しな」


真知子が里を、調理場まで呼びにきた。


「何人ですか」

「三人だよ。入口の客間で待たせてあるから、早くご案内しな」

「はい」


今日も相変わらず忙しい。

清助の腕は確かで、評判が評判を呼んで遠くからもここを訪れる人が後を絶たなかった。


「それから水樹」

「はい」


私は食器を棚にしまっていた手を止めた。


「井戸へ行って水を汲んできておくれ」

「はい、わかりました」


調理場の裏口を出ると、地下深くまで掘られた滑車式の井戸が敷地内にあった。

私は水桶を地面に置き、木桶を井戸に放り込み、水を汲み上げた。

この作業は、女子の私にとって辛いものだった。

腕の力もないし、腰も痛くなるし。

けれども文句を言うことは許されなかった。


初枝をはじめとする女子たちは、みんな身体は丈夫だった。

ここへ来るまでは、毎日農作業をしていたからだ。


「ちょっと~」


私が調理場へ戻ると、里がみんなに、なにやら嬉しそうに話をしていた。


「どうしたの?」


私もその中に入った。


「さっき案内したお客さ、いい男だったんだよ~」


里が目を輝かせて言った。


「へぇ~どんな人だったの?」


志歩が訊いた。


「私の好みだったな。背は高いし男前だしさ。それでなにより上品でさ」

「糸田の若旦那とは、えらい違いだね」


房子がそう言って笑った。

糸田の若旦那か・・

あの人、気持ち悪いのよ。

また来るって言ってたけど、嫌だな・・


「ほら、無駄口叩いてると叱られるよ」


美智乃が制した。


「あんな人と馴染みになれたらなあ」


里は美智乃の言葉もスルーして、まだ嬉しそうに喋っていた。


「ほら、なにサボってるんだよ!手を動かしな!」


案の定、私たちは真知子に叱られた。


「はい、御銚子があがったわよ」


調理場でお酒を燗していた初枝が言った。


「あ、それって二階のお客さんだね」


里が間髪入れずそう言った。


「そうよ」

「私が持って行く~」


里は盆に徳利を二本乗せて、客間へ急いだ。


あのクールな里があんなにはしゃいでる。

よほどのハンサムなんだろうな。


「ああ・・里ったら慌てんぼなんだから」


初枝がもう一本、徳利を持ってそう言った。


「あ、じゃあ私が持って行くね」


私はそう言って、盆に徳利を乗せて里の後を追った。

二階へ上がると、里が障子の前で座り、「お酒をお持ちしました」と言っていた。


「里ちゃん、これもだよ」


すると里は「あっ」と言って、苦笑いをしていた。

私は里に徳利を渡し、その場から離れようとした時だった。

里が障子を開けると、なんと城田さんが座っていたのだ。


ちょ・・

ちょっと・・城田さんっっ!

私は心臓が止まりそうだった。


城田さんは紺色の着流しを身に着け、とても凛々しかった。

なによ・・ちょっと・・

そりゃ里ちゃんも一目ぼれするはずだわ・・

いや・・っていうか・・城田さん、こんなところでなにをしているの。


私はただ茫然としたまま、この場に立ち尽くしていた。


「ちょっと、水樹」


部屋から出た里に声をかけられた。


「え・・あっ!なに?」

「なにボーッとしてんのさ」

「いや・・別に・・」

「あ・・見たんだ」

「え・・」

「いい男だったろ?」

「そんな・・私は別に・・」


そう・・いい男だった。

現代で会った城田さんもすごく素敵だったけど、若旦那風の城田さんの方が、あってるというか・・

まさに、この時代にぴったりなのよ。


そこで城田さんのいる部屋の障子が開いた。

私と里は、振り向いて見た。


「あ・・お姐さん方、手水ちょうずはどちらですか」


城田さんが部屋から顔をのぞかせて言った。


「ご案内します」


私は里に先を越された。

そして私の目の前を、城田さんが通った。

その際、じっと見つめる私の視線を察してか、城田さんは私を見た。


「あの・・」


私は里には聞こえない程度の小声で呼んだ。

けれども城田さんにも聞こえなかったのか、不思議そうな顔をして私の前を通り過ぎた。


ヤダ・・城田さん、私のこと忘れてるの?

っていうか・・全然知らない風だった・・


「ちょっと、水樹」


里が戻って私を呼んだ。


「なに・・」

「あんた、なにやってるのさ」

「え・・なにって・・」

「早く持ち場へ戻らないと、また雷が落ちるよ」

「ああ・・そうね・・」


私は、なんなら城田さんが戻って来るのを待つつもりだった。

けれどもあえなく、里に壊された。

そして里は先に階段を下りた。

私は後ろ髪を引かれる想いで、仕方なく階段を下りた。

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