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カフヒーで始まった恋  作者: たらふく
28/55

二十八、おばあの事情




ドンドンドンッ!


突然、玄関の扉をたたく音がした。

私も江梨子も驚いて起き上がった。


「誰だろうね・・」


江梨子はそう言いながら、玄関まで行った。


「どちら様」

「私だよっ!井坂だよ」


それはおばあの声だった。


「お待ちくださいな」


江梨子は静かに扉を開けた。


「江梨子さん、うちの子、いるだろ」


おばあはいきなりそう言った。


「まあまあ・・女将さん、落ち着いてくださいな」

「水樹、いるんだろ!」


おばあが叫んだ。

私は布団から出て、玄関へ行った。


「水樹!」


おばあは血相を変えて怒鳴った。


「女将さん、ここじゃなんですからお入りくださいな」

「ああ。邪魔するよ」


おばあは草履を脱ぐ時間も惜しいかのように、部屋へ上がりこんできた。


「水樹っ!あんた、とんでもないことやらかしてくれたねっ!」


そしておばあは、私の頬を叩いた。


「ちょいと、女将さん。いきなりそれはないだろ」


江梨子は私を抱いて庇ってくれた。


「あんたは黙っててくれ」

「ちょっと座ってくださいな」


江梨子はやっとの思いで、おばあを座らせた。

私は叩かれた左の頬を手で押さえ、ただ茫然としていた。


「水樹、あんたも座りな」


私は江梨子に肩を押されて座った。


「それで、女将さん、よくここがわかりましたね」


江梨子が訊いた。


「水樹が逃げていくのを見た人がいるんだよ」

「そうでしたか、それで」

「まさか・・あんたの差し金じゃないだろうね」

「そうですとも。私の差し金ですよ」


江梨子は、はっきりとそう言った。


「なんてことをしてくれたんだい!一体どういう了見だい!」

「女将さん、あんた金に目がくらみ過ぎてるよ。この子は生娘だよ。嫌がる子に無理やりはないだろう」

「あんたに説教される覚えはないよっ。何様だい!」

「私、前から思ってたけどね、水連亭は遊郭じゃないんだ。給仕の子たちも女郎じゃないんだよ」

「私らの苦労も知らないで、よくそんな口が利けるもんだ」

「苦労?はっ、苦労なら死ぬほどしてるさ!」

「芸妓の分際で偉そうに言ってんじゃないよ!」

「女将さん・・もう一度言ってくださいな」


江梨子の怒りは、私も怖いほどだった。


「何度でも言ってやるさ。芸妓のぶんざ」


おばあがそこまで言うと、江梨子はおばあの頬を叩いた。


「なっ・・なにするんだい!」


おばあは叩かれた頬を手で押さえた。


「女将さん、バカにするのもたいがいにしておくんなさいな」

「なんだと!」

「まあ、私のことはいいですよ。それより水樹をどうするつもりだい」

「連れて帰るに決まってるだろう!」

「それでまた、糸田の手籠めにさせるんですか」

「はっ。若旦那はそれどころじゃないよ。面目丸つぶれでお怒りになって帰ったさ」

「自業自得じゃありませんか」

「なに言ってんだい。若旦那は大金払ってんだ。それをこの水樹は・・」


おばあはまた、私を叩こうとして、手を振り上げた。


「お止めなさいな!若い子に手を上げてどうするんですか!」


江梨子はおばあの腕を掴んだ。


「口で言ってもかわらないなら、こうするしかないんだ!」

「だから・・お止めなさいって!」

「あんた、なんなんだい。どうしてこんな小娘をそこまでして庇うんだ」


おばあは手を下した。


「だって、かわいそうじゃありませんか」

「かわいそう?ふんっ。この子はうちに借金してんだ。かわいそうが聞いてあきれるね」

「女将さん・・もういい加減になさいな」

「なんだっ」

「あんた・・なにか心に引っかかってることがあるんじゃないですか」

「なにを言ってるんだいっ」

「ここまで拘るってのは、金だけじゃないでしょう」

「・・・」


そこでおばあは、口をつぐんだ。


「そりゃ私は女将さんになにがあったのか知りやしませんよ。でも人生、長く生きてたら苦労を乗り越えてきたことくらい察しがつきますよ」

「・・・」

「私だって死ぬほど苦労したんですよ。嫌な思いは数知れず。こんな商売ですし、手籠めにされたことだってありますわね」


え・・姐さん・・

そんな過去が・・


「水樹・・」


おばあが私を呼んだ。


「はい・・」

「明日、帰って来るんだよ」

「・・・」

「お前には借金があるってことを、忘れんじゃないよ」


おばあはそう言って、家から出て行った。


「姐さん・・なんか・・すみません」

「ああ~~帰ってくれてよかったよ」


江梨子は、やれやれといった風に背伸びをした。


「なんか、寝そびれたね」


江梨子はそう言って土間へ下り、湯を沸かしていた。


「あ、姐さん、お手伝いします」


私も土間へ行った。


「いいんだよ。あんたは座ってな」

「・・・」

「あんた、お酒呑んだことあるのかい?」

「いえ・・ありません」

「おや、そうかい。じゃ呑ませてあげるよ」


そして江梨子は酒を燗にして私に出してくれた。


「ほら、猪口を持ちな」

「あ、はい」


江梨子は徳利から酒を注いだ。


「ほら、味わってみな」

「いただきます・・」


ゴクン・・

うわっ・・喉がカーッとなる・・

これって美味しいのかな・・


「どうだい」

「えっと・・喉が熱いです・・」

「あはは。沁みたかい」

「はい・・」

「どれ、私にも()いでおくれ」


江梨子は猪口を差し出した。


「はい、どうぞ」

「ああ~・・美味しい」


江梨子は一気呑みした。


「酒の味なんて、わかるようになっちゃダメだよ」

「え・・」

「自分を大事にするんだよ」

「はい・・」

「私が言ってる意味、わかってるのかい」

「え・・意味って・・」

「城田の若旦那のことさ」

「・・・」

「あんた、惚れてんだろ」

「はい・・」

「まあ、色々とあるんだろうが、くすぶってないで気持ちを伝えたら?」

「そんな・・できません」

「どうしてだい」

「城田さん・・結婚するんです・・」

「おやまあ・・」


江梨子は、お手上げだと言った風な表情になった。


「そうだったのかい。それは辛いだろうね」

「はい・・」

「まあ、男なんて五万といるんだ。そのうちいい人が現れるよ」


そして江梨子は、私の猪口に酒を注いだ。

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