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カフヒーで始まった恋  作者: たらふく
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四十、和真和尚




五十分ほど走って着いたところは、厳福寺(げんぷくじ)というお寺だった。

市内にあるとはいえ、水連亭からは、かなり離れた位置にあった。


私たちは小さな山門をくぐり、中へ入った。

すると和尚と思しき人物が、境内を掃除していた。


「あの、こんにちは」


城田さんがそう言うと、和尚はこちらを見た。


「僕たち、旅館をなさってる松五郎さんに、ここへ行くように言われまして、参りました」

「ほぅ・・松五郎さんに」

「はい」


和尚はしばらく、私たちを見つめていた。


「なるほど。はい、わかりました」


え・・なにがわかったんだろう・・


「それで、いつまで滞在されますか」


和尚がそう訊いた。


「それは、まだ決めておりません」

「そうですか。いいでしょう」


和尚はそう言って本堂へ向かい、私たちも後に続いた。


「さて、なにか事情がおありのようですね」


中へ入り、和尚は仏壇の前に座ってそう言った。

私たちは和尚と向き合う形で座った。


「はい」


城田さんが返事をした。


「いや、仰りたいことがあるならお聞きしますが、こちらからはなにも訊きません」

「・・・」

「どうか、お二人で悩みを抱えないようにしてください」

「はい」

「ここに居る間は、寺の手伝いをしてもらいますからね」

「はい」

「食事も十分な物は出せませんよ」

「いえ、贅沢は申しません」

「では、庫裏くり)へ案内しますので、着いて来てください」


私たちは和尚に、庫裏と呼ばれる場所へ連れて行かれた。

庫裏とは、いわば僧侶の住まいである。

本堂から少し離れた位置に建っており、小さな家屋だった。


「ここは、今は私だけで住んでいます」


和尚は中へ入りながら、そう説明した。

玄関の左横には、部屋への上り口があり、玄関から真っすぐ行くと土間の奥に調理場があった。


「どうぞ」


和尚は部屋へ上がるよう、私たちに促した。

部屋は、六畳と八畳の和室が縦に繋がってあり、六畳の右横にはもう一つ部屋があったが、そこは障子で仕切られていた。


「さて、これに着替えてください」


和尚は箪笥の中から、二組の作務衣を取り出し、私たちに渡した。


「これは以前、修行僧が着ていたものですが、ちゃんと洗ってありますので」


和尚はそう言って笑った。


「ありがとうございます」


私と城田さんは同時に礼を言った。


「着替えたら境内に来てください」


和尚はそう言って出て行った。

私と城田さんは、早速、作務衣に着替えた。

もちろん、お互いに背を向けながらだ。


「あはは」


城田さんは着替えを済ませた私を見て笑った。

それもそのはず、私の着た作務衣がダブダブだったのだ。


「そんな、笑わないでくださいよ」

「あはは、すみません」


城田さんの作務衣はピッタリサイズで、とても似合っていた。


「さて、境内に行きましょうか」


城田さんが言い、私たちは外に出た。



それから毎日、修行僧のような日々が続いた。

掃除や洗濯はもちろんのこと、朝夕の勤行(ごんぎょう)も行った。

食事の支度は、主に私が担当していた。

こうして寺にお世話になってから、五日が経っていた。

そして和尚の名は、和真(わしん)といった。


和真は、私たちのことをなにも訊かなかった。

まるで自分たちで答えを見出すのを、待っているかのように感じた。


「水樹さん」


二人で境内を掃いていると、城田さんが私を呼んだ。


「はい」

「今後は、どうしますか」

「・・・」

「いつまでも、ここに置いてもらうわけにはいかないでしょう」

「はい・・」

「僕は考えたのですが、県外へ出て二人で暮らしませんか」

「え・・」

「それしか手はないと思います」


確かにそうかも・・

ここでずっといるわけにはいかない。

でも二人で暮らすって・・どうやって・・


「水樹さんには別の考えがありますか」

「いえ、そうじゃないですけど、どうやって暮らすのですか」

「働きますよ」

「働くって・・」


城田さんは生まれてからずっと、呉服屋の跡取りとして生きてきた。

他で働いたことなんてないはず・・


「僕は頼りないですか」


城田さんって、人の心を見抜くことが苦手と言ってたけど、そんなことないよ。

すぐに私の心は見抜いてる。


「いえっ・・そんな・・」

「あはは。僕はボンボンですか」

「違います・・」

「なんだっていいですよ。生きていくためには働かないとね」

「私も働きます」

「水樹さんの場合、選択肢がたくさんありますね」

「そうですかね・・」

「ま、この話はまたにしましょう。それより和真さんにここを発つことを言いましょう」

「はい」


そしてこの日の夕方・・

勤行が終わった後に、城田さんが「話があります」と和真に言った。


「話とはなんですかね」


和真は、ある種、予想していたような言いぶりだった。


「和真さんには大変お世話になり、お礼の申し上げようもございません」

「はい」

「僕たちは話し合って決めました」

「はい」

「ここを発ちます」

「そうですか。それでどちらへ行かれるのですか」

「県外へ出るつもりです」

「ほーぅ。県外へ・・」

「そこで二人で暮らします」

「なるほど」


和真はしばらく黙ったまま、なにやら考えている風だった。


「まあ・・私はなにも訊かないと申しましたが、話してくれませんかね」


和真はそう言った。

そして城田さんは、事の経緯を話した。

すると和真は「ふーん」と言って、また黙ってしまった。


「もうそうする他、ないのです」


城田さんが言った。


「お気持ちはわかります。でもですよ、もし追っ手が県外まで来たらどうするおつもりですか」

「え・・」

「あなたたちは、また別の県外へ逃げるのですか」


城田さんはそう言われ、なにも返せなかった。


「城田さん」

「はい」

「逃げていては、何も解決しませんよ」

「・・・」

「それに二人で暮らすと仰いますが、あなたのご家族のことはどうするのですか。呉服屋はどうするのですか」

「それは・・」

「それに水樹さんのこと、あなたはこのままで幸せにできるとお思いですか」

「僕は、水樹さんを守ると心に誓ったのです」

「心に誓うのは、誰にでもできますよ」

「・・・」

「あなたが水樹さんを守るというなら、それは逃げないことです」


城田さんは、もうぐうの音も出なかった。


「城田さんは聡明なお方だ。あなたならわかっているはずです。どうすればいいかを」

「あの・・」


そこで私が口を開いた。


「なんですか」

「城田さんを巻き込んでしまったのは、私なんです」

「だからなんですか」

「私が死のうとしなければ・・こんなことには・・」

「そうですね。あなたにも責任があります。いえ、死のうとしたことではありません。城田さんに同意して逃げるのを選んだことです」

「・・・」

「城田さん」


和真が城田さんを呼んだ。


「はい」

「もうわかっているはずです」

「・・・」

「二人で力を合わせれば、なんとかなります」

「・・・」

「急ぐ必要はありませんよ。ゆっくりお考えなさい」


和真はそう言って本堂を出て行った。

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