表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
カフヒーで始まった恋  作者: たらふく
29/55

二十九、糸田家




翌日、私が水連亭へ帰ると、おばあが玄関先で待ち伏せしていた。


「水樹っ!こっちへ来な」


私はおばあに引っ張られ、おばあの部屋へ連れて行かれた。


「座んなっ!」


おばあは、私を突き飛ばすように座らせた。


「水樹」

「はい・・」


私は下を向いたまま返事をした。


「こっちを向きなっ」


そして私は顔を上げた。


「あんた・・よくも私の顔に泥を塗ってくれたね」

「・・・」

「今朝、お達しがあったんだよ」

「え・・」

「糸田の若旦那から、もう二度とこの店に来ない、それと常連客や一見まで来させないようにするとね」

「そ・・そんな・・」

「誰のせいだと思ってるんだい!」

「・・・」

「そこでだ。若旦那はお前が土下座して謝りに来れば、考えを変える余地はあると仰ってんだ。それと馴染みになることを約束すればその余地もあるとね」


どうして・・

なんでこうなるんだろう・・

剛三は、なんで私じゃなきゃいけないの・・


「それと!江梨子は解雇するからね」

「ええっ!」

「まったく・・長年、ここで雇ってやったのに、恩を仇で返すとはこのことだよ」

「それだけは・・待ってください」

「なに言ってんだい。あいつは裏切りものなんだよ」

「姐さんに私が頼んだんです。匿ってくれと頼んだのは私なんです」

「同じことさ!それで、このあと謝りに行くからね」

「・・・」

「いいかい!今度こそ胸に叩き込んでおきなっ。お前は逃げられないんだよ。借金返すまではここで働くんだよっ」


どうしよう・・

江梨子姐さん・・

仕事ができなくなってしまう・・

私のせいだ・・


でもっ・・私がなにをしたっていうの・・

どうしてこうなるのよ・・


っていうか・・これって現実なの?

夢なんじゃないの?

もう・・わからなくなった。

あの日、城田さんはなんで私をこの世界に送り込んだのよ。

これってどんな意味があるというの。


「あの・・」

「なんだい」

「私が若旦那に謝って、馴染みになれば姐さんを解雇しないでくれますか・・」

「まあ・・考えてらやらんでもないがね」

「そうですか・・」


「おい!幸恵!」


そこでおばあは嫁の幸恵を呼んだ。


「はい、なんですか。お義母さん」


慌てて幸恵が走ってきた。


「人力車を手配しな」

「どこかへお出かけですか」

「わかってんだろ、こいつだよ!」


幸恵は私を見た。


「それで・・どちらへ」

「糸田のところだよ」

「そう・・ですか・・」

「早くしなっ」

「わかりました」


そして幸恵は出て行った。


「汚いねぇ、その"なり"」


私は離れ用の着物を着ていたが、昨日の騒ぎで薄汚れていた。


「着替えを持ってくるから、待ってな」


おばあはそう言って部屋を出て行った。


もう嫌だ・・

現代へ帰りたい・・

マスターどうしてるかな。

パートの大窪さんも、元気なのかな。


私はもう、涙さえ枯れていた。



ほどなくして私は、おばあと共に人力車に乗り、糸田のもとへ向かった。

造船業を営んでいる糸田の家は、横浜港にほど近いところにあった。


「ここだよ、下りな」


私は人力車から下り、家の大きさに驚いていた。

糸田の家は、木造ながらも立派な建物だった。

大きな門を入ると、現代で言うところのアプローチがあり、やがて玄関についた。


「ごめんくださいまし」


おばあが声をかけた。


「はい」


中から女性の声がして、扉が開いた。


「突然、申し訳ございません。わたくし水連亭を営んでおります、井坂と申します」

「あ、ちょっとお待ちください」


どうやら女性は、お手伝いさんらしかった。

ほどなくして、恰幅のいい中年の男性が現れた。


「ああ・・これは旦那様・・」


おばあは、酷く恐縮していた。


「どうも。それで、井坂さん、なにか御用ですか」

「あの・・若旦那様はご在宅でしょうか」

「ああ・・剛三なら活動写真を観にでかけましたが」

「そうですか・・」

「どうかされましたか」

「いえ・・その・・」


そこで旦那は私を見た。


この人って・・糸田造船社長の寛二郎かんじろう)じゃないのかな。


私は軽く会釈をした。

口籠っているおばあの様子を見て、寛二郎はなにかを察したようだった。


「またうちの剛三が、迷惑をかけたんですね」

「いえ・・迷惑だなんて、とんでもございません。いつもご贔屓頂いております」

「井坂さん、いいんですよ。私にはわかります」

「・・・」

「よかったら上がりませんか」

「いえ・・ここで結構です」

「まあまあ、そういわずに」


そして私たちは寛二郎の厚意で、家に上げてもらった。

私たちが通された部屋は、十畳ほどの落ち着いた和室だった。

障子越しには庭が見え、鹿威しが時を告げるように音を鳴らしていた。


「それで、剛三は、なにをやらかしましたか」


上座に座った寛二郎は、やれやれといった風に訊いた。


「そんな、やらかしただなんて、滅相もございません」

「どうやら、そちらのお嬢さんに関係があるようですね」


寛二郎は私を見てそう言った。


「はあ・・まあ・・」


おばあは、とても言いにくそうにしていた。


「お嬢さん、なにがあったのか言ってください」


寛二郎は、おばあでは埒があかないと思ったのか、私に訊ねてきた。


「はい。失礼かとは存じますが、申し上げます」

「これ・・水樹」


おばあは私を制したが、私はこれまであったことを、全て寛二郎に話した。

そして、ここには詫びに来たことと、馴染みになることも。


「そうでしたか・・」


寛二郎は辛そうな表情をした。


「まことに面目もありません」


寛二郎は私たちに頭を下げた。


「旦那様・・よしてください。頭をお上げになってください・・」


おばあは、半ばうろたえていた。


「水樹さんと仰いましたか」


寛二郎は頭を上げて私を呼んだ。


「はい」

「剛三にはよく言って聞かせますので、今日のところは私に免じて許していただけませんか」

「そんなっ・・旦那様、許すだなんて、とんでもないです」

「そうでございますよ・・若旦那様には、またお越し下さるよう、お伝えください」


ほどなくして私たちは、家を後にした。


寛二郎って・・剛三と全然違うわ。

物分かりのいい人でよかった。

私はやっとの思いで、胸をなでおろすのだった。


けれども・・この後、とんでもないことが起ころうとは、誰も知る由がなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ