二十二、失意
あの騒ぎがあって、雨降って地固まるじゃないけど、里以外の四人は以前のように接してくれた。
里も以前ほど酷くはないが、それでもあまり口を利くことがなかった。
私はそれでもいいと思っていた。
別に里が憎いわけじゃない。
こういうことって、互いに遺恨が残ってなければ時間が解決するもので、私は自然に任せようと思っていた。
それより私は、いつ剛三から指名が掛かるのかと、それが気がかりだった。
それとやっぱり、城田さんのことでショックが残っていた。
私は城田さんが好きだ。
もっと話がしたいし、会いたい・・
来店するとはいえ、ただ通り過ぎるだけを「会う」とは言わない。
そういう意味で、私の心は沈むばかりであった。
あっ、そうだ!
ある日のこと、私は店の掃除をしながら、ある考えが浮かんだ。
ネズミにかじられた袖を、修理に出すっていうのはどう?
呉服屋さんだから、修理くらいはやってくれるはず。
そうだ、そうしよう。
掃除が終わったら、行ってみよう。
ほどなくして私は掃除を終え、浴衣を持って呉服屋へ向かった。
城田さんに会える期待感を、私は出来るだけ抑えていた。
もう剛三のことも口にしない。
ただ浴衣のことだけを頼もう。
そして店の前に到着した。
私は・・そうよ、お客なのよ。
堂々と扉を開けて入ればいいのよ。
ドキドキしながらも、精一杯自分に言い聞かせて、私は扉を開けた。
「こんにちは」
私が声をかけると千代が出てきた。
「あ・・水連亭の」
「あ・・どうも、こんにちは」
「こんにちは」
千代はニッコリほほ笑んだ。
「あの・・これなんですけど・・」
私は千代に浴衣を見せた。
「はい」
「えっと・・この部分がネズミにかじられて、修理とかできます?」
「え・・そうなんですか」
千代は浴衣を手に取り、袖の部分を見ていた。
「あらら・・ほんとですね」
千代は気の毒そうに言った。
「ちょっと待っててください」
千代はそう言って奥へ入って行った。
城田さん・・留守なのかな・・
私は気になってチラチラと奥を覗いた。
「はいはい、なんですか」
そこに千代と、中年の男性が戻ってきた。
「徳さん、ほら、これを見て」
徳と呼ばれた男性は、浴衣の袖の部分を見た。
「ああ~、確かにかじられていますね」
徳はそう言って苦笑した。
「直りますか」
私が訊いた。
「簡単です。お受けしますよ」
「そうですか!よかった」
「ただいま」
そこに城田さんが帰ってきた。
「あ・・」
城田さんは私を見て少し戸惑っていた。
「こんにちは・・」
私は頼りなく挨拶をした。
「水樹さん、どうされたのですか」
城田さんが訊いた。
「浴衣の袖をネズミにかじられたみたいなの」
千代が答えた。
「え・・」
城田さんは徳が持っていた浴衣を手に取った。
「ああ・・ほんとですね」
「あの・・すみません。大切に仕舞っておいたんですけど・・」
私はそう言って頭を下げた。
「いえ、よくあることです」
「そうですか・・」
「徳さん、これを修繕して差し上げなさい」
「はい、承知しました」
徳は大事そうに、城田さんから浴衣を受け取った。
「直ったら、そちらへ持って上がりますよ」
城田さんが言った。
「いえ、受け取りに参ります」
「いいえ、これはうちの仕事ですから、持って上がるのはこちらです」
「そうですか・・申し訳ありません」
「じゃ、また後日」
城田さんはそう言って奥へ入ろうと歩き出した。
「お兄さん、それで、お見合いはどうだったの」
千代が城田さんの後に続いてそう言った。
え・・
今、なんて言ったの・・
お見合いって言ったよね・・
うそ・・
そんなっ・・
私は失意でその場に固まっていた。
城田さんがほんの少し振り向いて私を見た。
すると複雑な表情を浮かべていた。
「ねぇ~どうだったの~?」
千代は、嬉しそうに訊いていた。
「その話は奥でするから」
そう言った城田さんは私から目を逸らした。
そして二人で奥へと消えた。
「いやあ~、若旦那は引く手数多ですからね」
私の失意をよそに、徳が自慢げに言った。
「そ・・そうですか・・」
「学がおありになる、ここの跡取り、おまけにあのいい男ですからね」
「そうですよね・・」
そりゃそうよ・・
私だって一目惚れしたんだもん。
他の女性も同じよ。
そう・・里だってそうだった。
城田さん・・
なんで私に浴衣なんか・・
なんで私とコーヒーなんか・・
なんで私を指名なんか・・したのよ・・
結局、私の勘違いだったけど・・でも勘違いしてもおかしくないよね・・
「あなたに興味が湧いてきました」って言ってたじゃない・・
それって・・勘違いするよ・・
私はあろうことか、この場で泣いてしまった。
「え・・あの、お嬢さん・・?」
徳はどうしていいか、困っていた。
「す・・すみません・・ううっ・・」
「大丈夫ですか・・」
「その・・浴衣・・城田さんに頂いたんです・・」
「え・・あ、ああ・・そうでしたか・・」
「すみません・・泣いたりして・・」
「いや・・あ、まあ・・お気持ちお察しします・・」
「では・・よろしくお願いします・・」
私は頭を下げて店を出た。
もうダメだわ・・
城田さんは結婚するんだわ・・
私はどうすればいいの。
このまま、この時代で情けなく生きていくしかないの?




