三十三、分かり合えない
「お姉ちゃん」
カフヒー無料期間も終わり、けっして多くはなかったが、水連亭に客足が戻って来つつあった。
私が客間の掃除をしていたら、五助が呼びにきた。
「なに、五助くん」
私はぞうきんを絞りながら答えた。
「表に若旦那様が来てるよ」
え・・
私は思わず五助を見た。
剛三め・・まだ店も開いてないというのに・・なにしに来たのよ。
「若旦那が私を呼べって言ったの?」
「うん」
「そう・・。わかった」
私はこの機会に文句を言ってやろうと思った。
「お姉ちゃん」
五助がまた私を呼んだ。
「なに?」
「なんでそんな怖い顔をしてるの」
「え・・」
そっか・・。
あいつはとんでもないやつだが、店にとっちゃお客なのよね。
子供を心配させたらダメだわ。
「あはは。そう?怖い顔してたかな」
「うん、してた」
「ごめんごめん。わざわざ呼びに来てくれてありがとう」
「城田の若旦那様は、僕たちにこんなものくださったんだよ」
五助は後ろに隠していた手を、私の前で広げた。
「あ・・」
五助はかわいい金平糖を持っていた。
そしてパクッと口に入れた。
「それを城田の若旦那様がくれたの?」
「うん・・モゴモゴ・・」
「それで・・表で待ってるというのは、城田の若旦那様なの?」
「うん、モゴモゴ・・」
私は五助もぞうきんも放って、急いで玄関まで行った。
すると城田さんが私を見て、微笑んだ。
「城田さん・・こんにちは」
「どうも、お久しぶりですね」
「はい・・」
私はここ最近のことが走馬灯のように頭を駆け巡り、思わず城田さんの胸に飛び込みたい心境にかられた。
「たった今、Tomを港まで送って行った帰りなんです」
「え・・ああ、そうでしたか」
「Tomと旅をしてましてね。それでこれを水樹さんに買って来たのでここへ寄りました」
城田さんは小さな包みを私に渡してくれた。
「あの・・」
私が戸惑っていると城田さんは「開けてください」と微笑んだ。
「はい・・」
包みを開けると、花柄でかわいいすげの櫛が出てきた。
「あの・・これ、私にって・・いいんですか」
「お気に召しませんでしたか」
「いえっ、そうではなくて・・その・・」
私は城田さんの結婚のことを思った。
これを私がもらってもいいのかと、戸惑ったのだ。
「浴衣に合うと思ったんですけどね」
城田さんは、私にプレゼントしてくれた浴衣のことを言った。
「とても嬉しいんですけど・・私がこれを頂いたら、その・・内藤先生に申し訳なくて・・」
「内藤先生?」
「女医さん・・です」
「ああ・・」
城田さんは、あさっての方を向いた。
「水樹さんはお見合いのことを言ってるのですね」
「はい・・」
「あのお見合いは破談になりました」
「えっ」
私は戸惑ったふりをしたが、心の中では飛び上がっていた。
「実は僕、海外へ・・あ、イギリスへ行こうと決めたんです」
「え・・」
飛び上がった私は、一瞬で奈落の底に落とされた。
「イギリスって・・どうしてですか」
「このままでは和装は下火になるばかりです。そこで僕は海外へ行き、和装の素晴らしさを伝えようと考えたのです」
「・・・」
「そのこともあって、結婚は破談にしてもらいました」
うそ・・
それなら・・結婚してここに居てくれる方が、まだマシに思える・・
もう会えないなんて・・あり得ない・・
「もう・・考えは変わらないのですか・・」
「どういうことですか」
「その・・日本に残るという選択肢は・・もうないのですか・・」
「今回の旅で、Tomともよく話したんです。Tomは日本が好きで和装も好きなんです。それで僕に協力してくれることも約束してくれました」
「そう・・ですか・・」
「お店はどうですか。カフヒーは相変わらず人気ですか」
「お店なんて・・ううっ・・」
私は抑えていた気持ちが、涙となって溢れ出た。
「水樹さん・・どうしたのですか」
「ううっ・・ううう・・」
「困ったな・・」
私は止めたくても、涙は溢れ出るばかりだった。
「なにかあったのですか」
そこで城田さんは私の肩を抱き、路地のわきへ連れて行った。
「水樹さん、どうしたのですか」
「わ・・私・・のせいで・・店が・・ううっ・・つぶされ・・そうに・・なって・・」
「え・・」
「これから・・ううっ・・どう・・なるのかも・・わかりません・・」
「どういうことですか」
城田さんは訊き出そうとしてくれたが、私は言わなかった。
今さら相談したところで、どのみち城田さんはイギリスへ行くんだ。
話してしまうと城田さんを困らせるだけだ・・
だって・・城田さんは糸田のことで、私から引いたんだから・・
でも・・なんで今さら櫛なんて・・
なにを考えてるの。
「城田さん・・」
私は涙を拭いて、城田さんを見上げた。
「はい」
「なんで私に櫛をプレゼントしてくださったのですか」
「なんでって・・」
「浴衣もそうですけど・・なんで私に二度も・・」
「浴衣も櫛も、水樹さんに似合うと思ったからです」
「だから・・なんでですか」
「そう訊かれても、似合うと思ったとしか答えようがありません」
「そうですか・・」
「迷惑でしたか」
「いえ・・そんなことはありませんけど・・」
「その櫛も・・浴衣も、必要なければ処分してください」
そう言って城田さんはこの場を去った。
なんでこうなるのよ・・
私の言ってる意味が、全然伝わってない・・
というか・・これって、完全に決裂って感じだよね・・
もうダメだ・・
本当に終わりだわ・・




