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カフヒーで始まった恋  作者: たらふく
20/55

二十、芝居

            



それから二日後。


水連亭に仕事で出向いていた江梨子に、私は城田さんのことを話した。


「ふーん。城田の若旦那ねぇ」

「姐さんの小唄が、たいそうお気に召されたみたいで・・」

「それで?若旦那はいつ起こしになるんだい」

「それはまだ訊いてませんけど・・」

「芸を買ってくれるのはありがたい話だ。お受けするから水樹から伝えといておくれね」

「わかりました」


そこで私は持ち場の受付へ戻ろうとした。


「ちょいとお待ち」


江梨子が呼び止めた。


「はい、なんですか」

「私が言うのもなんだけどね、糸田の若旦那には気をつけた方がいいよ」

「え・・」

「あいつ、あんたを狙ってるよ」

「そんな・・」

「私はね、小娘を相手にするなと何度も言ってんだけど、どうにも本気みたいでさ」

「私・・絶対に嫌です・・」

「そりゃそうだよ。私だって仕事だから相手してるけど、死んでもねんごろになんかなりたかないよ」

「私・・どうすればいいですか・・」

「そうだねぇ・・」

「ここの大女将に、指名されたら断るなって言われてるんです。金になるからって・・」

「酷い話だねぇ・・。ま、とにかく、私ができるだけ引き止めるようにするけど、いざとなれば逃げるんだよ」


逃げるって・・どこへ・・

逃げたら捕まえられたりしないのかな・・


「姐さんのお家って・・どこですか・・」

「え?私の家に来るってのかい」

「ダメですか・・」

「いや、まあ・・ダメってことはないけどさ」

「いざとなったら駆け込んでもいいですか・・」

「うーん・・まあいいさ。私の家はね・・」


そして江梨子は自宅を教えてくれた。

その実、私は城田さんに助けを求めたかったが、それはもう叶わないことだと知っていたので、藁をもすがる思いで江梨子に頼むしかなかった。



そしてあの日以来、城田さんが私を指名することは途絶えていた。

といっても、一見の客として妹の千代や、友人と思しき男性たちと来店することは時々あった。


城田さん・・もう完全に私から引いちゃったんだな・・

嫌われてはいないだろうけど、糸田と関わりあいたくないんだよね。

気持ちはわかるけど、結局、私って城田さんにとっては、その程度の存在だったのよ。


「水樹」


私が受付で座っていると、おばあに声をかけられた。


「はい」

「あんたさ、城田の若旦那となにかあったのかい」


おばあは私の耳元で囁いた。


「何もないですけど」

「嘘をお言い」

「え・・」

「あんた浴衣まで貰っといて、なにやってんだい」

「どういう意味ですか・・」

「あんたさ、若旦那と寝たのかい」

「なっ・・そんなっ・・寝てませんよ」

「バカっ!男が女に物を贈るってのが、どういうことか、わかってんのかい!」

「・・・」

「それでか。若旦那が指名しなくなったのは」

「ち・・違いますよ」

「それしかないだろ。まったく・・あんたって子は」


おばあは怒っていたが、想像していたのと違う気がした。

なんか・・本気で怒ってないっていうか・・


「まあいいさ。それでだ。糸田の若旦那からご指名が掛かったから、着替えて行くんだよ」

「えっ!」

「驚くことはないだろう。酌もして来たんだし、いずれはこうなることはわかってんだよ」

「それって・・離れってことですか・・」

「そうだよ。まあ城田の若旦那を掴み損ねたのは残念だが、糸田の若旦那が馴染みになってくださるんだ。それで目を瞑ってやるよ」

「い・・嫌です・・」

「子供みたいにわがまま言うんじゃないよ。あんた、そもそも選ぶ立場じゃないんだよ。選ばれる立場なんだ。よく心得ておきな」


そんな・・

嫌だ・・

死んでもあんな、いやらしい男と・・


「さっさと着替えな!」


私はおばあに突き飛ばされた。


「うっ・・ううっ・・」


突然、涙が溢れてきた。


「みっともない。泣くんじゃないよっ」


私は絶望感に襲われながらも、離れ用の着物に着替えるしかなかった。


こんなっ・・

こんな屈辱・・

耐えられない・・


「着替えたらさっさと行きな!」


私はおばあにっつかれた。


何で私がこんなこと・・

元々は、城田さんが私をこの時代に送り込んだんじゃないの。

なによ、この展開。


私は突然、怒りが湧いてきた。

よーし、行ってやろうじゃないの。

それでボコボコにして、逃げてやるんだ。


私は立ち上がって離れへ向かった。

階段を上る足も、ドスンドスンと、わざと音を鳴らした。


そして離れの前まで来た。

私はなにも言わずに立ったまま障子を開けた。

すると剛三が独酌で酒を呑んでいた。


「おお、水樹。来たか」

「お邪魔しますねっ!」


私はふてくされてそう言った。


「おい、いきなりどうしたんだ」


私の様子に、剛三は少々面食らっていた。


「どうもしてませんよっ」


そして私は胡坐をかいて座った。


「おやまあ・・」


剛三は口をパックリと開けていた。


「酌をしてくれ」


剛三は猪口を差し出した。


「はいはいっ!」


私は片手で徳利を持ち、注いだ。


「どうしたんだ。水樹」

「はあ?どうもしてませんよっ!」

「無礼にも程があるぞ」

「そうですかっ!」

「なにをそんなに怒ってるんだ」

「はああ?私はあんたみたいな男が嫌いなの。だから怒ってるの」

「こりゃ・・参ったな」

「ふんっ」


私は徳利を置き、そっぽを向いた。


「水樹」

「なんですかっ」

「そんなことして、僕が見抜けないとでも思ってるのか」

「え・・」


そう・・私はわざと無礼なことをやって、剛三が私を嫌いになる作戦に出たのだ。


「まあ、今回は大目に見てやるが、今度同じことをやったら、ただじゃ済まないからね」

「ど・・どういうことですか・・」

「店がどうなってもいいのか」

「そっ・・そんな・・」

「しかしまあ、お前の下手な演技は笑えた。なかなか面白いじゃないか」

「・・・」

「嫌がる女を手中に収めることほど、男冥利に尽きるものはないな」

「・・・」

「今日のところはお前の下手な芝居に免じて解放してやる。実際、酒も不味くなったしな。だが、次はないからな」


剛三はそう言って立ち上がった。


「ちょ・・ちょっと待ってください・・」

「なんだ。気が変わったのか」

「いえ・・あの・・どうか、私のこと、諦めてくれませんか・・」

「あはは。さっき言ったこと聞こえなかったのか」

「お願いですから・・どうか、諦めてください・・」

「それ以上言うな。さすがの僕でも許さないよ」


そして剛三は離れを出て行った。


しまった・・

逆効果になった。

どうしよう・・

次は・・やっぱり逃げるしかない・・

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