五十二、動揺
今日は宴会が入る日だ。
宴会には、桔梗と牡丹の主役級が呼ばれ、私と椿も、いわば補佐役として出席することになっている。
椿が城田さんと思しき男性と、話をした日から二週間が過ぎていた。
宴会を依頼したのは、ここらあたりの地主である、佐久間という男性だった。
いわば大金持ちだ。
私と椿は粗相のないよう、おばあにきつく言われていた。
「地主さんって、どんな人なんだろうね」
椿がそう言った。
「さあね」
「桜ちゃん、三味線を披露するんだよね」
「そうなんだけど、上手くいくかな」
「大丈夫よ」
「椿は舞踊だよね」
「そうなんだけどぉ・・」
「どうしたの」
「私ね、この間のお稽古の時、転んじゃったの」
「あはは、そうなんだ」
「笑わないでよ、もう桜ちゃんったら」
「ごめんごめん。でも大丈夫だよ」
「そうかな・・そうならいいんだけど・・」
私たちはそんな話をしながら、三階の宴会場へ向かった。
「姐さん方・・失礼します」
私が障子の前でそう言った。
「入りなんし」
「はい」
私と椿は、やや緊張気味に中へ入った。
すると上座の中央には、あの日の男性が座っていた。
そう・・城田さんと一緒にいた男性だ。
そして横には、城田さんが座っていた。
私は心臓が破裂しそうな感覚を覚え、思わず顔を背けた。
どうしよう・・
私だとバレてしまう・・
嫌だ・・逃げたい・・
「桜ちゃん・・」
私が部屋の入口で固まっていると、椿に着物の袖を引っ張られた。
私はなるべく俯きながら、下座の隅に座った。
「桜ちゃん・・大丈夫・・?」
椿が小声で言った。
「うん・・大丈夫・・」
「具合でも悪いの・・?」
「ううん、平気・・」
「桜、椿」
私たちは桔梗に呼ばれた。
「はい」
椿だけ返事をした。
「旦那様方にご挨拶しなんせ」
そして椿は先に立ち上がった。
「桜ちゃん・・」
椿が私を小声で呼んだ。
私もなんとか立ち上がり、部屋の中央へ行き、城田さんたちに向かって「椿でございます」「桜でございます」と手をついて頭を下げた。
「ああ、この子たちは見覚えがあるよ」
佐久間がそう言った。
「左様でありんすか。お前たち、光栄なことだね」
桔梗がそう言った。
私はずっと俯いていた。
「これ、桜。顔をお上げなんし」
今度は牡丹がそう言った。
「は・・はい・・」
そして私は顔を上げた。
けれども城田さんは、私と気がついていないようだった。
私が水連亭にいた時は、ずっとスッピンだった。
今は、濃い化粧をしている。
だから、俄かに私とは気がつかなかったのだろう。
私はとりあえず、胸をなでおろした。
「お前たち、旦那様方に芸をお見せなんし」
宴会が始まって一時間ほどが過ぎた時、桔梗がそう言った。
「はい」
椿がそう言って立ち上がり、下座の中央へ移動した。
「では、舞をご披露いたしますので、よろしくお願いいたします」
椿は手をついてそう言った。
「おおっ、これはいいな」
佐久間が嬉しそうに拍手をすると、城田さんもそれに倣って手を叩いていた。
そして椿は、遊女、楓の三味線に合わせ踊り始めた。
私は、次は自分の番だと気が気でなかった。
「よかったぞ」
椿はなんとか転ばずに、そつなく踊って見せた。
そして佐久間と城田さんは拍手を送っていた。
「桜、どうしたんだい」
私が座ったままでいると、桔梗にそう言われた。
「次はお前の番だよ」
「は・・はい・・」
ここは・・堂々としてないと・・反ってバレてしまう。
でも・・小唄は『逢うて別れて』しかやってない。
この唄は、城田さんも知ってる・・
「桜ちゃん・・早くしないと・・」
椿がそう言った。
「う・・うん・・」
私は三味線を手に取り、下座の中央へ移動し、手をついて「小唄を披露します・・」と小さな声で言った。
そして三味線を持ったが、手が震えてどうにもならなかった。
「桜、緊張しなくてもいいよ。稽古通りにやればいいんだよ」
桔梗がそう言った。
「桜、ほら早く聴かせてくれ」
佐久間もそう言った。
「は・・はい・・」
そして私はバチで弦をつま弾いた。
シャン・・シャン・・
ダメだ・・手が震える・・
『逢うて・・別れて・・別れて・・逢うて・・』
私は蚊の泣くような声で唄った。
その声も震えていた。
そこで私は、バチを落としてしまい、演奏が止まった。
「す・・すみません・・」
私は急いでバチを拾った。
「桜、もういいよ」
桔梗がそう言った。
「この子はまだ新米でありんして、今日のところは勘弁してやっておくんなんし」
桔梗は佐久間と城田さんにそう詫びた。
「僕、この唄、知ってますよ」
城田さんがそう言った。
「左様でありんすか」
桔梗が答えた。
「桜さん、また聴かせてください。どうもありがとう」
「すみません・・」
私はそう言って下がった。
「なかなか、かわいい子じゃないか」
佐久間がそう言った。
「桜、旦那様のお目にかなって、よかったね」
桔梗が微笑んでそう言った。
「桜・・具合が悪いなら、下がっていいんだよ」
牡丹が私のそばまで来て、耳元でそう言った。
「はい・・そうさせていただきます・・」
そして私は佐久間と城田さんに手をついて「申し訳ございません」と言い、部屋を出た。
「桜ちゃん、大丈夫なの・・?」
椿が後を追いかけてきた。
「うん、ごめんね」
「そんなのいいのよ」
「ちょっと・・緊張しすぎたかな」
「桜ちゃんらしくないわ・・本当に具合が悪いんじゃないの・・?」
「ううん、緊張しただけ」
「そっか・・。じゃ私は戻るね」
そして椿は部屋へ戻った。
私は城田さんが私に気づいてないことに、心底安堵していた。
でもいつかは、必ずバレる。
「桜さん」
えっ・・
この声は城田さんだ・・
嫌だ・・来ないで。
私は聞こえないふりをして、そのまま階段を下りようとした。
「桜さん」
また城田さんが私を呼んだ。
私は立ち止まって「なんでありんすか」と背を向けて言った。
「具合は大丈夫ですか」
「はい・・お気遣いありがとうございます」
「あまり無理しないでくださいね」
「はい・・」
「実は、桜さんは、僕の知ってる人に似ているので、つい気になってしまいました」
「そうでありんすか」
私はずっと背を向けていた。
「さっきの小唄も、その人と一緒に聴いたことがあるんです」
「そう・・でありんすか・・」
「また機会があれば、聴かせてください」
城田さんはそう言って部屋へ戻った。




