四十六、衝突
それから二日後。
私とおばあは、城田へ向かった。
私は城田さんとのことを反対されることよりも、まずは今回のことを謝りたかった。
城田さんとのことは、その後の話だと思っていた。
「ごめんください」
おばあが店の扉を開けた。
「はいはい、いらっしゃいまし」
そこに番頭の徳が出てきた。
「おや、井坂さん・・」
徳は、あまりいい顔をしなかった。
「旦那様と奥様はご在宅でしょうか」
「あ・・はい、いらっしゃいますが・・」
「井坂が来たと、お伝えくださいませんか」
「いや・・その・・」
「なんでございますか」
「水連亭の方がお見えになっても、お帰り頂くよう・・言いつけられておりまして・・」
「そこをなんとか・・一言、お詫びさせていただきたくて参ったのですが」
「そう申されましても・・」
「徳さん、どうしたの」
そこに妹の千代が現れた。
「あ・・水連亭の・・」
千代も驚いていた。
「お嬢さん・・旦那様に会わせていただけませんか」
「え・・」
「今回のこと・・わたくしどもの責任と痛感しておりまして、お詫びに上がった次第です」
「そうですか・・。でも・・父も母も会わないと思います・・」
「存じております。そこをなんとか・・」
「んー・・ちょっとお待ちください」
千代はそう言って奥へ入って行った。
しばらくすると、母親らしき女性が奥から現れた。
「井坂さん、会わないと申しましたのに、いささか非礼ではございませんか」
母親はとても美人だったが、その表情は怒りに満ちていた。
「城田さん、この度は大変ご迷惑をおかけし、お詫びを申したくて参りました」
「詫びなど結構です。さ、お帰り下さい」
そこで母親は、私を睨みつけた。
「あの・・」
私が口を開いた。
「この度のこと・・本当に申し訳ありませんでした。全ては私の責任です。どうかお許しください・・」
「だから詫びなど要りません。お帰り下さい」
「・・・」
「こんなこと言いたくありませんけどね、この際ですから申しますが、今後一切、うちの浅緋に近づくことは許しませんので、ご承知おきください」
「・・・」
「まったく・・なんてことしてくれたんですか」
母親は自分が発した言葉に、更に怒りが増したようだった。
「この人のせいで、結婚話は破談になり、おまけに浅緋は、またイギリスへ行くと言い出したかと思えば、家を飛び出して、挙句にですよ、この人とのお付き合いを認めろとまで・・。なにを狂ったのか・・私には信じられませんでしたよ」
「あの・・奥様」
おばあがそう言った。
「黙って聞いてりゃ、随分勝手なことを仰るのですね」
「なんですって・・」
「そりゃ、水樹にも責任はあります。ですけどね、そちらの若旦那にも責任はあるんじゃないですか」
「なにを仰ってるの」
「うちの大事な子を何日も連れ回したのは、若旦那ですよ」
「いい加減なことを仰らないで」
「男女の話ってのは、二人が決めることなんじゃありませんかね」
「とんでもない。誰がこんな女郎と一緒にさせられるものですか」
え・・
ちょっと・・
女郎って・・なによ・・
「奥さん・・いま、なんて仰いましたか」
おばあの顔色が変わった。
「はっきり申しますけど、おたくの店は、遊郭まがいのことをやっておられるのは存じております。そんな店で働いている子など、本来なら付き合いどころか顔も見たくございません」
「水樹は女郎なんかじゃありませんよ。読み書きそろばんができる優秀な子なんですよ」
「それがどうしたというのですか。あの店で働いていることに違いはございません」
「言っときますがね、この子ほど身持ちのいい子はいないですよ。私が何度も強要しても、この子は断り続けました。それが元で逃げ出したんです」
「では、全てはあなたの責任じゃありませんか」
「仰る通りです。全て私の責任です。ですからこの子を女郎などと仰らないでいただきたいですね」
「わたくしにとっては、同じことです」
「どうしてですか」
「水連亭の女性たちは、みな同じだと申しているのです」
「母さん!やめてください!」
そこに奥から走ってきた、城田さんが現れた。
「浅緋、あなたは黙ってなさい」
「もういい加減にしてくれませんか。今回のことは僕の責任だと、何度言ったらわかるんですか」
「あなたは人がよすぎるのよ。まったく・・こんな子に騙されて・・」
「違う!騙されてなんかいません。僕は水樹さんが好きです。この気持ちは変わりません」
「浅緋、およしなさい。人前でなんてはしたない・・」
「もう僕は、父さんや母さんの言いなりにはならない。水樹さんとのことをどうしても反対すると言うなら、僕は家を出ます」
「浅緋!いい加減にしなさい!」
「でも逃げるのではありません。自分の人生は自分で決めるだけのことですから」
「出て行きたければ出て行くがいい」
そこに父親と思しき男性が、奥から現れた。
「さっきまで、こいつと話をしていましたが、平行線でどうにも纏まりません」
「旦那様・・」
そこでおばあが軽く会釈をした。
「井坂さん、いずれにせよ、こちらとしては二人を認めるわけにはいきません」
「そうは仰いますが、二人のことは二人が決めるのが一番だとお思いになりませんか」
「結婚というものは、家と家の契りですぞ」
「確かにそうでございますが、こんなに好いている者同士を・・引き裂くのはあまりに酷くありませんか」
「そちらのお嬢さんは、奉公人でしょう」
「そうですが」
「父さん、もういい!これ以上話しても分かり合えない。僕は家を出ます」
「そうか。勝手にするがいい。その代わり、二度とここの敷居を跨ぐことは許さないからな」
「言われるまでもありません」
「ちょっと待ってください・・」
私がそう言った。
「城田さん、少し落ち着いてください・・」
続けて私はそう言った。
「水樹さん、僕は極めて落ち着いていますよ」
「いえ、感情的になっておられます」
「そんなことはありません」
「私は・・水連亭を辞める気はありませんし、家を出るという城田さんにも着いて行く気はありません」
「水樹さん・・」
「私だって・・城田さんが好きです。どうしようもないくらい・・。でも、ご家族の方に背を向けてまで・・みんなを不幸にしてまで・・。その先に本当の幸せがあるとは思えません・・」
「水樹さんは、僕のことを諦めるというのですか」
「そんなこと言ってません。時間をかけるべきだと言いたいだけです・・」
「時間?バカなことを仰らないでいただきだいわね」
母親がそう言った。
「浅緋はもう、二十五ですよ。城田の大事な跡取りなんですよ。一日も早く結婚しないといけないの。わかる?」
母親は、いかにもバカにしたように言った。
「わかっています・・」
「でしたら、さっさと身を引いていただきたいわね。浅緋を好きだと仰るのでしたら、この子の幸せを考えていただきたいわね」
「・・・」
「水樹」
おばあが私を呼んだ。
「そろそろお暇するよ」
「はい・・」
「若旦那様」
おばあが城田さんを呼んだ。
「はい」
「水樹を・・不幸にするようなことだけは、止めてくださいね」
「なにを仰ってるの!そちらこそ浅緋を不幸にしていただきたくないわっ!」
母親が怒鳴った。
「絶対に認めませんからね。もう二度と、来ないでいただきたいわっ!徳、塩を撒いといて」
母親はそう言い残して奥へ入って行った。
母親に続いて父親も奥へ行った。
「あの・・なんか、うちの両親が・・ごめんなさい」
千代がそう言った。
「お嬢さん、いいんですよ」
おばあが答えた。
「私は・・兄の気持ちがわかります。でも両親の気持ちもわかるんです・・」
「・・・」
「とにかく・・両親の無礼は私がお詫びします」
千代はそう言って頭を下げた。
「お嬢さん、頭を上げてくださいな。あなたの言葉で救われました。また店にいらしてくださいな」
そして私とおばあは、店を後にした。




