五十四、身請け
「僕もそうですが、水連亭の皆さんも、あなたを探し回っていました」
私と城田さんは、互いに向き合う形で話を続けていた。
そうしたのは私だった。
横に寄り添って、というのには、とても抵抗感があった。
「そうですか・・申し訳ないです」
「けれども、探しても探しても見つからず、皆さんは諦める他なかったのですよ」
「・・・」
「僕も同じです。もしかしたら、もうこの世にいないかとも思っていました。でも生きていてくれて、本当によかったです」
「私は・・剛三を殺しに行ったのです」
「えっ・・」
「千代さんの事故も、剛三の仕業でした。私は次は城田さんが殺されると思い、もう殺すしかないと・・。その時、返り討ちに遭い私は手籠めにされたんです・・」
「水樹さん」
「はい・・」
「剛三は逮捕されました」
「えっ!」
私は思わず大声を挙げた。
「僕も両親も、事故ではないとわかっていました。それで知り合いに弁護士を紹介してもらい、徹底的に調べつくした結果、剛三の差し金だとわかり、今は刑務所に入っています」
「そうだったんですか・・よかった・・よかったですね・・」
「これで千代は浮かばれました」
「でも・・千代さんお気の毒に・・」
「あなたが剛三の手籠めにされたのは、僕の責任です」
「ち・・違います」
「僕はあなたを守り切れなかった。当時の僕は、あなたとの交際を固く禁じられ、千代が亡くなったことであなたを思いやる余裕がありませんでした」
「そんな・・」
「だから僕のせいです。水樹さん、本当に申し訳ないことをしました」
城田さんは深く頭を下げた。
「やめてください。私が勝手にやったことです」
「この二年間・・あなたがどんな気持ちでここで働いていたのかと思うと・・」
「私が選んだことです・・」
「僕を・・僕を頼ってほしかった・・」
「・・・」
「水樹さん」
「はい・・」
「今でも僕のことが好きですか」
私は言葉に詰まった。
好きに決まってる・・
でも、私はもう・・こんなに汚れてしまった・・
「どうですか。答えてください」
「私は城田さんに相応しくありません・・」
「そんなこと訊いてません。僕のことが好きなのかを訊いているのです」
「もう私は・・城田さんを好きになる資格なんて・・ないんです」
「水樹さん!」
城田さんは突然、怒鳴った。
「僕のことを好きだと言えないのですか。それとも・・僕の自惚れなのですか。ならば僕はもうあなたには会いません」
「城田さん・・」
「どうなのですか・・答えてください」
「好きに・・決まってるじゃないですか・・好きです・・ずっと・・ずっと変わらず好きです・・」
「やっと素直になってくれましたね」
「ほんとに・・こんな私でいいんですか・・」
「愚問です」
私は嬉しくて、また泣いてしまった。
「これからは二人で生きていきましょう」
「でも、ご両親が・・」
「僕がここに店を出したのは、自立するためですよ」
「え・・」
「あなたがここに居るとは知りませんでしたから、場所をここに決めたのは偶然なのですけどね」
「・・・」
「やはり僕たちは巡り会う運命だったのですよ」
「・・・」
「水連亭の皆さんにも会って、安心させてあげなさい」
「はい・・」
こうして私は、城田さんに身請けをされることが決まった。
翌日、私は作之助に会いに行った。
「おや、桜じゃないか」
作之助は店の前に立っていた。
「こんにちは」
「どうしたんだい」
「お話がありまして」
「そうかい。じゃ、歩きながら聞くよ」
そして私たちは通りを並んで歩いた。
「作之助さん」
「なんだい」
「実は私、身請けされることが決まったんです」
「え・・誰に?」
「城田さんという呉服屋の若旦那です」
「城田・・?知らないなあ」
「最近、近くに越してこられた方です」
「ちょっと・・どういう関係なの」
「昔の知り合いです」
「へぇ~。その昔の知り合いがいきなり身請け?」
「はい」
「そっかあ。なんだか淋しくなるよ」
「今までよくしてくださって、ありがとうございました」
「いや、こちらこそ。桜といると心が安らいだよ」
「ありがとうございます」
「桜、嬉しそうだね」
作之助は私の表情を見て、そう言った。
「はい、とても嬉しいです」
「あはは、ごちそうさま」
「作之助さんも、いい人見つけてくださいね」
「ありがとう。桜、幸せにね」
その後、城田さんが、おばあに身請けのことを話すと、「桜は売られてきた子じゃないから、身請け金は要りませんよ」と言った。
そう、私には借金がなかったのだ。
普通、遊女になる女性は、みんな身売りされた人たちばかりだ。
そのため年季というものがある。
それは水連亭も同じだった。
私のように、自ら遊女になるのは、ごく稀なのだ。
それに私は、作之助の馴染みだったとはいえ、あまり人気のない遊女だったので、おばあも私が辞めることに、さして反対はしなかった。
椿に店を辞めることを告げると、泣いて引き止めたが、同時に喜んでもくれた。
桔梗も牡丹も、私の門出を大変喜んでくれたのだった。
こうして私は遊郭を出た。
そして初めて、城田さんの店へ行くことになった。
花屋から十分ほど歩いたところに、店はあった。
え・・
あの看板って・・
そう・・店の看板には『城田珈琲店』と書かれてあった。
「あの・・城田さん」
「なんですか」
「呉服屋じゃないんですか・・」
「僕、一言も呉服屋とは言ってませんよ」
城田さんが笑った。
「カフヒーって・・」
「あなたにカフヒーを作ってもらいますが、いいですね」
「は・・はい・・」
店の佇まいは、現代で言うところの古民家カフェのようだった。
もちろん建物は、現時点では古民家ではない。
テーブルや椅子も西洋のものだった。
店の奥にはカウンターがあり、その中でコーヒーを作れるようになっていた。
「城田さん」
「なんですか」
「ここを、お一人でされるつもりだったんですか」
「そうですよ。まあ、必要とあらば、人を雇うことも考えていました」
「そうですか」
「でもあなたがいてくれるので、雇う必要はなくなりました」
「・・・」
「僕もカフヒーを作りますよ」
「そうなんですか」
「水樹さんには負けませんから」
城田さんはそう言って笑った。




