二十七、反乱
―――そして次の日の夜だった。
三度、剛三が私を指名してきた。
おばあは「今度こそちゃんとするんだよっ」と言い、私の体調も確かめた。
私はもう、いよいよ逃げられないと痛感し、言われるがまま離れへ行くしかなかった。
「いいね、これ以上、何かあったら店は潰されるんだよ。よく肝に銘じなよ」
私は幸恵にも、そう念を押された。
そうよね・・
私次第で、店の運命が変わるんだよね・・
私さえ我慢すれば済むことなんだ。
そうよ。
たかが・・寝るだけじゃない。
命を取られるわけじゃないのよ・・
私がこのような諦めの境地に至ったのは、やはり城田さんのことが大きかった。
もう城田さんは結婚するのよ。
私がどれだけ思いを募らせても、所詮は無理なんだよね。
私は覚悟を決めて離れへ向かった。
「水樹です」
私は障子の前でそう言った。
「来たか。入れ」
中から剛三の声がした。
「失礼します」
私は障子を開けて中へ入った。
剛三の姿を見たとたん、吐きそうになったがなんとか堪えた。
「酌をしてくれ」
剛三は横になりながら、右手で頬杖をつき、左手で猪口を差し出した。
「はい」
私は剛三の傍へ寄り、徳利を持って酌をしようとした。
「水樹」
「はい」
「おひとつどうぞ、くらい言えないのか」
剛三は下から私を見上げた。
「すみません・・おひとつどうぞ」
そして私は酌をした。
剛三はグビッと流し込んだ。
「気分はどうだ」
「え・・」
「こうして僕と二人で居る気分だよ」
「はい・・とても楽しいです」
「あはは。それにしては顔がこわばっているな」
「そう見えますか。すみません」
「まあいい。ほら」
剛三は起き上がって胡坐をかき、また猪口を差し出して催促した。
「どうぞ」
そして私は酌をした。
「水樹はここの生まれなのか」
「いえ、群馬です」
「ほーぅ。またどうしてここに」
「親に売られたんです」
「ああ・・そうだったな。ここの女はみんなそうだ」
女って言い方・・なによ。
侮辱してるつもり?
「お前な、少しは笑ったらどうだ」
「すみません」
「まだ僕が嫌いか」
はあ??好きになる理由がどこにあるのよ。
と、どれだけ言いたいことか・・
「・・・」
「どうなんだ。答えてみろ」
「嫌いでは・・ありません」
「好きなのか」
「・・・」
「好き・・かも知れません」
「あはは。答えに窮するお前はおもしろい」
「・・・」
「まあいい。たっぷりとかわいがってやるよ。そして心底、好きと言わせてみるよ」
ううう・・ほんとに吐きそうだ・・
「僕以外の男には、目もくれないほどにね」
ぐうわあああ・・
やめて・・
気持ち悪い・・
「さあ、こっちへおいで」
剛三は私の手を握り、床へ連れて行こうとした。
とうとう・・
ほんとに・・
そうなってしまうんだ・・
城田さん・・城田さん・・助けて・・
やがて私は布団に寝かせられ、剛三が私に重なってきた。
ううっ・・嫌だ・・
耐えられない・・
剛三は私の顔に手をあて、唇を重ねようとした。
ああああ~~
もうマジでダメだ!
バチーン!
私は思わず剛三の頬を引っ叩いた。
「お前・・舐めた真似を・・」
剛三は私をきつく睨みつけた。
「嫌だあああ!」
私は剛三を突き飛ばして、転がるように部屋を出た。
その足で階段を下り、誰にも見つからないように裏口から外へ逃げた。
あああ・・やってしまった・・
どうしよう・・
もう取り返しがつかない。
どこへ行けばいいんだろう・・
ああ・・裸足だわ・・足が痛い。
城田さんのところへ行くこともできない。
かといって・・
あっ!
江梨子姐さんのところへ・・
江梨子姐さんのところへ行こう・・
私は以前、江梨子に教えてもらった家へ走った。
その際、何人もの人とすれ違った。
裸足の私を見て、唖然としている人もいた。
それでも私は、なりふり構わず江梨子のもとへ向かった。
えっと・・確か近所に魚屋があると言ってた。
魚屋・・魚屋はどこ・・
しばらく走ると魚屋の看板を見つけた。
あそこだわ。
魚屋の路地を右へ入るのよ。
そして・・真っすぐ行ったところの突き当りにある・・
私は突き当りの家の前まで来た。
ここかな・・
灯りは点いてるわ。
「夜分にすみません・・」
私はそう声をかけた。
「はいはい、どちら様?」
中から江梨子の声が聞こえた。
よかった・・姐さんだ・・
ガラガラ・・
そこで扉が開いた。
「あっ・・」
江梨子は、今にも死にそうな私の姿を見て、言葉を失っていた。
「姐さん・・姐さん・・」
私は泣きながら江梨子を呼んだ。
「入りな」
江梨子は辺りを窺って、すぐに扉を閉めた。
「姐さん・・すみません・・私・・」
「言わなくても察しはつくよ。さ、上がりな」
私は江梨子に促され、部屋へ上がった。
「あらあら・・裸足だったのかい」
「あ・・すみません」
「待ってな」
江梨子は炊事場へ行き、雑巾を絞って渡してくれた。
私は足を拭いて、「ありがとうございます」と言い、雑巾を江梨子に返した。
「さて・・これから大変だよ」
江梨子が言った。
「はい・・わかってます・・」
「相手は糸田だろう」
「はい・・」
「あいつ・・とうとう手を出したんだね」
「でも・・私、まだなにもされてません」
「そうか。未遂で済んだってわけだね」
「もう・・耐えられなくて・・」
「わかるよ。私だってそうしたさ」
「・・・」
「まあ今夜はここで寝るといい。明日になれば私が着いて行ってやるから、安心しな」
「すみません・・ご迷惑をおかけします・・」
そして私は、江梨子と布団を並べて眠った。




