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カフヒーで始まった恋  作者: たらふく
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七、馴染み




その日の夜。

店じまいをして、玄関を上がったところにある、お客さんを待たせる部屋に、奉公人が全員集められた。

私たちは六畳の和室に、座らされていた。


「みんな、今日はご苦労だったね」


そこに一人の男性が入ってきた。


糸田(いとだ)の若旦那は、いつも気前が良くて、お前たちも幸せ者だよ」


男性は袖から何かを取り出した。


「ほら、一人ずつ受け取りな」


みんなは両手を出し、チャリンと音のする硬貨を受け取っていた。


「旦那様、ありがとうございます」


みんなは頭を下げて礼を言った。

旦那様ってことは・・ここの社長ってこと・・?


「おや、見慣れない顔だね」


旦那は私を見てそう言った。


「この子は今日からここで働いている、水樹と申す者です」


嫁の幸恵が答えた。


「ほう、そうかい。ほら、手を出しな」


私はそう言われ、両手を出した。

すると小さな硬貨が十枚落ちてきた。


こんなの見たことない・・

一体、何円なんだろう。


「糸田の若旦那は、またお出でになるから、その時、よく礼を言っとくんだよ」

「はいっ!」


みんなは大きな声で返事をしていた。

私も遅れて返事をした。


奉公人の男の子たちは、まだ小学生のように見えた。

それぞれにお金を貰って、無邪気に喜んでいた。

給仕の女子たちも、「なにを買おうか」と目を輝かせていた。


貨幣価値って・・現代と違うよね。

こんなに喜んでるってことは、結構、高額なのかも知れない。


「はい、みんな。そのお金、ここに仕舞っておくんだよ」


幸恵が隣の三畳ほどの和室を指してそう言った。


「はーい」


みんなは立ち上がって、どこかへ仕舞っている風だった。


「ほら、水樹もおいで」

「はい・・」


隣の部屋へ行くと、小さな木箱が置いてあり、それにはいくつもの引き出しがあった。

引き出しの一つ一つには、名前が書かれてあった。


「水樹の名前も書いておくよ。とりあえず空いているところへ仕舞っておきな」

「あ・・私、自分で書きます」

「は・・?」


私がそう言うと、幸恵はもちろんのこと、みんなも唖然としていた。


「えっと・・あの・・」


私はその意味がわからず、戸惑っていた。


「あんた・・字が書けると言ったね」


幸恵が訊いた。


「はい・・」

「どこで習ったんだ」

「どこでって・・学校ですけど・・」

「学校・・?」

「えっと・・寺子屋・・?みたいな・・」

「まっ・・まさか。あんた農家の子だろう」

「いや・・サラリーマンっていうか・・」

「なにわけのわからないことを言ってるんだい!」

「す・・すみません・・」


ヤバイ・・

言っちゃいけないことを言ってしまったのかも・・


「水樹と言ったね」


旦那さんが私を呼んだ。


「はい・・」

「農民が学問を習うってのは分不相応だよ」

「え・・」

「水樹の家は貧乏だから、奉公に出されたんだろう?」

「・・・」

「嘘を言っちゃいけない。お天道様が許さないよ」

「すみません・・」

甚五郎(じんごろう)さん、嘘なんですか」


幸恵が訊いた。


「嘘に決まっている。どこの世界に農民の子が寺子屋なんかに通えるというんだ」

「まあ、そうですよねぇ」


旦那さんの名前は、甚五郎っていうんだ・・


「みんなもいいかい。人間ってのは、嘘をつくことが一番いけない。嘘をついた人間は、地獄で閻魔様に舌を切られるんだよ。よく覚えておくんだよ」

「はいっ」


みんなは、やや緊張しながら返事をしていた。


「幸恵。お前が名前を書いておやり」

「はい、わかりました」


そして私は、幸恵にお金を渡した。


なんか・・言葉には気をつけないといけないな・・

そっか・・

私は字も書けないキャラなんだな。



そして私は初枝に連れられて、別棟へ向かった。


店の裏に小さな平屋の木造建物があった。

そこは店の立派な建物とは違い、それこそ貧乏人が住むような佇まいだった。


「ここよ」


初枝が玄関の扉を開け、中へ入った。

私や他の女子も後に続いた。

玄関を上がるとすぐに、細い廊下を挟んで左右にいくつか部屋があった。


「みんな、私の部屋に来て」


初枝がそう言った。

初枝の部屋は三畳の小さな和室だった。


せ・・狭い・・


押し入れは無く、布団は畳んでおいてあり、部屋の隅には小物入れと思しき木箱が一つだけ置かれてあった。


「みんな、水樹をよろしくね」


私たちは車座になり、初枝が私を紹介した。


「水樹ちゃん、よろしくね。私は志歩(しほ)よ」


そう言ったのは、土間で初枝の横にいた女子だった。

志歩はいくつかわからないが、キャラ的に言えば、おばさんみたいだった。


「私は房子ふさこ、よろしくね」


房子は小柄で、顔もかわいかった。


「私は美智乃みちの、どうぞよろしく」


美智乃は利発そうな女子だった。現代で例えると生徒会長タイプだ。


「私は(さと)、よろしく」


里は、どこかしらやんちゃな雰囲気を感じた。


「みなさん、どうぞよろしくお願いします」


私はみんなに挨拶をした。


「水樹って、年はいくつなの?」


初枝が訊いた。


「十九です」


みんなの反応に特別な感じはなかった。


「みんないくつなの?」

「私たち、みんな十八よ」


初枝が答えた。


「そうなんだ」


やっぱり同年代だったんだ。

年が近くてよかった。


「あの・・訊きたいことがあるんだけど」


私がそう言った。


「ここって・・純粋な料亭じゃないよね・・」


そう訊くと、里以外は急に戸惑った表情を見せた。


「水樹の言う通りだよ。表向きは料亭だけど、旦那連中が買うところだよ」


里が答えた。


「里ちゃん・・それを口にしたらダメだって・・」


志歩がそう言った。


「志歩はいつもそう言うんだから。本当のことじゃないか」

「そんな言い方・・」

「あの・・今まで馴染みって指名されて・・その・・女になった人とかいるの?」


私が訊いた。


「えっ・・馴染みのこと知ってるの?」


初枝が訊いた。


「真知子さんに言われたの。馴染みになったら給金があがるって。それで断ったら店が潰れるって」

「そうなのね・・。言われたのね」

「ここって・・遊郭なの?」

「いえ・・遊郭ではないの。でも・・実際に馴染みに指名されたら・・断れないのも事実・・」

「私なんか、早くここを出たいから馴染みに指名されるの待ってるんだけどさ」


里は、あっけらかんと言った。


「それはどうして?」


私が訊いた。


「だってさ、たくさん給金貰えると、借金を返せるだろ」

「借金?」

「親に売られたんだよ。あんただってそうだろ」


あ・・確かおばあは「前金払ってある」と言ってたっけ・・

そっか・・それが借金か・・


「うん・・まあ・・」

「ああ~誰か馴染みになってくれないかなあ」


里はやれやれといった風に、ため息交じりにそう言った。


「さて、もう寝るわよ。みんな部屋に戻って」


初枝がそう促すと、みんなはそれぞれ自分の部屋へ行った。


「水樹の部屋は私の隣よ。間取りはここと同じ。じゃ、明日ね。おやすみなさい」


そして私は隣の障子を開け、中へ入った。

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