三十一、無料券
「なんだってんだい、水樹」
清助は、私がなにを言い出すのかと、興味を示した。
「あの、カフヒーの無料券を配るんですよ」
私は以前カフェで、無料ではなかったが、サービス券を店の前で配ったことを思い出した。
「無料って、なに言ってんだよ」
真知子がそう言った。
「そうだぜぇ。カフヒーは高級品じゃねぇか」
清助もそう言った。
「いえ、だからこそ、そうするんです」
みんなは黙って、私の次の言葉を待っていた。
「高価な飲み物だからこそ、無料で飲んでもらって、あ。でも、量は減らすとかできますし、それでお客さんを呼ぶんですよ」
「そんなこと・・大女将が許すはずがないよ」
真知子はおばあのケチぶりを言った。
「いえ、このままじゃ挽回できませんよ。それに、嘘をまき散らした犯人の思うつぼです」
「そりゃまあ、そうだろうけどよ」
清助が言った。
「私はいい考えだと思うよ」
美智乃が賛成してくれた。
「このまま指をくわえて待つ手はないね」
里もそう言った。
「そうですよ、真知子さん、やりましょうよ」
初枝もそう言った。
「字は、水樹ちゃんが書けるし、できますよ~」
「そうですよ~、私も手伝いますし~」
志歩も房子も賛成してくれた。
「私、大女将さんに相談してみます」
私がそう言った。
「よーしっ、この子たちがこれだけ言ってんだ。俺も一脱がないと、男が廃るってもんよ」
清助がそう言うと「俺も手伝います」と定吉が言った。
真知子は積極的ではなかったが、仕方ないといった風に納得した。
そして私は受付に戻り、このことをおばあに話した。
「どうですか、いい案だと思うんですけど」
「無料って・・まったく、なにを言ってんだい」
おばあは、開いた口が塞がらない様子だった。
「きっと、お客さん、戻ってきますよ」
「あ~あ、これだから商売のイロハを知らない素人は困るんだよ」
「私、券を作ります。いいですよね」
「バカ言ってんじゃないよっ!どれだけ足が出ると思ってんだい」
「駅前で配れば、人も大勢いますし、無料だから絶対に来ます」
「来るに決まってんじゃないか。でも、それだけのことだ。後はないよ」
「・・・」
「続かないって言ってんだよ。そうなったら、あんた責任とれるのかい」
「え・・」
「そんな浅はかな思い付きで、商売に口を出してんじゃないよっ」
まったく・・頑固ったらありゃしないわ。
このままでいいと思ってるのかしら。
どっちが素人よ。
「あの・・女将さん」
そこに清助を先頭に、みんなが受付にきた。
「なんだよ、あんたたち」
「いやね、話は水樹からお聞きになったと思いますがね、どうですか、いっちょやってみませんか」
清助が言った。
「清助!あんたまでなに言ってんだい」
「女将さん、私は反対したんですけど、でもこのままでいいとも思いませんし、ここは試してみるってのはどうですか」
続けて真知子がそう言った。
すると女子たちも、みんなおばあに意見した。
「無料は、もちろん期間限定です。その間だけですから」
私がそう言った。
「あの・・お義母さん」
そこに幸恵もやってきた。
「なんだい」
「そこで話を聞いてたんですが、私はいい考えだと思います」
「お前・・。あ~あ。まったくバカバカしいにも程があるよっ」
「お袋」
なんと、そこに甚五郎まできた。
「お袋は、もう隠居してください」
げ~~・・旦那さん、いきなり何を言い出すの。
他のみんなも唖然としていた。
「ここは水樹がやってくれますし、お袋は芝居でも観て、ゆっくりしてください」
「・・みんなでよってたかって・・私を邪魔者扱いかい」
「そんなんじゃありません」
甚五郎が言った。
「そうじゃないか!なんだってんだい!ああっ、わかったよ。隠居してやるさ。その代わり、店がどうなっても知らないからね。後で私に泣きつくんじゃないよ!」
おばあは立ち上がって、みんなを押しのけて奥へ行った。
うっわあ~~・・これ・・どうするの。
なんか・・また大変なことになっちゃった・・
「水樹」
私は甚五郎に呼ばれた。
「はい」
「お前の案でやってみなさい」
「いいんですか・・」
「私がいいと言ってるんだ。具体的に決まったら報告してくれればいい」
「みんな、水樹を助けてやっとくれよ」
幸恵がそう言った。
「はいっ」
みんなは勢いよく返事をした。
こうして私は、コーヒーの無料券を作ることになった。
期間は一週間だけとし、コーヒーの分量も、通常の半分に決まった。
そして枚数は百枚となった。
後日、みんなで横浜の駅前に行き、手分けして券を配ることにした。
さすがに駅前だけあって、人の往来が盛んだった。
中には洋服を着た男女も、しばしば見受けられた。
その様子は、まるで昭和の古い映画に出てきそうな感じだった。
「カフヒーの無料券です。水連亭のカフヒーです。どうぞいらしてください」
私はそう言いながら、道行く人に手渡していた。
「水連亭って・・客を騙していた水連亭?」
券を受け取った若い男性がそう言った。
「騙してません。あのビラはデマなんです」
「デマ・・?」
「ああっ・・単なる噂です。流言なんです」
「そうなの?」
「水連亭は、いつもお客さまに心を込めて料理をお出ししています。あの噂は全部嘘なんです」
「ふーん。でも無料っていいね」
「はい!とびきりの美味しいカフヒーをご提供しますので、ぜひ、いらしてください」
「うん、わかった」
そう言って男性は去っていった。
その後も、水連亭の噂を信じて券を受け取らない人が続いた。
けれども、比較的若い人はカフヒーを飲んでみたいと言い、結局、全部さばくことができた。
他のみんなもそうだった。
これであとは、お客が来るのを待つだけだ。




