三、偶然
日曜日、私は一人で都心の繁華街へ来ていた。
一人暮らしの私は、休みになるとこうして街ブラするのが趣味だった。
高校を卒業して、地方から上京してきた私には、まだ友達がいなかった。
それが特に淋しいわけでもないが、道行くカップルを見ていると、やっぱり羨ましい。
私は城田さんのことを考えながら歩いていた。
年はいくつかな・・
どこに住んでいるのかな・・
彼女さん・・いるだろうなあ・・
ちょっと歩き疲れたし、お茶でもしよう。
私は一軒のカフェに入り、コーヒーを注文した。
休憩のためでもあったが、その実、我が店のコーヒーの味比べも兼ねていた。
コーヒーを飲みながら、うちのほうが美味しいな、と満足感を味わった。
「いらっしゃいませ」
店員がそう言って席に案内したのは、城田さんだった。
う・・嘘・・。
まさか・・こんなところで会えるなんて。
すごくラッキー!
来てよかった!
城田さんは私には気がついていなかった。
それにしてもお一人だわ・・
待ち合わせかな・・
スーツもいいけど・・私服も素敵だわ・・
城田さんは白のTシャツの上にジャケットを羽織り、ジーンズを穿いていた。
私の斜め前に座った城田さんは、鞄から本を取り出し読み始めた。
読書が趣味なのかな。
私は城田さんが気になって仕方がなかった。
やがて城田さんのもとへコーヒーが運ばれてきた。
城田さんは店員に笑顔で「どうもありがとう」と言っていた。
いつも同じなんだわ。
城田さんって、あんなに素敵なのに、腰が低いっていうか・・きっと育ちもいいのよね。
城田さんがコーヒーを飲み始めた時、私の視線を感じたのか目が合ってしまった。
「あ・・」
城田さんは私に気がついてくれた。
「どうも・・こんにちは」
私は頭を下げて言った。
「お買い物ですか?」
「はい・・」
「そうですか。楽しんでくださいね」
城田さんは上品な微笑みを見せた。
「城田さんもお買い物・・ですか」
私は厚かましいとも思ったが、そう口走っていた。
「いえ・・散歩です」
「散歩・・。おうち・・近くなんですか・・」
「ああ・・まあね」
「あ・・すみません。私ったら余計なこと訊いちゃって・・」
「いいんですよ。よかったらここへ来ませんか」
城田さんは自分の前に座るよう、私に促した。
え・・マジで・・嘘でしょ・・
「いいんですか・・ご迷惑じゃ・・」
「構いません。どうぞ」
私は厚かましくも席を移動した。
ま・・まさかこんな展開になるなんて・・
生きてたら良いことってあるんだわ!
「まだお名前を訊いてなかったですね」
「あ・・私、白川水樹って言います」
「白川さんですか。よろしく」
「は・・はい・・よろしくお願いします」
そこで城田さんは笑っていた。
「なんだか、お見合いみたいですね」
「えっ・・そ・・そんな」
私は顔から火が出そうだった。
「白川さんはおいくつなんですか」
「えっと・・十九です」
「十九。お若いですね」
「城田さんは・・」
「僕は二十五です」
に・・二十五・・ちょうどいい・・
って・・なに考えてるの、私。
「ここだけの話、おたくの方が美味しいですね」
城田さんは小声で言い、また笑っていた。
「そ・・そうですか・・ありがとうございます」
「買い物はもう済んだのですか」
「え・・あ・・まだっていうか・・」
「それなら、お付き合いしますよ」
「え・・」
ど・・どういうこと・・?
これって、デートってことよね・・
「ご迷惑でなければ」
「そっ・・そんな、迷惑だなんて、とんでもないです」
「じゃ、これを飲んだら行きますか」
「は・・はいっ!」
マジで・・こんな展開ってあるんだ・・
嘘みたい・・
ほどなくして私たちは店を出て、歩くことになった。
「すみません・・ご馳走になってしまって・・」
コーヒーは城田さんが奢ってくれた。
「いいんですよ」
背が高い・・
私は城田さんを見上げ、しみじみと見惚れていた。
「僕の顔に何かついてますか」
「いえ・・すみません」
「ちょうどね、妹が白川さんと同い年ですよ」
「そ・・そうなんですね」
「生きてたら、ですが」
え・・妹さん、亡くなられたんだ・・
「そ・・そうなんですか・・」
「事故でね。交通事故」
「・・・」
「もう三年になります」
「お気の毒に・・」
「あ、すみません。こんな話つまらないですね」
「いえ、そんなことありません」
「白川さん」
「は・・はい?」
「もしよければ、僕の馴染みの店に行きませんか」
「え・・」
「ここから歩いて近いんですよ」
「お店って・・どんな・・」
「知る人ぞ知る、です」
「は・・はあ・・」
ちょっと・・なんか展開が早すぎて・・
知る人ぞ知る店って・・なんだろう。
着いて行ってもいいのかな・・