表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
カフヒーで始まった恋  作者: たらふく
6/55

六、酌




やがて若旦那ご一行が到着し、幸恵が三階に案内した。

私は調理場でお酒を燗にしたり、次々と作られていく料理を食器に盛り付ける作業をしていた。


城田さんとの、あの行為はなんだったんだろう。

これってきっと夢を見ているのよ。

すごくリアルだけど、夢って結構リアルだもんね。

どこかで途切れて、覚める時が来るわ。


私はそう考えながら、もくもくと仕事をこなしていた。


「水樹。お前は手慣れているね」


真知子が私の手際の良さを言った。


「そうですか・・」

「その調子でやっとくれよ」

「はい・・」

「それと、あとでお前を連れて行くから、そのつもりでいとくれよ」

「あ・・はい・・」


そして時間は過ぎ、私は真知子に燗酒を持って行くよう言われた。


「三階だからね」


私は木の盆に徳利を二本乗せ、真知子の後に続いた。


「私ら給仕はこの階段を使うんだよ」


玄関から上がって中へ進むと、廊下を挟んで階段が左右に分かれていた。

私たちは左を上がった。


「右はお客さんが使う階段だから、よく覚えておくんだよ」

「はい・・」


そして三階に到着し、廊下のすぐそばに障子で囲われた部屋があった。


「ここだよ。さっ、盆を置いて声をかけるんだよ」

「え・・なんと言えばいいんですか」

「失礼します、お酒を持って参りました、だよ」

「はい・・」


私は少し戸惑ったが、覚悟を決めた。


「失礼します。お酒を持って参りました」

「ご苦労さん」


中から男性の声が聞こえた。

そして障子が開いた。


するとそこは、十畳ほどの広い和室で、上座に若旦那と思しき男性が座り、その横には芸者さんが座っていた。

若旦那を挟んで左に二人、右に三人の男性がそれぞれ座っていた。


「どうも若旦那、この子は今日からここで働くことになりました水樹と申します。どうぞ以後、お見知りおきを」


真知子は私を紹介した。


「ほーぅ、器量よしだね」


若旦那が私をじっと見つめた。

なんか・・キモイんですけど・・

若旦那は年こそ若そうに見えたが、コロコロと太り、顔も・・イケてなかった。


「ほら、ご挨拶しなさい」


私は真知子にそう言われ「水樹です・・よろしくお願いします」と頭を下げた。


「どうだい、こっちへ来て酌をしてくれないか」


若旦那がそう言った。


「え・・」


私が戸惑っていると、真知子に「お酌をさせてもらいなさい」と言われた。


「水樹だっけ。ほら、そんなところで座ってないで、若旦那のお相手をなさいな」


芸者さんがそう言った。

なんて綺麗な人なんだろう・・

まるで日本人形みたい・・

この人が江梨子姐さんなんだな・・


「ほら、早く」


私は真知子に急かされた。

なんか・・時代錯誤感、半端ないんですけど・・

現代だったら完全にパワハラよね。


私は仕方なく若旦那の横に座った。

若旦那は私を舐めるように見ながら、猪口(ちょこ)を差し出した。

私は酌の仕方もわからず、片手で徳利を持って注ごうとした。


「あはは。水樹、私が手本を見せてあげるから、よく見ておくんだよ」


江梨子がそう言い、徳利を両手で支えるようにして持ち、白くて綺麗な長い指と、(しな)を作った所作で猪口に注いだ。


なんて・・女性らしいんだろう・・

いやいや・・見惚れている場合じゃない。

私は芸者じゃないし、部下でもない。

こんなこと・・できない・・


「わかったかい?」


江梨子は微笑んだ。


「あ・・はい・・」

「じゃ、やってごらん」

「はい・・」


私は両手で徳利を持ち、若旦那の猪口に注いだ。

でも手は震えていた。


「なにごとも、経験だからね。早く慣れるといいね」


若旦那がそう言った。


「す・・すみません・・」

「若旦那、申し訳ありません」


真知子が詫びた。


私が立とうとすると、若旦那が私の袖を引っ張った。


「え・・なにか・・」

「次に来た時も、水樹が酌をしてくれ」


若旦那はいらやらしい目で私を見上げていた。


「やだわ~、若旦那。私の立場がありゃしませんって」


江梨子がそう言って笑い、若旦那の腕を引っ張った。


「水樹、もういいよ」


江梨子が私を解放してくれた。

私は一礼して部屋から出た。


「これ、水樹。障子を閉めなさい」


真知子が言った。

私が閉めようとすると「座ってだよ」と真知子に言われた。

そして私は言われた通りにした。


「水樹」


階段を下りながら真知子が私を呼んだ。


「はい・・」

「あまり気にすることはないよ。徐々に慣れていけばいいのさ」

「あの・・私、またあんなことしないといけないんですか・・」

「あんなこと?」

「えっと・・お酌とか・・」

「当然じゃないか。なに言ってるんだい」

「だって・・運ぶだけだと思って・・」

「あんたね・・」


真知子は二階の階段を下りたところで、足を止めて私を見た。


「馴染みとして指名されたら、給金がいくら貰えると思ってるんだい」

「馴染み・・?」

「私はね、年行きだから関係ないけど、あんたたち若い娘には馴染みを待ってる子もいるんだよ?」

「あの・・馴染みって・・どういう意味ですか・・」

「かっ。言わせるってのかい。察しの悪い子だねっ」

「・・・」

「女だよ」

「え・・」

「馴染みってのは、女になるってことさ」


なによそれ・・

愛人ってこと・・?

バカなっ。

冗談じゃない・・


「それって・・指名されても断れるんですよね・・」

「あはは。ほんとあんたはウブだねぇ。そんなこと出来るわけないだろう」

「どうしてですか」

「断ったりしたら、店が潰れちまうよ。それでもいいのかい」


ちょっと・・どういうこと。

それと・・城田さんよ。

怖くないって言ってたじゃない。

ぜっんぜん、違うんですけど!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ