十八、祭り
「・・ということで、今日は店は休みだからね」
私たち奉公人は、全員応接間に集められ、今日は地域の夏祭りが行われることで、店が休みだという説明を旦那さんから受けていたところだった。
「はいっ」
みんなは嬉しそうに返事をした。
特に男の子たちは、逸る気持ちを抑えられない様子だった。
私はみんなと違って、あまり嬉しくなかった。
出掛けるとしても一人だし、なんなら留守番してもいいとさえ思っていた。
楽しい場所だからこそ、一人は辛いよね・・
元から友達がいないなら、気にすることもないけど、私は女子たちからハブられている。
男の子たちと行くこともできるけど、年齢差があり、話が合わない。
というか・・普段からあまり話すこともないし・・
そして旦那さんは、一人二銭ずつ手渡していた。
「大事に使うんだよ」
「ありがとうございます!」
「ほら、水樹も手を出しな」
旦那がそう言い、私は手を出した。
すると女子たちの鋭い視線が私に刺さった。
「あまり遅くなるんじゃないよ」
旦那はそう言って、この場を去った。
私は二銭を引き出しに入れた。
「あら~、どこかの誰かさんは、お金が必要ないみたいだよ。若旦那にご馳走してもらう身分はいいねぇ~」
里が、相変わらず皮肉を言った。
「里ちゃん、私たちは私たち。格が違う人とは別なのよ」
志歩がそう言った。
「ほんとよね。学の有る無しって、こういうことよね。私も精進しないと。あはは」
房子もそう言って私をバカにした。
それでも初枝と美智乃はなにも言わなかった。
「初枝、どこから行く?」
美智乃がそう訊いた。
「そうね。露店が出てるからそこへ行こうか」
「花火もあるしね」
「えぇ~・・はっちゃんとみっちゃん、一緒に行こうよ」
志歩がそう言った。
「ああ・・うん」
初枝は乗り気ではない返事をした。
「なんで?一緒に花火見ようよ」
房子もそう言った。
「そうね、みんなで行こうか」
美智乃がそう言った。
「そうよ~、そうでなくちゃ」
志歩がそう言い、女子たちは私を残し、玄関へ下りた。
私は悔しくて涙が出そうになったが、なんとか堪えた。
私は店に残ろうとも考えたが、腐っていても仕方がない。
別に一人でもいいじゃない。
外に出れば、気分も軽くなる。
そして私は引き出しから二銭を取って、一人で出掛けることにした。
大通りに出ると、たくさんの露店が並び、大勢の人で賑わっていた。
綺麗な浴衣を着た女性たちが、祭りに一層、華を添えていた。
通り沿いには、様々な露店が所狭しと並んでいた。
うどん、焼き鳥、飴細工、玩具、植木、化粧品などなど、子供から大人まで楽しめるものが、十分に揃っていた。
そこで私は、私は飴細工を買うことにした。
この時代も・・というか、この時代の方が、なんか現代より賑わってる気がする。
あれかな、テレビやゲームなんてないし、お祭りは大切な娯楽の一つなのかも知れないな。
「あら、きみ」
私はそこで誰かに声をかけられた。
あ・・この人。
乾物屋のドラ息子の忠助だわ・・
「あ・・どうも・・」
「それ美味しいの?」
忠助は、私が手にしていた飴細工を見てそう言った。
「はい、美味しいですよ」
「へぇ~、じゃ、僕も買おうかな」
忠助は飴細工を一つ買った。
「それにしても賑やかだよね」
忠助はゆっくりと歩き始めた。
私もそれに合わせて歩いた。
「そうですね・・」
「ちょっと、どうしたの。元気がないみたいだけど」
「ああ、いえ、そんなことありません」
「それに・・せっかくのお祭りなのに、一人なの?」
「はい・・」
「あらら。友達とケンカでもした?」
忠助は優しく微笑んだ。
「いえ、そんなんじゃありません」
「じゃ、僕が付き合ってあげるよ」
「え・・」
「この後、花火も上がるしさ。華やかで綺麗なものを一人で見ると空しくなるよ」
うっ・・図星を突かれた・・
「忠助さんもお一人なんですか・・」
「あはは。なに?僕のこと心配してるの?」
「いえ・・そういうわけじゃ・・」
「僕さ、人とつるむのって好きじゃないんだよ」
「・・・」
「特に、こういう賑やかな場所ではね」
「そうなんですか・・」
「自由に行動したいんだよ」
「そうですか・・」
「その点、女性は違うよね。どこへ行くにもつるんでる。よくやるな~と感心してみてるよ」
「・・・」
「さてと、あっちへ行こうか」
忠助は更に人が集まっている場所へと歩いた。
しばらく歩くと、城田さんが妹の千代と歩いているのを見つけた。
「おーい、浅緋!」
忠助は城田さんに駆け寄り、声をかけた。
「おお、忠助じゃないか。来てたのか」
「あはは。来てたって、ここは、お前も僕も庭みたいなもんじゃないか」
「そりゃそうだな」
「忠助さん・・こんばんは」
千代が挨拶していた。
「あれ・・?」
忠助は私が後ろにいないことを確認し、そう言った。
「どうしたんだ」
城田さんが訊いた。
「水連亭の子が一緒だったんだけど」
私は遅れて城田さんの前に行った。
「ああ・・水樹さんじゃないですか」
「え・・浅緋って、この子、知ってるの」
「うん。まあね」
城田さんは私を見て、ニッコリほほ笑んだ。
「なーんだ。もう知ってたのか」
「忠助こそ、なんで水樹さんと?」
「うん、この子一人で来ててさ。それで僕が付き合ってあげてたんだよ」
「そうか。それじゃせっかくだから一緒に行こうか」
「それがいいね」
そして忠助は「連れが出来てよかったね」と優しく笑った。
忠助は「つるむのが苦手」と言ってたけど、城田さんは別なのね。
隣同士だし、子供のころから友達なのかも知れないな。
千代を見ると、忠助を見て、恥ずかしそうにしていた。
あっ・・もしかして・・千代さんは忠助のこと好きなのかも・・
「千代ちゃん、なにか買ったの?」
忠助が訊いた。
「うん。簪を・・」
千代は巾着袋から簪を取り出して忠助に見せていた。
「へぇ~綺麗だね」
千代はそう言われて、嬉しそうに笑っていた。
「水樹さん」
私は城田さんに呼ばれた。
「はい」
「明日、そちらへ伺いますので、カフヒー、頼みますよ」
「あ・・はい・・」
「あなたの分も淹れるのですよ」
「は・・はい・・」
その後、私たちは夜空に煌めく花火を見た。